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「先輩、続きは?」
私はうきうきと先輩に声をかけた。今回のはこれで終わりで、別の設定のコントにするなら、それはそれで楽しみだ。
ところが、先輩はうんともすんとも言わない。あれ。渾身の演技で、疲れちゃったのかしらん。我々石ころに、疲れというものは無いんだけど。いや、無いと思っていたけど、実はあるのかもしれないな。私は先輩ほど真剣にテレパシーに力を入れていないし。あそこまで迫真のテレパシーなら、石でも疲れて割れちゃうかもしれない。
えっ、割れちゃう?先輩、割れて死んでしまったのですか?自分で考えたことなのに、自分で驚いて、私はうろたえた。
「先輩?先輩?生きてますか?」
応答、無し。
なんてこった。死ねる、というか、石をやめる方法があったんだ。先輩はそれを見つけて、私を踏み台にして実践したのか。えー。それなら、私も本気でテレパシーやればよかった。勿体ないことをした。折角のチャンスだったのに。先輩の他に、こんな小芝居に本気で付き合ってくれる石、いるかなあ。先輩以外と話したことが無いから、非常に不安だ。
「あーん。一人ぼっちになっちゃった。寂しいので、誰か相手してください。」
私は誰にともなくテレパシーを飛ばした。そこいらじゅうにいるはずの石、一人(一個?)でも良いから、応答してくれ、と祈る。
祈ったところで、気付いた。先輩とファーストコンタクトした時には、辺りにたくさん元人間の石ころがいた。みんなで息を潜めてはいたけれど、思念のようなものがにじみ出ているから、石同士ならすぐに分かるのだ。それが、今は全然感じられない。まさか、全員先輩のハッスルに巻き込まれて割れ砕けた?あるいは、先輩だけを残して全力テレパシーで脱出した後だったのか?ず、ずるい!私も連れてってよー。
泣きたくなってきた。石だから、泣けないけど。ぐすん。
「私がいますよ。」
と声が聞こえた。もちろん、テレパシーだけど。
「え、誰?」
「ユンケルです。」
「まじか。実在したんか。」
いや待てよ、これって、幻覚かも。私も石生活が随分長いこと続いている。一人で自分の声だけを聴き続けて、孤独のストレスから脳内に色んなキャラを育ててしまったのかもしれない。私、やばいじゃん。でもまあ、そういうのがいてもいっか。どうせこの先も石なんだもん。一人じゃ寂しいし、私が創り出したキャラであっても、会話っぽくなるならその方が良い。
「元は普通の竜でしたが、あなたに八つ裂きにされて、八岐大蛇になりました。」
「ああ、あの時の。あ、八つ裂き痛かったよね、ごめんね。」
「その後の回復魔法のおかげで進化できたから、結果オーライです。」
「すんげえ進化の仕方だな。」
やっぱりこいつ、私の妄想の産物だな。進化方法がご都合主義すぎるだろ。ポケモンだってそんな簡単じゃないぞ。
「もうそろそろ、前魔王が帰ってきますよ。」
「え、前魔王?何それ。」
「あなたが魔王業を代行するまで、魔王だった方です。今では田舎で空家を改修した古民家カフェを営み、自分で有機栽培した野菜を調理して提供しています。ちなみに、夜にはカフェメニューに加えて、地元のクラフトビールを樽生で飲めますよ。」
「何その、地域おこし協力隊がそのまま移住しちゃったみたいな人。」
その前魔王さんも、私の脳が考え出したキャラだろうか。私の創作物にしてはロハスで丁寧な暮らし系だなあ。私、深層心理ではそういう暮らしに憧れていたのだろうか。都会での仕事は、大嫌いだったけど。
でもそれ、魔王でなくても良くない?古民家カフェに、魔王の魔部分も、王部分も、要らないよね。
「全然魔王っぽくない。」
「はい、よく言われます。」
「え、誰。ユンケル?」
「前魔王です。ただいま戻りました。厄介な勇者が消えたと聞いて、安心しました。」
厄介な勇者?もしかして、先輩のことだろうか。たかが石ころじゃないか。ああ、でも、ユンケルも前魔王も、私が脳内で作ったキャラ。さっきの先輩の世界観が残っているのかもしれない。先輩の影響力、半端じゃないなあ。
「勇者の遺体はどうした?」
「石魔王様の禁呪で消し炭状態でしたので、河原の砂地に混ぜておきました。」
「それなら、本望だろう。人間の友達がいなくて、独りで石と遊んでいるうちに、石テレパシーのスキルを会得したくらいだからな。土に還ったなら、周りに友達がいっぱいだろう。」
ユンケルと前魔王が話している。私に分かるということは、石テレパシーを使っている設定なのだろう。ああ、これ、石テレパシーって呼ぶんだ。我ながら安直なネーミング。
前魔王とユンケルの会話から察するに、さっきの気合の入った先輩が、石と話せるボッチ勇者という設定らしい。でも、実は他にも勇者がいっぱいいたんだそうな。ただ、どいつもこいつも石たる私と意思の疎通ができないから、魔王城に小石がぽつんと置かれているのを見て、呆れてがっかりして気が抜けて、くるりと引き返した。その無防備な背後を魔物に襲われ、皆さまあっけなく帰らぬ人となったとか。ふーん。私の知らぬ間にそういうことになっていた設定なのね。自分の妄想ながら、石ころを無双にし過ぎな気もする。
でも、なかなか愉快じゃないか。どうせ、何も見えず、聞こえず、動けず、感じられずの石人生。かなりの下駄を履かせたって、良いじゃないの。インナーチャイルドたちと話をしたって、良いじゃないの。私は脳内キャラと会話をする気満々になってきた。
「で、前魔王は、また田舎に帰るの?」
「いや、それが。余暇でできる規模でと思って始めたんですが、魔王の癖が抜けなくて、つい部下の生活を守らなきゃとか、経営を軌道に乗せなきゃとか考えてしまって。カフェもそこそこ繁盛しているんですよ。」
「へー。やるね。」
「今ではもう実務は四天王に任せきりで、私は経営の方に回ってるんです。」
地水火風の四天王のうち、水と火が調理場担当、地が無農薬野菜担当、風がフロア担当らしい。すんごく、適職じゃないかしらん。
「おかげで時間も余ってしまいましたし、ここで魔王業に就いているのと大差ないものですから、そろそろ、自分のすべき仕事をちゃんと全うしようかと思っているんです。」
「ああ、魔王に復職するの。良いんじゃない?」
ってことは、私はお役御免というわけか。私の立ち位置はどうなるんだろう?おーい、私の脳みそよ、これからどうするつもりなのさ。石だから、脳無いけどな。
「つきましては、あなた様にもお手伝い頂けないでしょうか。私、魔王なんですが戦闘とか血とかが怖くて。石テレパシーで通訳しますから、勇者が来たらユンケルと組んでやっつけちゃってください。」
「ん、禁呪とかでバリバリーって感じ?」
「そうです。」
「お安い御用さ。」
なんてったって、私の妄想なんだからね。何だってやりたい放題でしょう。