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というわけで、私はやりたい放題やりまくった。魔王のもとにはぽつりぽつりと勇者がやって来る。それを古の秘術だとか暗黒魔法だとかで適当にやっつけるわけだ。先輩が(おそらく)昇天した今、石とテレパシーできるタイプの勇者は発生せず、どいつもこいつも魔王を介してその存在を知るしかない。私の妄想の産物なんだから、そんなまだるっこいことはせず、勇者と直接石テレパシーできる設定にすればいいのに、そういうのは現れない。来ましたよ、と言われたらドカンのバキンとかますだけ。ちょっと、物足りない。ああ、先輩、あなたの最後の白熱した演技は最高でした。石ながら、生きている実感がありましたよ。
なーんて、あのうざかった先輩すら懐かしく感じられる。そりゃ、魔王とユンケルというキャラが生まれて、会話っぽいものはできるようになったけど、結局私が無感覚の石であることに変わりはない。勇者をやっつけた実感も無い。実際に起こった出来事なら、私は何人も人を殺していることになるんだけど。「あいつぜってえぶっ殺す」と魂のレベルの低いおにーさんが独り言を呟きまくってるのと、今の私はほぼ同じだ。
初めは面白かった魔王とユンケルとの会話も、だんだん飽きてくる。奴らは良い奴だけど、どんな姿でどんな表情をして、どんな声なのか、分からないんだもん。勇者が来たって言われたところで、本当か嘘かすら判断できないし。延々と同じストーリーを繰り返しているだけだ。水戸黄門を毎日毎日、何度も何度も、浴びるほど見続けていたらこういう気持ちになるんじゃないかしらん。
あーあ。もう、石やめたい。そりゃ、生前は異世界転生を夢見たことはありましたよ。現実なんて嫌なことだらけだし、空想に逃避するくらいの自由はあったって良いじゃない。でも、石はねえわ。無双したってつまんない。
っていうか、本当に転生したのか、事故って植物状態で見続けている夢なのか、それすら分からない。私の思考しか、この世にはないのだから。
「先輩、無事に生き返れたのかなあ…」
唯一、あの先輩は私ではない何物かだったなあ。あの繰り言を聞くのは堪えられないけど、先輩がいるというだけで心の救いになっていたかも。
いや、そんな美しい話ではないか。やっぱ、アイツめんどいわ。ごめん、無理。
「痛っ」
私は思わずテレパシーを発した。無感覚の無生物たる石のはずが、痛みを感じている。全身が割れるような激痛だ。何事?
「石魔王様!石魔王様!」
「大変だ、石魔王様が粉々に!」
ユンケルと魔王が慌てている。今回は勇者の武器が鉄球だったのだが、それが私の魔法で吹っ飛んで、私に直撃したらしい。何せその辺に転がっている石ころですから、そんなに防御力も無いのだろう。ステータスオープンできなかったから、知らんけど。
「魔王、ユンケル、ごめんね。私、ここでサヨナラみたい。」
石テレパシーに雑音が入り始めた。ざざっ、ざーざー。実際に目にしたことは無いけど、テレビの砂嵐の音に似ている。赤ちゃんを泣き止ますとかいう都市伝説の、あれ。私は他人の声がうるさいカフェで耳栓代わりに聴いたりする。魔王とユンケルのテレパシーも、もう途切れ途切れだ。二人が何を言っているのか、分からない。
「二人と話すの、楽しかったよ。何も見えなかったけどさ。ありがとね。」
自分の脳内キャラにお礼を言ってどうするのだと思わないでもないけど、すっかり二人には愛着がわいている。実際、独りぽっちの堂々巡り思考地獄から救われたしね。妄想でも、役に立つことはあるんだ。
「魔王のカフェ、行ってみたかったなー。」
私の独り言が、テレパシーの最後になった。パキンという音が聞こえて、私は石としての意識も失った。
なら、今のこの独白は何だろう?最初の石置き場に出戻ったのかな。石転生堂々巡り?いやあ、輪廻転生でも、それは無しにしてほしいぞ!
それにしても、体が痛い。さっき、勇者に割られた痛みが続いているのかな。それにしては、何というのか、痛みが脈打つし、小石にしては随分遠い部分も痛いし、生きていたころの体の痛みみたいだけど。勘弁してほしいわ。同じ見えない動けないのなら、痛くない石の方が良いじゃん。石生活を懐かしく思う日が来るとは思わなかったぜ。
そんなことを考えていたら、声が聞こえてきた。石テレパシーではない。空気の振動、音波。人の声、物音だ。もしかしたらと思ったら、目も開けられた。ものすごく眩しい。
どうやら、私は元の体に戻ってきたらしい。あの交通事故は、無かったことになっていなかったので、そこは非常に残念である。が、まあ、とりあえず、生きている。痛みもかゆみもだるさも熱っぽさも含めて、感覚がある。石ころではない。
あの石生活は、無感覚だったし、麻酔が効きまくっていた時に見た夢だったのだろう。めちゃくちゃ鮮明に覚えているのは謎だが。麻酔って、そういう謎効果もあるのかもしれない。現代医学や科学で何もかもが解明されていると思ったら、大間違いだしね。
なんとかかんとか怪我を治して退院した私は、大きな後遺症もなく、元通りの生活を送るようになった。石生活ってつまらんなあと思っていたけれど、今も十分つまらない。人間としての生活にくさくさすると、私はふいっと電車に乗って、地名も何も知らないところで降りてぶらぶらするようになった。田んぼのあぜ道とかで座り込んで目を閉じていると、石に戻ったような気がする。やっぱり、あれは転生していたのかもしれない。ただ、異世界じゃなくて、その辺の河原とかだったのかも。何だか、田舎ってしっくりくるし。
そんなある日、例によって気の向くまま電車に乗って、見知らぬ田舎道を歩いていた私は、こじゃれた古民家カフェを見つけた。昼を食べ損ねておなかが空いていたので、私は中に入った。
自家農園で有機栽培された野菜を沢山使っているとかいう料理は、とても美味しかった。正直、有機だろうと農薬ばんばんだろうと、私の舌には違いは分からんのだが、気分は上がる。フロア担当の店員さんも、ふわっとして感じが良いし。店内に飾ってある天然石のオブジェもかわいい。調子に乗って、地元産のクラフトビールまで飲んでしまった。
オーナーさんにもご挨拶して、オーナーさんの飼い犬をなでなでして、私はカフェを辞した。オーナーさんは、いつもは遠方で仕事しているが、今日はたまたま来ていたらしい。お店同様に感じの良い方で、お会いできてよかった。
ほろよいのせいか、少し道に迷って、家に帰る頃にはすっかり夜になってしまっていた。なかなか良いカフェであった。また行きたいな。
と思ったけれど、どこの駅を降りでどこに向かって歩いたのか、さっぱり分からない。何度か探しに出かけたが、結局、あれから何年も経つ今も一度もたどり着けていない。せめて、店の名前だけでも覚えていればなあ。あのビールのせいで、全部忘れちゃった。魔法でもかかっていたのかもしれないな。
今日も私は、どことも分からない河原に腰を下ろし、じっと目を閉じ、石に戻る。