8-2
あ、そうだ。パパやママと言えば、私は今どこにいるんだろう。病院の中にまおちゃんみたいな変わった子はいないと思うから、やっぱり、窓の外に投げ捨てられて、地面の上なのかな。
「ねえ、ここって、どこなの?まおちゃんのおうちの近く?まおちゃんの樹のそば?」
「私の樹の場所はね、今じゃほとんど人間だらけなんだ。危なくて近寄れない。だから、そこから逃げて、離れた荒れ地にいる。きみもそこにいる。」
「あれちって、病院は近いの?」
「病院はどこにもないなあ。木も草もほとんどないよ。人間には毒になるようなガスが出てて、生き物も少ない、魔物だって暮らしていくのが難しい場所だよ。」
ありゃりゃ。私、ずいぶん遠くに捨てられちゃったみたい。石だから、病院のゴミと一緒にゴミ捨て場まで運ばれちゃったのかもしれないな。困ったなあ。どうやったら、パパとママのところに帰れるんだろう。帰ったとしても、石のままじゃあ、私だって分かってもらえないか。でも、あれちって嫌だなあ。だって、今もし人間に戻ったら、病気じゃなくたって死んじゃうってことだよ。それは困る。パパとママに、まおちゃんを紹介したいんだもん。
「何とかして、元のおうちとか、毒ガスのないところに行けないの?」
私はまおちゃんにそう言った。すると、まおちゃんは、たぶん、頭を抱えた。見えないけどそんな感じがする。私、言っちゃいけないこと、言っちゃったのかなあ。
「そうなんだよね…私が頑張って、人間を追い出さないといけないんだけど…。」
「そうなの?」
「うん。魔王だからね。そういう種類の魔物だから。」
「他には、そういうマ物はいないの?」
「うん。魔王は、常に一人だよ。そういう種類の魔物だから。」
「さみしいねえ。」
「そんなことないよ。魔物は種類が違ってもみんな仲間だもの。そういう意味では、寂しくはないんだけどね…」
はああああ、と長いため息が聞こえた。まおちゃん、何だかすごく悩んでるみたいだ。何か、ぶつぶつ呟いてるけど、声ちっちゃいし、言葉の意味が難しいし、私にはよく分からない。たぶん独り言なんだろう。私とお話してる最中に独り言に夢中になっちゃうくらい、悩んでるってことだよね。もしかして、私なんかとお話してる暇、なかったのかな。じゃましちゃったかな。何しろ、私はすることがなくてヒマだから、相手になってくれる人を見つけるとつい飛びついてしまう。悪いクセだ。すんごく忙しい看護師さんとか、次の患者さんが待ってるせんせいとか、話しかけちゃいけないって分かっているのに、どうでもいいつまんないことを話しちゃう。
やっちまったぜ。私はパパの口ぐせをマネしてみた。ちょっと、だまってよっかな。
私がそう決めて、しーんとしていたら、そのうちにまおちゃんの独り言がやんだ。
「あれ、石さん、どうしたの?いなくなっちゃった?」
「いる、いる!」
私はしょうこりもなく飛びついた。
「ごめんね、まおちゃん、忙しいんでしょ。私がおじゃましちゃったかなって思って、だまってた。」
「忙しくはないんだ、今のところ。本当は、忙しくなきゃおかしいんだけど。」
「ええと、よく分かんないけど、おしゃべりしても良いってこと?」
「うん、うん。私も、寂しいからさ。」
まおちゃんも、さみしいんだ。さっきは、さみしくないって言っていたけど、どっちなのかな。今の私は、まおちゃんがいてくれるから、さみしいのが治ったけど。
そのときから、私はまおちゃんといっぱいおしゃべりをした。ママとパパには会えなくなったけど、その分、まおちゃんとはずっと一緒だった。石になったせいか、私は全然疲れないし、眠くないし、おなかもすかないし、痛いとか気持ち悪いとか、病気の時の嫌だった感じが全部なくなって、むしろ元気いっぱい絶好調なんだけど、生き物のまおちゃんはそうもいかないみたい。まおちゃんが休んでる間は、私もお休みにする。休んでもやることはないんだけど、私、しょっちゅう入院してて、そういうのは慣れっこだから平気。そういう時間は、パパとママ、ママのおなかの中の妹のことを考える。
4人でおうちで暮らせたらいいなあ。まおちゃんのあれちほどひどくはないんだろうけど、病院にいるのはしんどい。おうちに帰りたい。おうちのことを思い出すと、胸がぎゅっと苦しくなって、なみだが出てくる気がする。石でもなみだって出るのかな。
きっと、まおちゃんも、同じような気持ちなんだろうな。まおちゃんが元のおうちに帰れるようになると良いなあ。パパとママじゃないけど、樹だってきっとまおちゃんに会いたがってるよ。人間が出てってくれるといいなあ。何で人間はいきなりマ物を殺しちゃったんだろう。そんなことしなくても、一緒に暮らせばいいだけじゃん。私なら、まおちゃんがうちのそばに住んでたら、めっちゃ嬉しいけどな。
私がそんなことをまおちゃんに話したら、まおちゃんは何だか寂しそうに笑っていた。
「みんながそう考えてくれたら、良いんだけどね。」
「なんでそう考えないのかなあ。」
「なんでだろうね。私にも分からないんだ。」
「まおちゃんたちのこと、よく知らないからじゃない?マ物はまおちゃんみたいに優しいんだってことが分かったら、お友達になってくれるよ。」
という私も、まおちゃん以外のマ物のことは知らないんだけど。でも、まおちゃんが大事にしてる家族とか仲間なんだから、きっと悪者ではないと思う。
あ、そうだ。まおちゃんの家族に会ってみたいな。