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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第11話 つなぐ石
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11-1

「はいー、第3回石会議、はじまりはじまりー。みんな、いる?」


 と私は周囲に呼びかけた。


「ういーす」


 あちこちから石テレパシーあり。おっけ。


「今日の議題。前回同様、はよ帰るにはどうしたらいいか、です。」


 そう。私は石。野原かどこかに転がってる小石らしい。ただ、この世にこうして意識を持って生まれた時からずっと小石なわけではない。歴とした人間だった。考えるアシかもしれないが、イシではない。つまらんね、はい。


 私の住む地域は、雪国である。温暖化のおかげで積雪量は減少傾向にあったが、その時はやたらと降った。気象庁が原因を説明していたが、原因よりも対策が私には必要だった。で、古い家の屋根の上に登り、せっせと雪下ろしをしていて、気が付いたらこれだよ。石だよ。雪ならまだ分かるが。何の因果でこうなった。


 こうして考えたり、石仲間とテレパシーで会話する以外には、何の感覚もない。草臥れない代わりに眠れもしない。


 ここにきてすぐは、さすがに状況が分からずに混乱していたが、私は割とすぐにお仲間の存在に気付いた。微塵も動かない奴らが周囲にゴロゴロしている。そして、何故かピンときた。奴らは石だ、と。そして、自分もそうなんだろうなーと理解するまでは1秒も間を置かなかった。だから何の感覚もないんだね。なーるほど。


 それから、私はせっせと仲間たちに声をかけて回った。回ったというのは気持ちの問題で、実際には動けないけれど。私のテレパシーに反応する石もあれば、うんともすんとも言わない奴もいた。この違いが何によって生じているかは、今のところ分からない。私を警戒してのことじゃないとは思いたいんだけどな。


 で、雑談してるうちに、分かった。みんな、石なんてなりたくてなったわけじゃない。早く卒業したい。大人しく死ぬ方がなんぼかマシ。そりゃ、そうだよね。何も見えんし聴こえんし、味も匂いもないし、動けんし、要するに何の楽しみもない。


 ということで、三人寄れば文殊の知恵ではないが、力を合わせて卒業しましょうということで会議を開くことになった。正直に言えば、ま、暇つぶしである。


 第1回石会議では、周りの石仲間と状況の把握に努めた。我々はみなかつて人間であり、何らかの形で死んだに違いないという心当たりのある時点でここに飛ばされていた。現在の身分は野辺の石らしく、何の感覚もないし何もできない。このことから、我々は己が石に転生したと結論付けた。ありがたくもなんともない結論である。でも、異論もなかった。反対したがる奴はいたけれど、どんだけ反対したって現状我々は石なのである。どうしようもないね。


 第2回石会議では、今回同様、どうすりゃ石をやめられるかが議題となった。誰も答えを知らなかった。憶測が飛び交ったが、そんな憶測はみんなこっそり実践済みであり、効果が無いということであるので、無意味だった。ヒマな時間が潰れたという大いなる成果は得られた。


 さて今回も、そんな調子になるだろなとの予想の下、会議開始である。


「こないだ、生き物とテレった。」


 テレる、というのは、恥じらうという意味のあれではない。石テレパシーをもって意思疎通を図る、という意味の造語である。


 そんなことはどうでもいい、生き物とテレったって?俄然、参加者が色めき立つ。


「私はテレ範囲が狭いタイプだから、かなり接近してたんだと思う。」

「で、何をテレったんだ。」

「私は何でしょう、から入った。ワンチャン、石じゃないかもしれないと思ってさ…。」


 その哀愁を帯びたテレ具合から、石だとの断定を頂いたのは想像に難くない。会議参加者はみな、がっくりとため息を吐いた。息は無いのでテレパシーで、だが。


「他には。」

「どうやったら石やめられるか、聞いてみた。」

「おう、で?」

「知らんて。」

「おおう…」


 またため息大合唱。ちなみに、そのテレ相手は人間のような人間でないような生き物だったらしい。何じゃそりゃ。


「人間かって聞いたら、違うって言うんだもん。」

「じゃあ何なんだよ。」

「よく聞き取れなかった。」


 はーあ。こいつ、確かにテレパシーの熟練度が低い。発言が聞こえづらい。こっちの言ってることを理解しない。声ちっさい耳遠い老人のようである。


 しかし、どうやら我ら石軍団以外にもテレパシーを使いうる知的生命体が存在するらしい。その事実は我々をにわかに活気づけた。我らのような、考える石だけしかいない謎の惑星とかだったら、本当にやってられない。


