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こうして、私はおのが心の声とのみ対話を続ける生活を続けることとなった。修行僧かよ。精神のステージがそんなに高くない私は、退屈でしょうがない。さて、退屈って何だ。退き、屈する。めっちゃ負けてる感、これあり。石だから、おなかが空いたとか、どこかが痛いとか、眠いとか、だるいとか、身体に由来する一切の不快感は無いけれど、この先私はどうすりゃいいのよ。これは、ただの地獄じゃないのか。
あるいは、ひたすら無我の境地で考え続けることにより解脱を促す、解脱合宿教習所かもしれないぞ。ほら、夏休みに泊りがけの1週間かそこらで車の免許取るやつ。あれの解脱版。本当なら何度も輪廻転生してやがて悟りに至るところを、ぐっと短期間で仕上げちゃいましょう!てなノリで。
そんな下らんことを連綿と考えるくらいしか、時間を潰す方法が無い。もういい加減、殺してくれと言いたい。ああそうか、地獄だから、そんな望みはかなえてもらえないのか。私、生前にそんな悪いことしたかなあ。スクワットしてから熱測って学校をずる休みした。自販機の釣銭口に残ってた50円をネコババした。図書館で借りた本のページにうっかり折り目つけた。友達からCD借りっぱなし。コピー機詰まらせて直せず逃げた。うっわ、善人じゃないけど、せいぜい極小悪党だよ。地獄に落とすまでもなくない?
あーあ。運悪すぎ。全然こっちは悪くないのに車に轢き殺されて。しかも、あーた、こちとらまだまだ若いんですよ。ピッチピチ。しかもその後、何にもできない石に転生だよ。異世界転生モノでも、この先展開しようがないよ。スライムの方が1000恒河沙倍いいじゃん。そもそも、ここが異世界かどうかすら分からんし。
とはいえ、だ。暇だし、異世界転生モノなら、とりあえずこれやっとくか。ステータス、オープン!
とか念じてみたけど、何も出やしねえ。いやまあね、出ても困るでしょうけど。「名前なし 種別:路傍の石Lv.1 HP:3 スキル:なし」とかさ。それでどうせいっちゅうねん。
そうだなあ。石だけど、実はその正体は某古代文明のすんごい秘宝「意思を持つ魔石」とかで、魔法が使えたりしないんかね。チート系ならそういうのもアリじゃない?アリだ、アリ。決定。そういうことにしておく。古代文明とは何ぞ、秘宝は誰が作った、とか細かい設定は思いつかんからスルーしておいて、とにかく、私は魔法使えるステキングな石ってことで。そこが大事。
魔法使えるなら、何が良いかねえ。
動けないのが退屈だから、まずは軽く空飛ぼう。んで、その辺の魔物(がいると勝手に仮定して)を八つ裂きにして、あ、それは可哀そうか。魔物だというだけでいきなり殺されるってのも、理不尽だよね。だから、八つ裂きは、やめ。ごめんごめん。ちゃんと治したげる。コピー機の修理より、治癒魔法が簡単に違いないからね。それで、その魔物に乗って、とりあえず魔王城に行っとくか。異世界と言えば魔王だろ。
魔王って、何だろうね。職業か。なりたくてなったのか、天皇家の嫡男みたいに逃げ場がゼロだったのか。後者なら、気の毒だなあ。魔王ってだけで、勇者に命を狙われるし、色んなネタにされるし。魔王でいるのが嫌だったら、代わってあげても良いな。こちとら、路傍の石Lv.1ですからね、どこにいたって、やるこたあ同じよ。勇者が来たって、平気の平左だぜ。石ころ相手に何するものぞ。無視されるのが関の山さ、あっはっは。ある意味最強だ!大船に乗った気持ちで、どーんと任せ給え!
