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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第5話 翠の石
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5-3

 かくして私は、地属性だか物質属性だか分からないが、石方面を担当する魔王のもとに持っていかれることとなった。道中、様々な魔物たちの気の置けない会話が生じたが、魔物たちが野蛮であったり粗暴であったりすることはない。仕事上の不満、妻や夫の愚痴、話題の本、美味しいお店、見ごろの花…そうと知らずにこのシーンだけ聞いたら人間だと勘違いするような会話ばかりだった。食べ物の話題でも、材料が人肉であることを匂わせる描写は無く、鳥獣や魚、彼らが栽培する穀類野菜、虫や木の実などを食べているようだ。人肉を食べるというグロ表現が倫理上よろしくないのでカットされているだけだろうか。そうは思えないのだが。


 もしかしたら、人間を食う以外に、人間の生活を脅かす何かの行為があるのかもしれないが、魔物同士の会話ではよく分からない。私は部外者としてのお気楽な立場にあり、魔物の見た目の恐ろしさも理解できないため、魔物にはむしろ親しみさえ感じてしまう。なんでこいつら、冒険者に目の敵にされているのだろう。全く、謎だ。


 しかしまあ、これなら、石魔王というのも、おっかない鬼社長のようなものではなくて、気さくな上司程度かもしれないな。何しろ、中間管理職っぽいし。


「石魔王様、曰くのありそうな石が献上されてきましたよ。お仲間ではないか、と部下は申しています。試しに、お近くに置いてみますね。」


 石魔王の側近らしき魔物がそう言った。


「いかがですか?」

「うーん」


 その「うーん」を聞いた途端、電撃が走った。


 前にも自称したと思うが、私はかなり高度な引きこもりだ。他人とのコミュニケーションは断固、断る!というポリシーのもと生存している。他人と話さなければならないなら、その前に死を選ぶ。といきたいが、そう簡単には死ねないので、まずは他者に干渉されうるゾーンから迅速に撤退する。そのためには、相手に感づかれる前にこちらがとんずらせねばならない。だから、私は他者から意識を向けられることに、過剰なまでに鋭敏である。


 その私のアンテナが働いた。警報機が作動した。私が私を意識するより早く、私の防衛本能が作動した。


 今は、自分がどこにいる状態なのか定かでない。石魔王との位置関係や距離は不明。つまり、物理的撤退は不可能だ。ならばどうするか。心を閉ざすんだよ。心的距離を開けろ!面舵いっぱい、全速前進!


 私は石。ただの石ころ。特に価値のない鉱石。くず石。誰もが見過ごし、うっかりつま先で蹴り、行き着く先にすら注意を払わない、そんな石。しーん。


「どうも、仲間の石じゃないみたいだよ。仲間なら、気配で分かるんだよね。そいつは普通の石ころなんじゃないかな。」


 と、石魔王。


「そうですか。立派なヒスイですが、ただの立派なヒスイなのですね。」

「あ、ヒスイなの。私、ヒスイって好きだよ。色がきれいだよね。」

「八つに裂けた私の首のうち、3番目の瞳がヒスイに似ているんです。」

「へー。じゃあ、魔王も気に入るんじゃない?持ってってあげたら。」


 え、プレーン魔王もいるの。って、突っ込みは控える。心の動揺を鎮め、石と化すのじゃ。


「そうですね。では、今から行ってきます。しばらくは、強そうな勇者は来なさそうですからね。」

「うん、いってらー。」


 呑気な石魔王の声はそれで最後となった。どうやら、ヒスイはさきほどの側近が持ち出したらしい。首が八つに裂けていると言っていたが、どういう状態だろうか。首が烏賊ソーメン状なのか?七夕の切り紙細工にそういうのがある気がするな。気になるけれども、確かめようがない。そんな見た目の生き物が突然出てきたら、確かに怖くてパニックになって、倒そうとしてしまうかもしれない。魔物にとっては、限りなく迷惑な話だが。


 兎にも角にも、私はプレーン魔王のもとに届けられた。側近が魔王様と呼んでいるから、石魔王とは別の魔王なんだろう。魔王、何人いるんだ。偉そうだけど、階級としては係長クラスだったりして。野原ひろしと同列だと考えると、非常に弱そうだ。


