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私、折角自分のいるべき場所に来たはずなのに、これまで一度も活躍できたことがない。「効果音」「例のやかましい石ころ」と呼ばれる程度の存在だ。「おもしれー小石」とでも言われたならまだ希望はあったけど。この世界も、私のいるべき場所じゃないのかな。師匠弟子が二人の世界にどっぷり浸っていて、完全にのけ者の私はやる気が急速になくなっていく。
「村のこと、覚えてるか?」
「はい。父も母も兄も、知り合いの村人たちも、魔物に食われました。師匠が助けてくれなかったら、私だっておそらくは…。」
「そうだな。そして、そういう場所はお前の村だけじゃなくて、そこかしこにあった。お前が魔物を憎み、魔王を退治する志を抱くには、十分すぎるほどの契機だ。」
へー、そうなんだ。悲劇のヒーローかヒロインなんだね、弟子君。鼻でもほじりながら聞いている気分ですよ、こちらは。鼻穴ないけど。
「私だって似たようなもんだ。だから、こうして勇者稼業を続けている。これからも続けるよ。それに迷いはない。…けどさー。」
「けど?何ですか。」
「気になるんだ。お前が覚えているかどうか分からんが、お前の村の人たちを食っちまった魔物な。あれ、私が倒したんじゃねえのよ。」
えっ。どういうこと?私は少し興味をそそられて、耳をそばだてた。エア鼻ほじりは中止だ。
「あの魔物、かなり強くてさ。生き残りの人を守りつつ勝つなんて、無理な相談でな。ほら、私も傷だらけの血まみれだったろ?もうダメかと思ったぜ、あん時ゃ。」
「いや、でも、師匠以外には戦える人間は誰もいなかったはずです。」
まさか、弟子君が古代の何かの末裔とか、悪魔と人間のハーフとかで、家族を殺された怒りで無意識のうちに覚醒し、超絶パワーでやっつけたっていうやつか。弟子君、主人公だねー。精霊のご加護要らないじゃん。出てきたなけなしのやる気、がっつり削がれるわ。
私がまたぞろふて寝モードに入ろうとした時、師匠はどことなく遠い声で言った。
「私の見間違いじゃなきゃな、魔物が魔物をやっつけたんだ。私もお前も、魔物に救われたんだ。」
「そんな馬鹿なことがあるはずがない。そうだとしても、その魔物が新たに人間を襲うでしょう。」
「だろ?私もそう思うわ。だけど、そん時は、そいつはすぐに去っちまったのよ。後に残るは、人食い魔物と人間の残骸。死屍累々だ。お前の記憶にあるのは、その血なまぐさい光景だろうな。」
弟子は黙ってしまった。頭の中の、血みどろの情景でも思い出しているのだろうか。
とりあえず、この弟子がギフテッドな特殊能力保持者でないことは分かった。成長して主人公になる可能性は否定できないが、しょっぱなからのチートはないらしい。初期値低いキャラが成長していくストーリーなら、私も活躍する隙間があるかな。いや、どうかな…この弟子、一人でガンガン突き進みそうだし。あー、やる気出ない。
「お前が勇者になって魔王討伐に行くのは止めない。でも、その前にお前の目で世界を見て回って欲しい。だから、私はお前を連れて行かない。」
「師匠だって、一緒に見て回ればいいじゃないですか…。」
「言ったろ、私は年齢制限いっぱいいっぱいだって。もう40だぜ?むこうさんはほぼ寿命なしだけどさ、こっちはすぐ老いるのよ。今やらなきゃ、魔王なんて一生無理だわ。」
あ、結構おじさんかおばさんなんだ、この師匠。もう少し若い人を想像してた。アラフォーで現役勇者って、大変だろうな。スポーツ選手だって、そんな年の人はめったにいない。まあ、師匠の言うとおり、もうそろ限界だろうね。やっぱり、師匠は死ぬキャラで確定だな。可哀そうだけど、そういう役回りだね。