退屈過ぎて、そんな妄想をしまくっている私。いつの間にか、先輩の声も聞こえなくなっていた。私、本当に解脱しちまったかもしれない。妄想に煩悩が混じり過ぎている気がするんだけど。
と慢心していたら、例のテレパシーが聞こえてきた。
「お前が魔王か!」
先輩にしちゃ、気の利いた台詞だぜ。話し相手がいなさ過ぎて、心が壊れちゃったかな。可哀そうだから、相手をしてあげましょう。私は、ひどく退屈なのだ。
「はい、はい。そーですよー。まおーん、ぱおーん。」
と私は答えた。もちろん、テレパシーだ。それ以外に、どうしろと言うのだ。こちとら石ころだぞ。
「どう見てもただの小石なんだが…それでも、魔王なんだな?」
「そう、そう。すんごいのよ、もう。特に夜。今夜は眠らせないわよ。」
「えっ…いや、でも、私には心に決めた相手が…(どきどき)」
先輩、随分イカした反応じゃないの。何しろテレパシーだから、ドギマギの波が何となく伝わってくる。先輩ってこんな純朴なキャラだったっけ。色んな方面に話を盛っていたのは間違いないけれど、もう少し世間ずれしていた気がするんだけどなあ。家庭も持っていたみたいだし。
「ええと、そ、そこの、八岐大蛇は、お前の眷属か!」
急に何の話であろうか。何のことだか分からん。まあ、先輩の話の腰を折るとめんどくさいし、乗っておくことにしましょうか。何かが私のそばにいるって設定ですね。はい、はい。了解いたしました、サー、イエッサー。
「そう。こやつの名前は、ユンケル。可愛いでしょ。ユンケル、あいつを殺っちゃえー。」
ユンケルは言わずと知れた栄養ドリンク。先輩の先輩が会社でしょっちゅう飲んでいて、そのことが先輩の気に障ってしょうがないらしい。先輩の敵としては、良いネーミングではあるまいか。
「ぐああっ!」
先輩、気合入ってんなあ。すんげえ、苦しそう。
「はぁ、はぁ…不意打ちとは、卑怯な!」
「いや、不意打ちも何も、ユンケルの姿見えてる設定でしょ。いかにも強そうなんでしょ。襲い掛かってきて当然じゃないですか。ほらほら、もっと襲わせちゃいますよ。それいけ、ユンケルマン!」
「げぶほあああっ!」
何か、いいね。楽しいじゃないですか。石になって初めて、楽しい気持ちでいっぱいだ。先輩、このコントなら、周りの沈黙の石たちも目覚めるんじゃないでしょうか。そうしたら、みんなと仲直りして、ワイワイ雑談して、明るく楽しく解脱合宿を乗り越えましょうぜ。そうとなりゃ、ラストスパートといこう。
「ユンケル、もう良いぞ。そろそろ、このワタクシが直々に相手をしてやろう!」
「くっ…こんなところで、石ころに負ける私ではない!光の聖霊よ、我を護り給え!」
「何言ってんですか。そっちも石ころじゃないですか。っていうか、光の聖霊とか、言っちゃうんだ。その手の世界観なんですね。よーし、それなら、そうら古代の闇魔法でBagooon!」
「な、なんだ、と…聖霊輝絶護緞が…効か…ぐぼえぇぇっ!」
「何ですか先輩、その技。ノリノリでいいなあ。私、そういうのすぐには閃けないんですよね。で、もう少し続けます?」
「ま、まだ敗れるわけにはいかない…村を、人々を守り…約束を果たさねばならないんだ!」
「あ、まだやるんだ。えーと、じゃあ、こういう時は禁呪だな。炎と氷の合体…はありきたりっぽいから、光と闇の合体禁呪で、ドッカーン!」
「ぎゃああああっ!」
おお、先輩の悲鳴、すごい。断末魔ってこういうのを言うんじゃないのか。こんな芸当ができる人だったんだ。めんどくさいって、無視して、ごめんなさい。もう少し、お付き合いしてあげれば良かったかな。でも、私が無視し続けたから、先輩もキャラ変してこうなれたのか。なら、結果オーライってことだな、良し。