「確かに、立派なヒスイだ。こんな安っぽい腕輪に嵌めておくのは勿体ない。磨きは丁寧だから、台座から外してこのまま飾ろうかな。ほら、何かの卵みたいだろう?」

「そうですね。それなら、こうして、私のしっぽの毛などをもしゃもしゃと敷きますと…」

「鳥の巣の中の卵だ!面白い。採用だ。カフェに飾ってくるよ。」


 ん、待ってくれ、カフェ?今、この魔王、カフェって言ったよな。なんだか、超展開になってきたな。初めは川辺で、工房、市場、冒険の旅、魔王城、ここまではまずまず順当だろう。異世界物のストーリーとして、付いて行きやすいノリだ。で、この後はカフェですか。魔王を倒してエンディングとかじゃないんだな。まあ、あの魔物たちの様子を聞いていた身としては、やつらが冒険者に滅ぼされてしまうのは気が進まない。突然ですが魔王カフェ始めました、の平和的解決の方が安楽ではある。


 何にせよ、私は一視聴者。私が賛同しようと反対しようと、このサウンドノベルのあらすじが変わるわけではない。あるがままでBGMとして受け入れるまでよ。


 なんて、決意したふりをしているが、その実はぼーっと聞き流しているだけである。6割がたの会話はぼーっとしているうちに聞き漏らしてるし。斜め読みならぬ斜め聞き。


 カフェに行ったら、そこで終わりかな。その先の展開もあるのだろうか。現代ドラマに移っていくのかもしれないな。異世界を逆輸入するファンタジーも定番だし。


 まあ、でも、私の個人的な希望としては、カフェが長く続くと良いな。カフェの環境音は落ち着く。紅茶の一杯でもあればもっと落ち着くけれども、今の私では淹れることも味わうこともできないからそこは諦める。諦めても、なお、カフェの環境音は良い。今までいささか会話偏重が続いたから、くたびれてきた。人の声も含めて音に聞こえるくらいのBGMが恋しい。最初の河原に戻っても良いけれど、この流れだとそれはないだろう。きれいに磨き上げたヒスイを誰がぽいっと河原に棄てようか。


 こうして私は、魔王カフェの環境音に包まれることになった。軽やかなドアベルの後、店員が客を迎える。店主が豆を挽き、カップとスプーンが触れ合い、客同士は囁くように会話する。魔王カフェは田舎の方にあるらしく、窓からは鳥のさえずりや梢のざわめきがほんのりと届く。私には聴覚以外の感覚は残されていないにもかかわらず、コーヒーの芳しい香りや、喫茶店独特の水の匂い、木のテーブルの肌触り、吹き抜ける微風、そんなものが感じられる気がする。


 気が付けば、このカフェが魔王の物だということも忘れて、私はすっかり没入していた。私のぼんやりと、この喫茶店の空気の波長がぴったり合う。今までのどの場面よりもここの居心地がいい。生まれた時からここにずっといるんじゃないかとさえ思える。


 そういえば、私はずっとこのヒスイ周りの音を聞かせてもらっている。ヒスイが電波局みたいになって、周りの音を流してくれているのだろうか。結局、魔物や冒険者に役立つ魔力は無かったみたいだけれど、私のような引きこもりには有難い効能があるらしい。魔力だって、原子力だって、争いごとに使うより平和利用だよね。うん。


 それとも、私自身がこのヒスイになったんだろうか。


 そう思いついた途端、ふっと体に重みが感じられた。気がしただけかもしれない。ほんの一瞬だったから。でも、私は確信した。私は石ころになったのだ。間違いない。


 ずっと、石になりたかったんだ。人間なんかやめて、ネコとかヤモリとかでもなく、石に。ああ、やっと、夢が叶った。


 どこにも行かなくていい。何もしなくていい。理由とか目的とか効率とか、全然要らない。誰とも触れ合わなくていい。誰の姿も見なくていい。もう、嫌だったこと全部、無しで良いんだ。


 魔王カフェの音にくるまれながら、私の意識は段々と乳白色にとろけていった。跡形もなく。

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