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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第10話 精霊石
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10-3

 師匠がどうしてすぐに魔王城に行こうとしないのかは、分からない。お酒の席でのたわごとを聞いている限りでは、魔王城には近づいたり遠ざかったりしているらしい。ただ単に死ぬ前にお酒を飲みたいだけなら、こんなにぶらぶら旅をしなくても、どこかに長逗留すればいいはずだ。弟子に言ったみたいに、師匠も自分で世界を見て回っているんだろうか。でも、飲んだくれてるしなあ。居酒屋しか見てないじゃん。狭い世界だなあ。


 こういうとき、師匠に仲間がいれば、パーティ内の会話から師匠の考えを推測することもできるのに、相変わらずこの人は気ままな一人旅。お酒の席には友達がいるけど、酒を飲むとすぐ気が大きくなるので、口から出まかせが増えて本心が読めない。魔王や魔物が怖いのかというと、そんな感じはしない。町の人に頼まれれば二つ返事で魔物退治に出かけるし、魔物に襲われている人を見たらすぐ助ける。実際強いから、魔物を恐れる必要もなさそうだし。


 んー。もどかしいなあ。こっちの言うことは伝わらないしなあ。おじさん(おばさん)が酒飲んでるのを延々聞いていても、私は楽しくないぞ。世の中にはそういうテレビ番組もあるらしいけど、それを好きなのはうちの叔父さんくらいのものだ。


 そろそろ、魔王城に行きませんかね?まあ、それってのは、師匠早く死んでください、と同義なんだけど。でも、師匠が肝臓病でじわじわ死ぬのは私も見たくはないし。


 そうだ。二日酔いを治せるなら、酔っ払いも治せるんじゃないか。お酒を飲んでいる最中に急に醒めたら、気分は下がるんじゃないか。いや、それとも、今日調子いいじゃんまだまだ飲めるじゃーんってなるだけだろうか。どっちだろう。何でもいいや、やってみよう。私はどうも酔っ払いの精霊らしいしな。それでここが私の居場所だなんて、ちょっと笑えるけど、しょうがないや。


 えいや、と私はいい気分で飲んでいる師匠に向けて精霊の加護パワーを発揮した。すると、師匠の様子がしゅんっとなった。


「小石ちゃん、何かしただろ。」


 しましたー。この返事は師匠には聞こえないけれど。


「ちっ、酔いが冷めちまった。しょうがねえ、今日はもう寝るか。」


 あ、そっちのタイプなんだね、師匠は。よし。ならば、ということで、私はそれからしばしば師匠のお酒の邪魔をした。そのたびに、師匠は不満げな様子になって、お酒を中断する。師匠は酒量が減り、ほとんど二日酔いにもならなくなった。おお、私は師匠の健康に一役買っているわけだ。ある意味、良い精霊なんじゃない、これ。魔王戦で直接には使えないと思うけど、師匠を強く健やかに保つという意味で間接的にサポートできてるよね。意外と、世界を救うお役に立ててるかも。


 でも、何度もそんなことが続くうちに、師匠の不満が爆発した。


「おいおい、小石ちゃん。いい加減にしてくれよ。酒くらい、好きに飲ませろっての。」


 だーめ。と言っても、聞こえないだろうけど。


「なに、私の健康のことでも考えてくれてんの?余計なお世話だよ。」


 余計なお世話くらいしかできることがないんだもの。


「それとも、さっさと魔王城に行けってか?」


 それもあるよ。


「まあなー。私もいい歳だから、そろそろかとは思ってるんだけど。」


 弟子と別れる時が、そのそろそろだったんじゃないの。大分そろそろ時点を過ぎましたよ。


「うーん…」


 師匠、悩みだした。お酒を飲んでも酔えないことが、そんなに深刻な悩みになるのだろうか。大人って怖い。私はそうならないようにしよう。たとえ人間に戻れたとしても。


 しばらく師匠は居酒屋でうんうん唸り続けた。なかなか、寝に行かない。かといって、飲むでもない。何を考えているのかは、分からない。独り言でも言ってくれたらいいんだけど、この人の口からは下手な歌とゲロしか出てこない。


「なあ、小石ちゃん。決めたわ。私、魔王城へ行く。」


 うん、そうしよう。っていうか、今までそのつもりじゃなかったんかい。


「だから、今晩は最後の晩餐。飲ませて、酔わせてくれ。頼む。」


 口から出まかせなんじゃないの。と思ったけど、師匠はすごく真剣だった。お酒のためならここまでマジになれるものなのだろうか。やっぱり、大人って怖い。


 でも、まあ、師匠の誠意に免じて、今晩はもう酔いを醒ますご加護の力を使うのはやめた。もし嘘っぱちだったら、次回から容赦しなければいいんだしね。


 でも結局、師匠は本当にこれを最後にお酒を断った。そして、真直ぐ最短距離で魔王城に向かい始めた。何しろ強い師匠なので、やると決めたらめちゃ早い。道中の魔物もなぎ倒して、沼地でも山岳地帯でも平気で乗り越えて、たちまち魔王城にたどり着いてしまった。こんなに簡単に着くなら、ホント、どうして今までサボってたんだろうこの人は。


「たーのもー。」


 道場破りでもする感じで、師匠は魔王城に乗り込んだ。魔王城の中は意外と閑散としていて、強そうな魔物がいることはいるんだけど、多くはない。しかも、師匠が気合を入れて斬りこみに行くと、さっさと散って行ってしまう。なんだ、これ。拍子抜け。私もだけど、師匠もその御様子だ。


「なんか、だりいな。」


 師匠はぶつくさ文句を言いながら、ずんずん奥へ進んでいく。ゲームならラストダンジョンだから時間がかかりそうなものだけど、師匠は全然だ。緊張感もない。しかも、BGMは相変わらず師匠のへたっぴな鼻歌である。これが益々、やる気なくす。


「ん、ここが魔王様のお部屋かな。どーら、開もーん。」


 もう奥地にたどり着いちゃったんだ。はやっ。


 と言う間もなく、師匠は魔王の部屋?に入って行った。


「誰もいねえじゃん。魔王はおやつの時間か?お昼寝の時間か?」


 保育園児じゃないんだから。でも、誰もいないってどういうことだろ。


「石ころしかないなー。小石ちゃんの親戚かねえ。」


 私の親戚なら、元の世界にいると思うよ。っていうか、石くらいどこにでも落ちてんじゃないの。私はそう思ったけれど、師匠はそう考えなかったらしい。この師匠は、読みも勘も鋭い。何か引っかかるものがあるんだろう。随分長いこと、誰もいない魔王の部屋でじっとしていた。


 魔王の部屋は、物音一つしない。たまに見かけた強そうな魔物も、どこで息を潜めているのやら。


 そもそも、魔王なんて魔王城にはいないんじゃないのか。魔王城っていう名前のお城を作っておけば、魔王を倒したい人間はそこに釣られて入っていく。そこへ毒でも流し込めば、労せずして目障りな勇者を殺せる。いわば、ゴキブリホイホイならぬ勇者ホイホイだ。師匠、ヤバいんじゃないの?


 心配する私にはお構いなしに、師匠はそこに籠城を始めた。籠城と言っても、持っていた糧食とお水でのんびりとプチ宴会を始めただけだけど。

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