 この日の会議は、そんな大物を釣り上げたところで、後はいつものようにグダグダな雑談で終わった。答えなんぞでやしないのに、なぜ我々は石にされたのか、ここはどこなのか、そんなことをしゃべくるわけだ。不毛だ。不毛だけど、そんなことでも話すくらいしかストレスの捌け口がない。


 しかし、その日以来、みんなに気合が入った。自分も生き物を拿捕しようというのである。無論、その努力のほとんどは灰燼と帰した。ただの無駄骨である。そこかしこから「おーい」「だれかー」「たすけてー」という悲鳴にも似たテレパシーが鳴り続けたが、反応の得られた気配はない。もちろん、私だって同様だ。


 ところがどっこい。次の会議では、ぽろぽろと症例が報告された。


「私の相手は、自分をピクシーだと名乗りました。」

「私の相手は、スライムです。」

「こっちはゴブリンだったよ。」


 まじか。みんな、いわゆるモンスターじゃないか。割と弱そうな。まあ、弱いか強いかはこの際どうでもいいが、本物のモンスターなのだとしたらこの世界はやはり日本ではないということになる。コスプレ大会の真っ最中でなりきり野郎ばかりなのだとしても、下位モンスター縛りのコスプレってのはないだろうし。


「んで、石をやめる方法は?」

「さあ…」


 肝心なところは抜けている。下位モンスターなんてそんなもんか。


「そんな雑魚モンスターばかりいるということは、この辺りは冒険の初めの村なんですかねえ。」

「ここがRPGの世界ならそうなるんだろうな。」

「じゃあ、石をやめる方法を知っていそうな、高レベルモンスターには会えないってことじゃないか。」

「まじかよ…積んだ…。」


 みんなでまた、オーマイガッ。


 だが、諦めるわけにはいかない。諦められるほど、他にやることがない。我々には持て余してなおありあまるヒマしかないのだ。石ころだらけの野辺は再び、物悲しい呼び声のこだまする地獄に変じた。まあ、それを聞く者とて同族以外にはほぼいないんだけどな。


 でも、こんだけヒマな石がいりゃ、誰かは良い情報を拾ってくる。第5回石会議では、何とも有力な手掛かりが得られた。


「何でも、爆発すれば良いらしいですよ。はじけ飛んで消えた石がいるそうです。」

「なるほどな!で、どうやって爆発しようか。」

「…」


 ちーん。


 能動的に動けるなら、とっくにやっとるわい。テレパシーしかできんのに、どうやって爆発するんじゃ、ボケ。


 そして、第6回石会議。


「石を粉みじんに砕くと良いそうです。」

「なるほどな!で、誰が我々を粉みじんに砕いてくれるんだ?」

「…」


 ちーん。


 ちなみに、その情報をくれたモンスターは仕事があるとかで、すぐにどこかへ行ってしまったそうだ。ガセネタ掴ませて逃げたくさいぞ。


 こんな調子で、第7回会議。


「魔王なら何とかしてくれるかもしれないって言ってました。」

「なるほどな!で、魔王ってこんな初期の村のご近所にいるか?」

「…」


 ちーん。


 もちろん、この情報をくれたモンスターは魔王ではなく、魔王に会ったことすらない。その場しのぎの責任転嫁だろうな。


 最早ただの惰性で、第8回会議。


「力尽きると、良いらしいです。」

「なるほどな!…いや、待て、力尽きる?それなら、できるんじゃないか。」


 始めて光明が兆した。

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