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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第11話 つなぐ石
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11-2

「石テレパシーだって、何かの力を使っているんだろう。思いっきりテレり続けたら、力尽きることができるかもしれないぞ。」

「おお、きっとそうだ。それに違いない!」


 というか、そうだと思いたいんだよな。


 そうして、穏やかであろうと思われる野辺は、石どもの怒号が鳴りやまぬ恐怖の谷へと変貌を遂げた。もちろん、石テレパシーを聞くことのできる限られた者にとって、であるが。


 そして、何の効果もなくむなしさに満ちた第9回会議。


「どうしろって言うんでしょうか…」

「石テレパシーって、なんの力も使わないんですね…」

「メンタルは削られるのに…」

「頭脳労働して腹減るのに食うと太るみたいなむなしさを感じます。」

「…ちょっと違うかな。」


 ああ、野辺に石のため息が満ちるよ。息は吐かねども、陰鬱な気は舞い降りる気がする。我々には見えないが、この負の空気で花は枯れ鳥は空を捨て人は微笑みをなくしているのではないだろうか。人がいれば、だが。


 そうして、重苦しい空気を打開せんとて第10回会議。


「あれ、あいつ、いないな。」


 私は気づいた。いつものメンバーが減っている。みんなで呼びかけても、反応がない。もちろん、私のアンテナにも気配が引っかかって来ない。これは、まさか。


「卒業…でしょうか。」

「どうやって?ずるいぞ、自分だけ!」

「そんなこと、私に言われましても…。」

「あいつのそばにいただろう、お前。何か知ってるんじゃないのか。」

「そばだなんて言われても、物理的距離なんて知りませんよ。今の今まで気づいていなかったんですし。」

「そうやって後で自分だけ卒業するつもりだろう。」

「あー、揉めるな、揉めるな。不毛すぎる。」


 私は直ちにケンカを仲裁する。大体いつもこんな役回りである。位置が固定されたまま身動きもならず、テレれば漏れなく声が聞こえ、直に決闘もできやしないこの状況で仲違いをしても、逃げ場がありゃしない。この先何年、何十年、何百年と一緒にいなきゃならんのだから、ケンカなぞしている場合ではないのだ。


 何より、身の回りにごたついた雰囲気があると、こちらも居心地が悪い。仲良しキャッキャうふふとまではいかんでいいが、社交辞令で愛想笑いを浮かべられるくらいの関係でいていただきたいのだ。住環境は良好に整えねば。努力しないとすぐに摩擦が起きてささくれだらけになる。


「卒業の仕方を秘密にしたって、何のメリットもないだろ、お互い。現世だった頃みたいに、情報売って金になるわけでなし。金があっても、使えやしない。」

「そりゃ、そうですが…じゃあ、あいつはどうやって?」

「おそらく、本人も気が付かないうちに自然消滅したんじゃないのか?ぽっくりってやつだ。」

「ぽっくり、かあ…そうだとしたら、方法の教えようがないですねえ。」

「血圧上げて血液ドロドロにしとけってくらいだな。我々には血も涙もないが。」


 ははは、と力ない笑いが各所で起きる。何しろ死んだ心当たりのある連中なので、年齢層は高めである。必死こいて血圧下げて、血液サラサラにしようとしていた口ばかりだ。私もそんな薬を飲んでいた。長生きには全く貢献しなかったみたいだが。


「あー、まさか、生前の血圧が高いと、ここでもバキンと石が割れやすいとか。内圧が高くなってて。」

「私、上は170あったけどなあ…。」

「えんらい高いなあ。薬は飲んでたの?食事は?」


 年寄りに健康ネタは鉄板である。石となったこの身では薬も食事もへったくれも無いのだが、何故か話が尽きることはない。


 結局、今回もぐだぐだと健康ネタを話し合って解散となった。卒業の方法も検討されたが、いなくなったのは、他の連中と似たり寄ったりの石だったので、何がキーとなったのかは全く分からなかった。


