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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第10話 精霊石
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10-5

「なあ、魔王様。何で人間食うわけ?」

「ほとんどの魔物は人間を食用にしていない。一部に人肉の味を好むものがいるが、食人は禁じている。」

「うちんとこ、だいぶ食われましたけど。」

「私の統制が不行き届きで、申し訳ない。」

「そんな素直に謝られると話が続かねえなあ…。」

「ではこちらも尋ねるが、なぜ人間はやたらと魔王を殺そうとするのだ。」

「そりゃ、おたく、魔物の頭領でしょ。だからだよ。」

「非常に迷惑なのだが。」

「食われるのだって迷惑だよ。」

「それは大変申し訳なく思っている。」


 話が堂々巡りになってきたところで、師匠は少し黙った。鼻歌も歌ってないから、何か考えている。しばらくしてから、師匠はまた切り出した。


「ちょっと前、そうだな、10年くらい昔のことなんだけどさ、北東部の田舎の村で、人間食った魔物を殺した魔物がいるのよ。魔王様、ご存じない?」


 聞いちゃいないのか、機密情報なのか、師匠との会話がめんどくさくなったのか、魔王はだんまりを決めている。まあ、答える義理は無かろうけどさ。でも、たぶん、この師匠のことだから、答えない限りは延々しつこく繰り返すと思うよ?師匠、この件は大分気にしてるみたいだし。


 と思っていたら、案の定、師匠はねえねえと魔王に催促する。それでもなかなか魔王は返事をしなかったが、根負けしたのか、やがてものすごーく陰鬱に答えた。


「…それは私だ。」

「あ、やっぱ?見覚えあると思ったもんね。そっちは私のこと、覚えてた?」

「…」

「あ、覚えてないんだ。そーなんだー。ちょっとショックー。えー、私あの時、魔王様のことめっちゃ見てたのになー。さーては、魔王様って、他人の顔覚えるの苦手でしょ。あっ、待ってよ、あん時私のことも殺しときゃ良かったとか、後悔してる?きゃー、魔王様、こわーい。」


 多分、ショックは受けていないし、全然怖がっていないが、一通りふざけた後で師匠はまた黙った。魔王もその配下も完全に無反応だ。いくつもの足音だけが魔王城に響く。


 そうか、魔王って、ダメな部下の粛清も仕事なんだ。さすが魔王、怖いな。そして、大変だな。私なら、見て見ぬ振りしちゃうか、他の部下に何とかしてーって丸投げしちゃうかだな。だって、自分とこの魔物じゃなくて、敵側の人間が死んだだけなんだから、自分側に被害ないんだし。


 と、師匠も考えたかどうかは知らない。間違いなく、私と同じ思考ルートはたどらない、この人は。


「悪いんだけど、二つばかり、お願いしていいかな。」


 ほら御覧なさい、また、ずうずうしい。なんでしょうね、この人。


「私、魔王様にやられてくたばったってことにしてくんないかな。もうここには来ないし、魔物討伐もなるべくやめるからさ。あ、何ならその剣、証拠品として使って良いよ。一応銘も入ってるし。」

「いや、剣は後程お返しする。が、そもそも、侵入者の生死に関して特段の広報はしていないので、あなたを死んだことにするのは不可能だ。」

「ああ、そうかい。私に仲間がいりゃ、勇者は魔王にやられて死にましたってホラ吹いてもらえたのか…しくじったな。友達一人くらい連れてくりゃ良かった。」

「石がいるではないか。」


 え、私?また魔王が私に意識を向けたので、ドキッとする。が、師匠は大仰に笑い出した。


「石ぃ?石は喋らんっすよ、魔王様!何言ってんだよ、もー。おちゃめさん。」

「…」


 師匠はバンバンと魔王の背中を叩いたっぽい。師匠、そのノリで大丈夫なのかなあ。相手は魔王だよ。部下を平気で粛清しちゃうような。しかも、背後にはめちゃ強い配下も控えてるんだよ。冗談で済む相手じゃないぞ。ここまできて師匠がサクッと殺されちゃうんじゃないかと、私は不安でしょうがない。


「でも、まあ。2つ目のお願いってのは、この小石ちゃんのことですわ。」


 え、やっぱり私が何か問題?お小水精霊という、絶妙に不要な存在意義しか発揮できなかった不肖の石でございますが、何だろう。


「こういう石って、どっか遠くから紛れ込んできてんだろ?」

「おそらくは。」

「おうちに帰してやってくんないかな。私ではお喋りしてやることもできんしさ、寂しかろうと思うんだ。魔王様なら帰してやれるだろ。」

「了解した。」


 待って、どういうこと?私、元の世界に強制送還されるってこと?もう、酔い覚めのご加護は要らないんですか、師匠。師匠どうせまたいっぱい飲むんでしょ。二日酔いになるんでしょ。私が必須なんじゃないのかな。私、師匠の下手糞な鼻歌を聞いていれば全然寂しくなんかないんですけど。むしろ、元の世界の方が、いっぱい人間に囲まれて、顔色うかがって、突っ張って一人で過ごして、そんな時の方が寂しかったんですけど。こっちで師匠の二日酔いを醒ます方が、元の世界で何にもしてないのよりもずっと役に立ててるんですけど。やっぱり、私の本当にいるべき世界って、ここだと思うんですけど。


