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なんて腐っていたら、ある日、モンスターの声が聞こえてきた。私は何故か遭遇率が極めて低く、滅多にモンスターとお話しできないから、これは嬉しい。良いヒマつぶしになるぞ、うっしっし。
「すみません。わたくし、この辺りを担当するコカトリスです。何でも、石の皆様の取りまとめ役がいらっしゃると聞いたのですが、どなたでしょうか。」
「はいはーい、多分それ、私ですよ。ここに来て長いですからね。」
諸手を上げて自薦する。こんなときくらい、良いだろう。
「ああ、こちらの石ですね。これはご立派な。」
「立派なんですか。今にも割れて砕けそうな儚い様子だったりは…」
「いや、見事な大きさのチャートです。」
チャート…数学の参考書か。いや、硬い石だったか。マジか。希望が絶たれたわい。でも、まあ、自分の正体を知れたというのは、良いことだ。野辺の石という情報以外何もなかったからな。
「お願いがありまして。皆様の中に、環境音を聞ける方はおられませんか。」
それなら、何人かいる。どうやら、水のせせらぎや梢を渡る風、雨の音、鳥のさえずりや獣の鳴き声まで聞くことができるらしいのだ。一方で、私は石には顔が広いが、モンスターにすら滅多に会えないタイプである。音が聞けるなんて羨ましいなぁギリギリギリ、と歯噛みしたい気持ちだが、できないものはしょうがない。何にだって適性ってものがある。
「この辺りの天候、川の水位などを逐次お知らせいただきたいのですが、ご協力いただけるでしょうか。」
「そんなもん知って、どうするんですか。」
「付近に魔物の町があります。川が大雨の際に氾濫することがあり、たびたび被害が出ているのです。早めの避難を呼びかけるとともに、近い将来には治水工事にも取り組みたいと思っております。」
なるほど、気象観測台ってわけだな。いいんじゃないの、どうせずっとここにいるんだし。音を聞くしかできないから、拾える情報は限定されるが、ゼロよりは良いんだろう。川に翻弄されるなんて、モンスターってのも人間とあんまり変わらんのだな。
「それくらいなら断る者はおらんでしょうが、一応本人に訊いてみますよ。」
「ありがとうございます。では、後日改めてお伺いいたしますので、よろしくお願いします。」
そう言って、コカトリスの声は消えた。
ふうむと考える間もなく、私は該当の石たちにテレパシーを送った。もしかしたら会話が聞こえていたかもしれないが、私のテレパシーは意識してやらないと飛距離が出ない。念のため、こんな話ありましたぜと説明すると、案の定全然聞こえていなかったらしい。コカトリスも短距離タイプか。よく私と遭遇できたもんだ。
それはともかく、
「どうするね?」
と聞くと、みんなで
「やるやる、やるー。」
と即決である。要は、誰も彼もがヒマでヒマでしょうがないのだ。どういう形であれ、必要とされるのはありがたい。
後日、と思しき頃合いになると、例のコカトリスが現れた。何分こちらは昼も夜も区別がつかんので、後日か同日か後年かさっぱり分からん。他者との約束なんて久しぶり過ぎて、年甲斐もなくワクワクどっきどきに胸躍らせていたので、随分長く待ったように感じた。
「みんなオッケーだそうですよ。」
と私が報告すると、コカトリスはほっとしたように言った。
「それは助かります。」
「で、今後は直接担当とやり合う方が便利でしょ?情報は早い方が良いだろうし。紹介するよ。」
「ありがとうございます。」
紹介と言っても、私が気合を入れて長距離テレを飛ばし、みんなが反応を強めに返すだけだ。あとはコカトリスがそれを頼りに近くまで探しに行くらしい。やっぱり石ってのはめんどくさいな。人間なら、手を振ったりアイコンタクトをしたり、こっちから歩いて行ったりできるんだが。
なんて考えていたら、環境音担当から興奮気味のテレが入った。コカトリスと打ち合わせをしたらしい。
「これからは定時連絡するみたいです。いやー、嬉しいですよ、やることがあるって。」
「私、ちょっと位置を変えてもらったんですよ。観測に好いポイントに移されたっぽいです。移動したんですよ、移動。動いた感じはしないけど、感動はありますねえ。」
ほー。いいなあ。立派なチャートの俺様ちゃんは、動かんだろうなあ。
「羨ましいなあ。私は暇なままだからさ。」
と私が少々嫉妬交じりに言うと、環境音担当は意外そうなテレを発した。
「えっ、会長いつも仕事してるじゃないですか。大変そうだけど、いいなーってちょっと思ってましたよ。」
「仕事?なんもないけど…。」
「いろんな人の話聞いたり、仲取り持ったり、新人にレクチャーしたり、結構忙しいじゃないですか。」
「ああ、ああいうの。仕事と思ったことなかったわ。」
暇つぶしのつもりだった。あと、良好な住環境の整備。人間だった時も日々似たようなことをしていたし、完全に無意識だったわい。まあ、ああいう仲介役ポジションってのも、苦手な人は苦手だからな。仕事に見えるかもしれん。
そうか、私は意外と仕事してたんだな。えらいぞ、わ・た・し!エヘ!
