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勝手に心配していたら、まおちゃんがふふふと笑った。
「大丈夫だよ。みんなを守って、温泉も、私の樹も、ちゃんと取り返すから。」
「どういうこと?」
「私だって魔王だからね、やるときはやるんだよ。羽だってしっぽだって、生やせるしね。」
「羽としっぽがあったら、何とかなるの?」
「あんまり意味はないけど、やるぞー!って感じになるかな。見た目って大事だもんね。」
まあ、確かに。もう私の目は見えないけど、見えてた頃は、見た目のかわいいものが大好きだった。まおちゃんが強そうな見た目で戦ったら、人間も逃げていくかも。
「私も応援に行きたいなあ。だめ?」
私はまおちゃんにきいてみた。この辺にいる人間のことは何も知らないけど、まおちゃんたちになら石テレパシーが通じる。がんばれー、フレーフレー、って応援することはできる。私だって、何かの役に立ちたいもん。
だけど、まおちゃんはすぐにだめだって言った。
「きみはそろそろ、パパとママのところに帰った方が良いと思うよ。」
「えーっ、私、帰れるの?知らなかった!」
「あ、そうなんだ。てっきり、知ってるんだと思ってた…ごめん、早く言えば良かったね。」
そりゃ、知ってたら、すぐ帰っていたよ。
あれ、でも、どうかなあ。まおちゃんと会ってからはかなり楽しかったし、体も病気じゃないからすごく楽だったし、こっちにしばらくいたかもしれない。行ったり来たりできるんなら、良いんだけどなあ。でも、きっと、まおちゃんの様子から考えると、そんなに簡単に行き来はできないっぽい。帰ったら、もうまおちゃんとはおしゃべりできないんだろうな。それは、嫌だなあ。
「私、まおちゃんがどうなったか、見てから帰る。」
「それだと遅くなるから、ダメだよ。今なら、私がすぐにきみを帰してあげられる。」
「まおちゃんが人間を追い払ってからで、いいじゃん。」
「ダメ、ダメ。人間のせいで私は忙しいんだ。もう時間が無いから、早くしようね。」
むむ。これは、大人が何かごまかしてるときの感じがする。
私、年の割には大人びてるってよく言われる。そりゃ、そうでしょう。私は病気で、たぶんもうすぐ死んじゃうんだから。ママとパパと話すのも、雨やお花の匂いを嗅ぐのも、お日様のぽかぽかを感じるのも、もしかしたら今が最後になるかもしれない、そんなことばかり毎日考えてるんだから。同い年のちびちゃんたちより、ずっと先を見て過ごしてるんだから。その私がだよ、まおちゃんが何かウソついてごまかしてるって、ピンときたんだもんね。間違いないやつだよ、これは。
「正直に言いなさい。」
私はまおちゃんに重々しく宣告した。まおちゃんは一瞬むぐっとなって、少しの間黙って、それからため息を吐いた。私の勝ちだな。
いっぺん覚悟を決めたまおちゃんは、はっきりと説明してくれた。
「実は、きみを帰すのは、私でなくてもできる。石としてのきみの体を粉々にすればいいからね。」
「へえ、そうなんだ。石が死んじゃう感じなんだね。」
「そうだね。でも、それだときみが痛いだろうし、きみを砕く魔物も大変だ。」
あ、そうか。前にまおちゃんが言っていた。石の私って、けっこう大きいらしい。私はパパやママがぽいっと投げ捨てられるサイズを想像してたんだけど、違うみたい。人間の頭くらいの大きさなんだって。それを壊すのは、そりゃ大変だ。私は石になってから全然感覚がないんだけど、ホントに痛いのかなあ。死ぬほど割れるんだから、やっぱり痛くなるのかな。それはちょっと怖い。
「私なら、簡単にきみを送れる。多分だけど、痛くなくて済む。だから、私がやったほうが良いと思う。」
「うん、私もそう思う。痛いのは怖い。」
じゃあ、まおちゃんが人間を追い払ってから、ゆっくり落ち着いてやったほうが良さそうだ。どんな簡単なことでも慌ててやるとたいてい失敗するって、よくママが言ってる。私がそう言ったら、まおちゃんは、確かに、と笑ってくれたけど、すぐにまじめに戻った。
「私は魔王だ。だから、魔物のみんなのため、自分のため、人間と戦うことに決めた。」
「うん」
「で、人間ってのはね、何でか知らないけど、やたらと魔王を殺したがるんだ。私よりカッコイイ魔物なんて、いくらでもいるんだけどねえ。」
「うん」
「だからね、おそらく、私はもうすぐ死んじゃうと思うんだ。そうなると、きみを帰すことができない。今しかないんだ。」
「分かった。帰る。」
「えっ?!」
「えーっ!」
まおちゃんは柄にもなくビックリぎょうてんしたみたいだった。まおちゃんはいつも落ち着いていて、余裕があって、ゆったりしていて、驚くところなんて聞いたことがなかった。だから、逆に私も驚いちゃった。お互いにビックリし合って、何を言ったらいいか分かんなくなって、私とまおちゃんはずいぶん長い間しーんと黙っていた。
でも、そのうちにまおちゃんがんんっと咳払いみたいなのをした。
「驚いた。こういう場面では、嫌だ死なないで、とか、行かないで、とか言われるんだと思ってた。あっさり分かられて、拍子抜けしたよ。」
あー。なるほど、確かに。ふつうだと、そういうふうかもしれないなあ。
「私、自分がもうすぐ死にそうだからかなあ。あ、石の方じゃなくて、もとの人間の方ね。だからかな、あんまり、そういうのに抵抗がない。」
「抵抗しなよ。」
「うーん。」
私はどう答えたらいいかわからなくて、困った。抵抗してないわけでもないんだけど、そういうものだって思わないと毎日がしんどいしなあ。
あ、そうか。まおちゃんと同じなんだ。
「そういう種類の生き物だから。」
と私は言った。
まおちゃんは、魔王。そういう種類の生き物。だから、人間と戦う。死にそうだけど、戦う。
私は、病気の子ども。そういう種類の生き物。だから、病気と闘う。死にそうだけど、闘う。
「そうか。」
とまおちゃんが笑った。
「じゃあ、お互いに、死なないように頑張ろうよ。」
「うん、そうしよう。」
私とまおちゃんはそんな約束をして、お別れをした。
まおちゃんが言ったとおり、まおちゃんの方法だと何の痛みもなく、だんだんと眠くなって、本当に眠ってしまって、気が付いたら私は病院に戻ってきていた。看護師さんたちの話し声、機械の音、消毒のにおい、シーツの肌触り。んにゅって力を入れたら、手の指も足の指もしっかり開いた。目が見えないのは、治らないみたい。残念。まあ、しょうがないか。とりあえず生きてるし、オッケー。
「ママ」
と声を出して呼んでみたら、ママは返事をして、柔らかくて少しカサカサの手でほっぺたを撫でてくれた。




