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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第9話 溶ける石
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9-2

「近頃は、魔王様が革新的な事業に取り組んでおられましてな。」


 はあ。トップダウンによるイノベーションってやつか。うちの会社も、ハイスペックで優秀な経営者様が、時宜にかなったアイデアを臨機応変に続々と打ち出すことで既成概念を次々とひっくり返してドカンボカン、ギッタギタのメッタメタですよ。メッタメタになるのは、我々社畜だけどね。


 どこも同じかー。やってらんねえ。と思ったけれど、おっさんはそうでもないみたい。意外と、社長?の魔王様に肯定的だ。


「私なんぞは古いタイプなので、力で押し通すしかないという考えなのですが、やはり、時代ですかな。融和政策が良いんでしょうなあ。そうなれば、私の仕事ももっと安全になると思いますよ。」

「そうですか…。」


 やっぱり、よく分からんけど。


「安全で、定時帰りの方が、良いじゃありませんか。恋人とのんびり温泉なんてのも素敵ですよ。」


と私は言った。本心だ。何しろ、かく言う私が、付き合っていた恋人を仕事のせいで失ったばかりなのだ。


 いや、まあね、仕事だけが理由じゃないかもしれないよ?私との性格の不一致であるとか、向こうのライフスタイルの変化だとか、細かいすれ違いは増えていたから。でも、全然会えない、連絡しても返事をすぐ返せない、記念日も祝えない、ごくまれに会っても疲れすぎてて気遣いができない、これでは愛想がいくらあったってすぐに尽き果てるわ。私が逆の立場でも、振ると思う。


 何にせよ、このおっさんが、命を脅かされることもなく定時に帰って恋人といちゃつけるなら、その方が良いに決まってる。社長だか魔王だか知らんが、頑張れ。


「そうですな。何十年、何百年後か分かりませんが、そんな時代が楽しみですよ。」

「えっ…ああ、お子さんとかお孫さんとか、後の世代のためにってことですか。」

「いやいや、何をおっしゃいます。私自身ですよ。私も恋人も寿命が長いですからな。」


 おっさん、冗談きついぜ。エルフじゃあるまいし。生傷の絶えないおっさんエルフと裸のお付き合いかよ。ニッチな需要しかなさそうだぞ。でも、まあ、おっさんみたいな気の持ちようも、前向きで悪くはないのかもしれないな。幕末や昭和中期みたいな激動期だったら、生きているうちにガラッと時代が変わるわけだし。


「世の姿をより良く変えていくためには、私のような古い世代も意識を変えて、新しいことにも挑戦せねばなりませんな。」

「そうですねえ。新しい技術って、年を取るとなかなか難しいですけど、できる人はできてますもんね。やるかやらないか、本人の意識も大事なんでしょうね。」


 パソコンなんて、その最たるものだ。パソコン自体がオフィスに一般的に普及したのはそんなに大昔ではないのに、いまだに「わたしぃ、ぱそこんにがてだからぁ」と逃げ回る中高年は多い。でも、つべこべ言わずに普通に使ってる中高年だっていっぱいいる。歳じゃなくて本人の意識の違いだ、と私は思う。きっと、このおっさんなら、大丈夫なんじゃないかな。


「魔王様ってのは、お若いんですか?」


 私の予想では、そういうイノベーションをぶいぶいやらかすのは若い人だけど。おっさんは、ふうむとうなって、しばらく考えてから答えた。


「その問いの答えは、難しい。」

「あっ、すみません、個人情報ですよね。」

「いや、老い若いは、寿命との相対的な表現でしょう。しかし、悲しいかな、魔王という種族の本来の寿命は明らかになったことがありません。もっとも、寿命の不明さにかけては、石の方が上かもしれませんが。」


 石の方?私のことか。それとも、北の方みたいな、おっさんの職場での何か特殊な役職の呼称かな。何だか分からん。まあ、細かいことは横に置いておこう。


 それより、魔王の寿命が不明ってなんだそりゃ。魔王だか社長だか知らんが、200年も1000年も生きられる人間はいないぞ。それとも、例えば今の魔王社長が将来40歳で死ぬなら、38歳はもう高齢者ってことか?その表現方法には無理があるぞ。


 と考え込んでいたら、おっさんがさらりと付け加えた。


「今の魔王様がお生まれになったのはそう古い時代のことではありませんよ。」

「平成ですか。」

「へーせー…とは、何でしょうか。」


 あ、そうだな、外国の人だったら和暦は知らないか。おっさんが外国人かどうか定かでないが、どことなく異邦の雰囲気を帯びているし。日本語ペラペラだけど。じゃあ、いいや。魔王様のお歳は。平成世代なんだろう。まあ、うちの社長と同じくらいかな。


 ああ、いかんな。折角こうして温泉に浸かっているというのに、何故か仕事のことばかり考えている。おっさんの仕事が謎過ぎるせいだな。おっさんの仕事について聞くのは良いが、自分の仕事は忘れよう。もっと、おっさんにフォーカスを当てるんだ。


「要人の警護のお仕事とおっしゃいましたが、どうしてそのお仕事を選ばれたんですか?」


 と私は尋ねた。なんだか、ビジネス雑誌のインタビューの前振りみたいになってしまったが、実際気になるところなのだ。


 おっさんはまたぞろふうむと間を置いてから答えた。


「天職というやつですな。私は身体が丈夫で、戦いに秀でておりますし、勇者を殺すことにためらいもありません。」

「ころ…す?」

「ええ、仲間内には、それが嫌だという者もおりますのでな。逆に、人を食うような奴もおりますが、それでは歯止めがきかず統制が取れませんので、不適です。」


 謎は深まるばかりだ。


 確かに、人を食ったような奴は、どこに行ったってどんな仕事だって、不適だ。不快だ。一緒にいたくない。しかし、お客様たる勇者を殺すとは、どういうこった。あれか。不正な手段で買ったチケットで入場したとか、グッズを万引きしたとか、騒いで迷惑をかけたとか、そういうお客様ではない客もどきを摘まみだすってことか。要人警護がメインだけど、腕っぷしを見込まれて、厄介なやつ相手の仕事も任されてるんだな。それなら、怪我も多かろう。そうか、おっさん、大変な仕事だなあ。

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