なーんて、自覚できるわけないじゃないかね。暇だよ、暇。私もモンスターに定時報告とかしてみたいよ。水害防いだりしたいよ。そこまでしなくても、定期的にモンスターと会話したいよ。いーなー!
なんて半ば拗ねかけで日々を過ごしていたら、また突然コカトリスが話しかけてきた。
「わ、ビックリするなー。」
姿が見えないから、ぼーっとしてるところに急にテレが来るとドッキリだ。コカトリスは申し訳なさそうに謝ってから、本題を切り出した。
「皆様の中に、人間の声を聞ける方はおられませんか?」
「あ、いるよ、何人か。」
私は石頭の中のリストを参照して答えた。にくたらしい…いや、ねたましい…いやいや、素晴らしいことに、人間の声を聞く力のある石がいるのだ。といっても、向こうさんはこちらのテレを受信できないらしく、環境音と同様にこちらがただ聞き流すだけらしいが。それだって楽しそうだよね!というのは横に置いて、そいつらの報告から、この辺にはモンスターだけじゃなくて人間も住んでいるということが明らかになったわけだ。
「人間の動向を逐次ご報告いただきたいのですが、いかがでしょうか。」
「人間の動向って、どういうこってす?」
「この近辺には昔から魔物が住んでいるのですが、最近人間の縄張りが広がってきており、接触事例が増加して非常に危険な状態となっています。人間の縄張りがどう食い込んでくるかによっては、以前申し上げた治水工事にも支障が出ますので、その辺りの観測が必要なのです。」
「はー。人間と共同作業ではいかんのですか。川が氾濫して困るのは一緒でしょ。」
「我々を見るや否や武器を取って襲い掛かってくる凶悪な連中と、どのように共同作業をしろと?」
「はーあ…」
こっちも元人間なんですが、と言いかけたところで、その前にコカトリスが謝罪してきた。
「申し訳ありません。失礼な物言いでした。石の皆様も、人間でいらっしゃいましたね。」
ほうほう、こいつは私たちの正体をある程度知っているらしい。まあ、この辺の石の担当というからには、それなりに今までも石との付き合いがあるんだろう。
「まあ、確かに人間でしたがね。でも、こっちの人間のことはよく知りませんよ。うちには魔物ってのはいませんでしたから。なんか、大変そうですねえ、こちらの魔物さんは。」
「お気遣いいただき恐縮です。」
何だかやけに慇懃だな、こっちのモンスターは。ゲームで経験値とゴールド稼ぎのネタにされてる奴らとは雰囲気が違う。苦労してんだろうな。ん、しかし、経験値稼ぎのターゲットにされるのだって、ロクな扱いではないな。どっちにしろ、モンスターってのはお辛いこってすな。と、私は少々同情気味になる。
「もちろん、人間である皆さまが、人間が敵視している我々に協力するのは、抵抗をお感じになるかもしれません。断られても、やむを得ないとは思っております。」
「いや、断るとは言ってないけどさ、本人の意向もあるから一度聞いてみないと。」
「そうですね。では、また日を改めてお伺いいたしますので、調整のほど、よろしくお願い申し上げます。」
そう言ったのを境に、コカトリスの声は聞こえなくなった。