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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第11話 つなぐ石
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11-5

 なーんてて悶々としていると楽しくないので、私は自分のやることに没頭することにした。新人を見つけたら挨拶に行き、既に把握済みのメンバーは定期的に巡回してヨタ話をする。監視業務に就いている奴らからは、適宜情報を教えてもらって、どうでもいい感想を述べ合う。たまに、恒例のぐだぐだ石会議を招集し、わいわいと有意義に時間をたっぷりと無駄遣いする。まあ、いつもと変わりはないな。


 時たまやって来るコカトリスとも、かなり打ち解けたような気もする。


「会長のような石は珍しいですよ。他者、それも同族の方と積極的に関わろうとする石はあまり見たことがありません。」

「へー。そんなんじゃ、みんなヒマだろうなあ。」

「そうでしょうね。」

「って、そちらさんは石を量産する側でしょう。」

「滅多なことでは石化なんかさせませんよ。それに、私の作る石と皆さんは根本的に性質が違います。」


 こんな具合で、会えば雑談をしていく。


 そうやって、長い長い時を過ごした…かもしれない。それなりにぼちぼちやることをこなして、だらだら過ごしていると、時間ってのはとろけてどっかに行ってしまうから、どれくらい経ったのかまるで分らない。が、第1回石会議のメンバーが全員卒業していなくなっちまったので、かなりの時間が経過したんだろう。


 私だけ残留かあ。とため息をテレる。まめにメンバーの巡回をしているからテレ相手に不足は無いのだが、一体私はいつまでこうして石自治会の会長でいなけりゃならんのだろうか。うちの雪はどうなっちまったのやら。かーさんでは雪下ろしはできないぞ。息子も都会で勤めてるしなあ。はーあ。


 なんて一人愚痴大会を繰り広げていたら、久方ぶりにコカトリスがやってきた。コカトリスはひとしきり挨拶を交わした後で、ただでさえ飛距離の短いテレパシーをもっと縮めて、私に耳打ちっぽくテレった。


「会長、良いお知らせがありますよ。卒業できるかもしれません。」

「え、ホントですか?でも、めちゃくちゃ痛いんですよね?」

「いえ、上司が何とかすると申しております。」


 上司?いつもの腕力君より、もっとパワー系ってことか。と思ったら、違った。


「そうではなく、魔王です。皆様のような石に関してはどの魔物よりも精通しています。眠るように卒業させられるはずです。」

「えー、それ、もっと早く教えてくださいよ。っていうか、いつもそれで良いじゃないですか。何も割らなくても。」

「そう言われると思ったので、敢えて伏せておりました。」


 とコカトリスが静かに言うのを聞いて、私は黙った。


 コカトリスの言わんとすることは、分からんでもない。我々は途切れることなくどこかから供給されてくる。減れば減った分、速やかに出現しているように感じられる。はっきり言って、こんなもんせっせと補充しなくてよかろと思うんだが、この石転生の背景事情は誰にも分からんので文句を言う先も知れない。そんな石を片端から卒業させてやれるほど、魔王様はお暇じゃなかろう。いつもの腕力君だって、一時に我々すべてを砕いて卒業させることはできないのだ。でも、楽な卒業方法があると分かれば、我々はそっちを要求しだすに決まっている。


 どうする。このことをみんなに広めるか。


 みんなに何も知らせずに自分だけ楽に卒業するのは卑怯な気もする。私の後に、またでかくて硬い巌がやって来ないとも限らないのだ。そいつが監視も何もできないでくの坊で、コカトリスに恩を売れない存在だったら、有無を言わさず激痛と慟哭の果てに卒業させられることだろう。あるいは、割るのは無理でーすとばかりに永遠に放置されるか。


 でも、下手に周知して、みんなが自分勝手に要求を吊り上げると、そんならもう監視業務も要りません、よそに頼みます、ほなサイナラ~という破局を迎える可能性だってある。


 どうする、どうする私。


 悩んだ私は、ちょっと保留させてくれ、とコカトリスに頼んだ。コカトリスは意外そうにしながらも、ゆっくり考えればいいと言ってくれた。


 どうしよう、どうしよう~と悩みながらも、私はまた日常に戻る。引きこもりがちな石にテレパシーを飛ばして元気づけ、優秀過ぎるあまりなかなか卒業させてもらえない監視員の愚痴を延々聞いてやる。その合間に、自分も卒業できそうでできないんだよな~などと遠回しにぼかして悩みを呟くと、みんな揃ってこう言いやがる。


「え、会長、卒業しちゃうんですか。嫌ですよ、いて下さいよ。」


 そう言われると、こっちも参っちゃうじゃないか。


「おいおい、勘弁してくれよ。うちの雪下ろし、誰がやってくれるんだよ。」

「会長のご自宅なら、うちから行けます。私が卒業して、まだ生きてたらすぐやっておきます。時間の流れがどうなってるか分かりませんけど…。」

「奥様の見守りもうちで引き受けますよ。自分が生きてたらですが。会長、奥様と何かいざという時の合言葉とか決めてないんですか。それがあれば、私が行っても怪しまれないと思うんですが。」

「山と川ってか?ばっか言え。そんなもん、あるか。」

「なんですか、その山と川って。」


 赤穂浪士は通じなかった。これがジェネレーションギャップか。石になってる間に、時代が進み過ぎたか。いや、人間だった時に既にこうだった気もするが…。


 兎にも角にも、どいつもこいつも私の卒業を祝ってくれやしない。表面上「おめでとうございます」とテレってくれる奴もいるが、石テレパシーは嘘がつけんのだ。その裏にある「いやだ~」という本心が筒抜け。


 んもう、どうしろってのさ。


 などと身もだえする気分になりつつ、私は、自分の中で既に気持ちが固まっているのを感じていた。たぶん、こないだ保留を切り出した時にはもう、分かっていたんだ。


「卒業は、またにしますよ。」


 コカトリスに、私はそう告げた。


「ここで会長として暮らすのもすっかり板に付いちまった。もうしばらくは、ここにいさせてもらいます。」

「そうですか。」


 ほんの一言だけど、コカトリスは心底嬉しそうに言った。便利に使える石が残留してくれたことが嬉しいのか、私に個人的な親しみを感じているから嬉しいのか、そこまでは石テレパシーでも分からない。ま、どっちでもいいさ。


「卒業したくなったら、いつでもこっそりおっしゃってください。魔王におつなぎします。」

「うん、ありがとう。でもまあ、そこまでしなくても、近いうちに自然に風化するんじゃないかな。」

「…無理だと思いますよ。」


 クスッとコカトリスが笑うのを聞いた。こいつの笑い声なんて初めて聞いた気がする。冗談を言ったつもりはないんだがな。


 そんなこんなで、私は未だにこの狭い石社会で会長と呼ばれ続けている。それがこの世界にとってどう役立っているのかは私にはとんと見当もつかないが、まあ、どっかで世界平和かなんかに結びついてんじゃないの。風が吹けば桶屋が儲かるんだし、石が喋りゃ世界は丸くなるさ。

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