私が、どこに行っても居場所がないキャラ確定だっていうのと、似てる。私は、主人公とか主人公周りのサブキャラとか、そういう陽キャではない。裏切ったり、めんどくさく絡むような陰キャでもない。いても良いけどいなくてもいい、どちらかと言えばいない方がすっきりする。アホ毛とか、壁の画鋲の跡とか、そういう感じのポジション。元の世界でも、多分ここでも。
可哀そうだけど、あなたもあなたの立ち位置が決まってるんだよ、師匠。死んじゃう係。人には与えられた立ち位置があって、どうやってもそこから動けないみたいなんだ。死に意味があるだけ、マシと思ってください。
せめて、私が精霊のご加護~ってのをやってあげるよ。どうせ師匠は死んじゃうから意味ないけどね。
あ、でも、私はこの先どうなるんだろう。さっき言ってたみたいに、師匠が持って歩くのかな。この弟子にくっつくよりは師匠が良いな。
そう思っていたら、師匠の鼻歌が聞こえ始めた。へったくそだ。やめてほしい。やまらない。弟子の声は聞こえなくなったから、どうやら私は師匠の宣言どおり、師匠の同行者に選ばれたらしい。
師匠は、なかなか魔王討伐の仲間を得ようとしなかった。この人、気さくだし友達自体は多いんだけど、一人旅が好きみたいだ。あっちの町へぶらりと顔を出し、知り合いと飲み明かし、こっちの村に寄ってまた知り合いと飲み明かす。そんなことばかりしているけれど、たまに魔物退治に行くときは一人。そして、強い。弟子を指導していた時も厳しかったけど、そんなの比べ物にならない。実戦ってすごい。もちろん、私には師匠の声と魔物の声しか聞こえないから、師匠がどう戦っているのかまでは分からない。ただ、師匠の気迫がびりびり伝わってくる。この人なら、40歳が50歳になっても現役で行けるんじゃないの。剣聖とかなれそうだよ。
年齢制限ギリだ、と言っていた割には、師匠の寄り道は随分と長いこと続いた。魔王城が遠いのかもしれないけど、飲みたいだけなんじゃないかな。この人、どこ行っても飲んでる。よく二日酔いになってるし。強いんだか弱いんだか、分からない。
あ、まさか、私って二日酔いを治すための精霊だったりするの?そりゃ、二日酔いじゃない方が師匠も強いだろうけどさ。そんな精霊って、あるかなあ。まあ、あってもいっか。今のところ、私は師匠の効果音係の役目すら果たしていない。何故なら、師匠が常に自分で好きなように歌い散らかしているから。
そんなら、試しに光の精霊のご加護~っとやってみたら、どうやら効き目があったらしい。
「おいおい、小石ちゃん、まじか。そんな効能があるのか。持ってきて大正解じゃん。」
さっきまで「頭いてえ…」と水を飲んでいた師匠、大喜び。微妙な感じではあるけど、私も自分にすることができたので、ちょい嬉しい。この世界に私が必要かどうかは分からないが、少なくとも師匠は私を必要としてくれる。便利に使っているだけ、とも言えるけど。二日酔いが治せるからって、安易に飲み過ぎるのはどうかと思うぞ。こういう小言は、師匠には聞こえないらしいからムカつく。
こうして、私は二日酔い勇者である師匠とぶらぶら珍道中を続けた。二日酔いは、3回に1回は治してあげないことにした。でないと、こいつは無限に飲みそうだもん。二日酔いにならなくたって、お酒の飲み過ぎは身体に悪いはずだ。魔王と戦って死ぬならまだしも、寄り道して酒飲み過ぎて肝臓を悪くして魔王城に着く前に死にました、では格好悪すぎ。あのクソまじめちゃん弟子にどう言い訳するんだ。ということで、お仕置きなのだ。