 しかし、これ以降、本当にごくまれにではあるが、会議のメンツが欠けるようになった。いや、きっと、会議をやろうと言い始める前から、私がこの地に転生する前から、石は時折自然に成仏していたのだろう。会議をしてメンツが固定化されて初めて、いなくなったことに気付けるようになったに過ぎない。何しろ石テレパシーは声と違って音質が無いから、個人の特定が極めて難しい。会議中もわけ分からんくなるので、適宜名乗り合いながら話し合っているくらいだ。定期的に名乗り合ってなかったら、誰がいつ消えたかなんて把握のしようがない。


 何かこれ、孤立した年寄りの扱いに似てるなあ、と私は嘆息する。我が家の辺りは年寄り率が極めて高い。犬も歩けば爺婆に当たる。犬が当たるところにいてくれりゃいいが、引きこもっている連中も多い。いつ死んだか分からんうちに腐ってることもある。それじゃ困るから、寄り合いを開いて、何のかんのとめんどくさがる爺婆を出席させ、顔を見て、生存確認に努めるわけだ。


 ま、石は腐らんだけ人間よりマシだな。一個だけ利点を見つけたわ。などと不謹慎なことを考えるが、腐ってもやはり人間の方が良い。


「会長、また一人減りましたね。」


 古参のメンバーが呟いた。第1回石会議からのメンバーは、もう数えるほどしかいない。まあ、元々数えられる程度だったけど。


「聞いたことあるんですけど、カラスがクルミを車の通り道に置いて、轢かせて殻を割るんですって。」

「ふーん。賢いな。」

「それみたいに、たまたまカラスみたいな鳥が運のいい石を拾って、落として割ってくれてるんですかね。」

「それだと、割れるより、遠いどこかで元気に石を続けてる可能性が高くないか。クルミより硬いぞ、石って。」


 ちーん。ヨタ話なので、オチも何もない。落胆があるだけ。


「あ、そうだ。ちょっと前に入った人なんですけどね、メンタル危ないみたいなんですよ。話しかけてもすんごく不安定で。」

「ほー。」

「我々がメンタル崩壊で卒業できるかどうかは分からんですが、それで卒業したら、その後がちょっと心配ですよね。現世でゾンビになって蘇ったりとか。」

「あー、ゾンビってそうやって生まれるのか。噛まれて感染するとかじゃないの。」

「始原のゾンビですよ。」


 話が壮大になってきた。我々はひとしきりゾンビネタで盛り上がり、無尽蔵にある時を極めて無為に浪費し、満足する。


 そうした後で、また元のネタに帰ってきた。


「会長、いっぺんあの人の話聞いてやってくださいよ。私に近いのか、始終独り言が聞こえてきて気持ち悪いんです。」

「おーし、分かった。」


 というわけで、私はそのメンタルさんの話を聞きに行く。行く、というのは気持ちの問題。気持ちの上では、庭で採れたトマトでも持ってメンタルさんちを訪っているつもり。で、トマトに塩掛けて食いながらメンタルさんの愚痴を延々聞いてやるわけだ。まあ、暇だし、することもないし、私の住環境が悪化せずに済むならこれくらい何ということもない。


 こんな感じで、私はいつの間にやら、揉め事の種が芽を吹きそうになるたびに召喚され、空想上の野菜と共に石ころを訪問し、まあまあと角を収めさせる役になってしまった。名前も会長で安定してしまったし。どこの自治会だよ。まったく。しゃあないなあ。便利に使われている気もするが、まあこういう役は苦手じゃない。


 しかし、こうして裏方として活躍している私には、一向に卒業の気配が訪れなかった。石会議メンバーの中じゃ、かなりの功労者だぞ。それを評価して、先に逝かせてくれたって良いくらいじゃないか。頑張ってるのになあ。


 すみません、嘘こきました。大して頑張ってません。


 いや、待てよ。私はこの辺りの石のことも大体把握してるし、みんなに顔…というかテレもきくし、重鎮的存在になってきてしまっている。重鎮、文鎮。石として、物理的に成長しちゃったりしてるのか?卒業から遠ざかっちまっているのだろうか。鍾乳石とかならともかく、野辺の石ころは風化一辺倒で、成長しないと思うけどなあ。

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