11-4
もちろんそのすぐ後に、私はテレパシーを遠めに飛ばした。私なら二つ返事で承りますというところだが、コカトリスの心配したように、人間を敵に回すのが嫌な奴だっているかもしれない。どっちか一方に肩入れするということのないよう、公平を心がけて該当者に説明した。
「で、どうだい?」
「んー、条件次第ですね。」
「っていうと?」
「やることやったら、卒業させてほしいです。爆発でも粉砕でも何でも良いですけど。」
なるほどな。倫理面の問題ではなく、交渉で来たか。その発想はなかった。でも、確かに、あのコカトリスならそこそこ上位モンスターっぽいし、何らかの方法で卒業に力を貸してくれるかもしれない。
「モンスターの味方っていうのは、構わないのか?」
「良いですよ、別に。強いて言うなら、我々の提供した情報をもとに人間を根絶やしにしてやる~とかいうのは無しにしてほしいですけど、はっきり言って、そんなことに使えそうな情報は手に入りませんからね。」
「そうそう。数も少ないし、内容はただのダベりだし。釣れますか?いやあボウズですよ、みたいなね。」
なるほど。確かにその情報から人間を駆逐する作戦を立てるのは難しかろうな。私にゃ無理だよ。
そんなこんなで、私はまたコカトリスを待ち構え、事の次第を伝えた。卒業の件に関しては、コカトリスはすぐにいい顔はしなかった。そらまあ、そうだろう。卒業させてしまったら、働いてくれる石が減るんだからな。
「一定の人数を確保したうえで、新しい人員が導入されたら古い方から順に卒業するというのでどうかな。」
私は必死に交渉する。だって、私自身の進退にもかかわるかもしれんのだぞ。私は人間の声も環境音も聞くことはできないが、こんだけ仲介役として働いているのだから、ゆくゆくはおこぼれにあずかれるかもしれんではないか。というか、頼むよ、卒業させてくれ。
私が切々と繰り返していると、コカトリスも渋々ながら了承してくれた。
卒業に関して一応の了承が得られたので、私は該当者とコカトリスを引き合わせた。今後は私を挟まずに直接やり取りするだろうが、人間監視員の管理は私もやらにゃならんだろうな。新人への声かけ、能力の判定をし、脳内リスト化。たまに中途で力に目覚める奴もいるから、適宜情報を追加しておく。そうしてこっちの球数を掴んだうえで、コカトリスからできるだけたくさん卒業を引き出さにゃなるまい。こちらも強気に出たいところだが、何しろ監視で得られる情報がカスっぽくて、何とも自信が持てないのが難点だ。
もちろん、何の取り柄もない私の同類たちもついでに卒業させてもらえないか…と折を見ておねだりしないとな。石を1個割るのも2個割るのも同じだろ、という理屈で。そこの交渉というか哀願はマジで力入れるぞ。
「あ、そうだ、我々の卒業ってのは、やはりハンマーとかで粉砕するんですか?」
久しぶりにコカトリスがやってきた時に、私は訊いてみた。
「基本的にはそうなります。多少の苦痛があるかもしれませんが、ご了承ください。」
「コカトリスってのは、石化の力があるんでしょ?逆はできないんですか。痛くないように。」
「申し訳ありません。できません。」
ちぇー。でも、まあ、一瞬痛いだけで卒業できるなら、我慢だな。と、我々石一同は受け入れる。
そうこうしているうちに、人間や川の監視員が新しく増え、我々のうちの何名かが卒業の時を迎えた。腕力のあるタイプのモンスターをコカトリスが連れてきて、ガーンと一発くれてやった途端に、あっけなく同胞たちは消え失せてしまった。ぎゃーとか、いたいーとか、おっそろしい悲鳴が聞こえなかったから、意外と痛くないのかもしれないな。
なんて安心しきっていたら、ある日の卒業者が谷間に轟き渡るような断末魔の悲鳴を上げ、我ら石一同をありもしない歯の根が合わぬほどに震撼させた。石だけじゃない。コカトリスと、ハンマー役の腕力モンスターもびっくらこいていたのだから、相当なものだぞ、こりゃ。
「申し訳ありません。手間取ったせいか、かなり痛かったみたいですね。」
コカトリスがすぐ謝ってくれたが、叫んだ当人は無事に消滅したし、今更どうにかなるもんでもない。どうやら、硬くて大きな石だと、割るのも大変なので割られる方もしんどいみたいだ。
立派なチャートたる俺様ちゃん、どうなんだろう。ちと怖くなってきた。もちろん、私以外の石も内心では恐怖を抱えているが、文句を言ったら卒業させてもらえなくなるかもしれないので、口には出さない。が、私は訊かずにおれない性分なので、ストレートに訪ねてしまう。
「こないだの叫んだ奴並みに手こずりそうな石って、他にもいそうですか。」
と尋ねれば、コカトリスはしばし黙考し、知り合いの石どものことを一渡り検討してから答えた。
「会長ご自身が一番強靭そうですね。あとは、現時点で業務に携わっておられる方には問題ありません。」
「まじかー…。」
「我々としても、会長の存在には大いに助けられておりますので、卒業を見合わせていただけるならありがたいのですが。」
「だからって、私が諦めるように、でかい岩だなんていう嘘をついていたりは?」
「石テレパシーで嘘をつくことはできません。」
そうなんだよな。これ、嘘つくとバレるんだよ。本心じゃないってのが言葉と共に伝わってしまうのだ。便利というのか、不便というのか。言いたくないことがあるときは黙っているしかない。
何にせよ、やはり私は立派なチャートの俺様ちゃんで、割る時にはトンデモナイ叫び声をこだまさせることになりそうだ。うーん…あの絶叫はいまだに忘れられん。甚だ陰鬱である。
陰鬱なおかげで、その後ぽつりぽつりと卒業の儀が執り行われることになっても、私は自分自身を推薦しなかった。監視業務に就けないタイプの石も大分たくさん卒業させてもらっているのだが、私は「いーよ、いーよ」と譲る振りをして、その実、逃げていた。ああ、でも、いい加減石やめたいしなー。困ったなー。あー。