 私は心の中で騒いだけど、いつもどおり、師匠には一ミリも伝わらなかった。


「小石ちゃん、元気でな。お前さんのおかげで命拾いしたよ。ありがとな。」


 嫌だよー。師匠、行っちゃ嫌だよー。置いてかないでよー。私の懇願も届くことなく、師匠の歌声は遠ざかっていった。あんな死亡フラグを立てておいて、師匠は死ぬどころかしっかり自分の足で歩いて、魔王と仲良く雑談までして、魔王城を去って行ったのだ。それは喜ぶべきことなんだけど、私は寂しい。だって、この後私に待ち構えているのは、怖い怖い魔王様による強制送還なんだもの。何されるんだろ。石なのに血みどろになるのかな。怖いよ、帰りたくないよう。師匠助けてよう。


 私が年甲斐もなくぐずっていたら、


「本当に帰りたくないんですか?」


 と誰かに聞かれた。え、誰。


「魔王です。」


 え、さっきと印象違う。


「ええ、先ほどは緊張していました。殺される寸前でしたからね…はあ…怖かった…。」


 冗談でも大げさでもなく、心底震えあがっていたご様子。魔王なのに。全然肝据わってなかった。って、魔王だって師匠を殺そうとしてたじゃないか。でも、あの師匠は緊張とか恐怖なんてものを知らない人生を送ってるだろうな…。師匠、さっき別れたばかりなのに、もう懐かしくて、寂しい。私、あの酔いどれ勇者のことをこんなに気に入っていたんだなあ。


 師匠は何で魔王と最後まで戦わなかったんだろう。たぶん、最初はここで死ぬつもりだったよね。弟子とお別れした時だって、そうだったと思う。だって、死ぬ気が無くて、師匠が自分で魔王を倒す気満々だったら、弟子が勇者になる必要なんてないじゃん。弟子を育てて後を託す意味もない。


 師匠、本当に尿意が切迫して、お漏らしするのが嫌だった…なんてわけないよな。あの時、急に我に返ったみたいだったし。トイレの話は、その後だった。


 そうだね。師匠は自分の力で死亡フラグを返上したんだ。志半ばで死ぬキャラという立ち位置から、自力で抜け出たんだ。


 そうしてここで死ぬのをやめて、昔のことを聞いて、何を考えたのかな。


「帰りたくないなら、ここにいても構いませんよ。私なら話し相手になれますし。」


 魔王があったかい声をかけてくれた。この人、素だとこういう感じなんだなあ。師匠が私を魔王に預けてくれなかったら、気付かなかった。恐怖で支配する冷血なテンプレ魔王だと思ってた。もちろん、単に石ころが好きなだけで、部下にはめっちゃ威張り散らしてるワンマン社長タイプだという可能性はあるけど。まあ、この感じだと、違うだろうな。


 気が付いたら、私は魔王にこう答えていた。


「帰ります。大丈夫です。元の世界でやっていきます。」


 魔王はにっこり笑って頷いてくれた、と思う。雰囲気だけだけど。この人、イケメンだろうな。そういうことにしておく。そう思えるのが、この世界を離れる私の心の救い。


 こうして、私は元いた世界に戻ってきた。どうやら、チョコチップメロンパンを食べようとした時、資材の一部が落ちて頭にぶつかったらしい。ちょっぴり頭の骨がやられたけれど、中のお味噌には損傷がなく、私はしばしの安静の後に無事に元の生活に戻った。


 そう、元通り。相変わらず、昼ご飯は一人で食べる。資材置き場はもう行けないから、自席だけど。友達はいない。それどころか、資材置き場に入り浸ってボッチ飯食べてたことがバレたので、前よりクラスメイトと距離が広がって腫れもの扱いだよ。やーれやれ。居心地、わるっ。


 でも、私は新しい趣味を見つけた。一人旅だ。旅とはいっても、小遣いしかないから遠出はできない。自転車を漕いで、あるいは数駅だけ電車に乗って、知らないところへ行く。下手な鼻歌を歌いながら、ぶらぶら気の向くまま歩く。たまに、その辺のおばちゃんとかに話しかけてみる。楽しい。自分の居場所は自分で作ればいいんだ。


 いずれ二十歳になったら、旅路にお酒も加える予定だ。居酒屋、楽しみだな。お酒を飲んで酔っ払ったら、夢の中で師匠に会えるような気がする。ああ、でも、二日酔いにはならないように気を付けないと。もう精霊の力は使えないからな。


 師匠、待ってろよ。弟子と3人で、杯を交わそうね。

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