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商品に仕上がったヒスイは、市場に出されたようだ。今までに比べて格段に人通りが多い。色々な冒険者が手に取っていく。会話の断片から察すると、魔物がいて、魔王がいて、それらを人間の冒険者が退治するという世界観のようだ。へー。そういう異世界の市場の音を流しておくのも面白いなあ。基本的には私たちがするのと同じような世間話なのに、魔物がどうとか、魔法が何とかとか、しれっと当たり前のように混じってくる。もちろん、誰も中二病だなんて言わない。本当にこの世界では日常なのだろう。
多くの冒険者は懐が豊かでないらしく、良い値段のヒスイの腕輪はなかなか売れない。
「大将、その魔石の腕輪ってどんな効能があるんだい?うちのパーティ、魔法使いがいないからさ、魔法攻撃の代わりになるのを探してるんだけど。」
ほらみそ、答えに詰まるような問いが来るじゃないか。とハラハラしていると、店主もさるもの。
「そりゃ、買ってからのお楽しみですよ。慣れた冒険者なら、きっと使いこなせると思いますがね。」
まじかー。大嘘じゃん。この人、買っちゃったらどうするの。買って、魔物と戦う時に使おうとしたらどうするの。この人、大ピンチに陥るんじゃないのか。と心配したけれど、この人は買わずに去ってくれた。
またある時には、
「この魔石は、喋るか?」
という変な客も来る。
「いやあ、すみませんね、石が喋るだなんて聞いたこともないですわ。」
店主は馬鹿にすることもなく、冷静にスルー。
「聞かれてる気がしたんだけど…」
変な客はぶつぶつ言いながら、腕輪を買わずに去った。魔王を倒すためには喋る石というレアアイテムが必要なのかもしれないな。でもまあ、そういうのはおそらく、普通の人が普通の生活で使う市場には売っていないだろう。あるとすれば、ダンジョンの奥深くとか、強い魔物のドロップアイテムなんじゃないか。
その後もヒスイはちっとも売れないので、私は随分長いこと市場の環境音をBGMにしてぼーっとしていた。いい加減、飽きたなあ。人の声が多すぎていささか疲れる。もう少し静かな場面に転換してくれないものか。
私が身勝手な要望を抱いたせいかどうかは分からないが、それから間もなく魔石の腕輪は冒険者に購入された。一応程度の魔法を使えるらしい。その人が買ったのだから、本当にヒスイの腕輪には魔力があるのかもしれない。この先、どんな魔法が繰り広げられるか、ちょっと楽しみになってきた。
ところがどっこい、魔法なんて全然だった。たまに戦闘シーンになっても物理攻撃っぽい音しかしないし、呪文の詠唱もない。いや、もしかしたら、それらしい音の出ない魔法はあったのかもしれない。私は目を閉じて音だけ聞いているようなものだから、例えば念じるだけで武器が勝手に動いて敵を倒すというような魔法なら、その音から物理攻撃だと思ってしまうだろう。
実際のところ、どうなんだろう。悶々としていたら、ヒスイの腕輪はあっけなく転売された。やはり、はかばかしい魔力が感じられなかったらしい。
それからはごく短期間にころころと持ち主が変わった。最初と同じく冒険者が持つこともあったし、ただの装飾品として一般人が持つこともあった。ヒスイそのものがそこそこ立派なせいか、転売してもさほどの値下がりは無い。むしろ、売り手の口上がうまければ値段が吊り上がるくらいだ。
今回の買主も、そうしてカモにされた口である。
「見てくれよ、この深い緑色を。ここに白い筋も入っているだろう。これが魔力の証だ。」
いやいやいや、ヒスイってそういう石だから。魔力、関係無い。私は場外からツッコむが、当然そんなものは誰にも伝わらない。伝わったら嫌だ。私は人と関わりたくないのだ。傍観者が一番。
「多くの勇者が、冒険の初期にはこの腕輪に救われたんだ。ほら、魔道具店のハイブランドに比べりゃ、大分お手頃価格だろ。これで身を守りつつレベルを上げ、金を稼ぎ、強敵と戦えるようになったら装備を変えるんだ。俺もそうしてきた。この小手が、新しい装備だ。さすがに邪竜クラスを相手にするには、この腕輪は物足りないからな。でも、その辺のゴブリン級なら十分これでいけるはずだぜ。」
まー、ぺらぺらとよくまくしたてること。私はこいつの物音も聞いていたから、こいつが邪竜クラスと呼ぶような強敵と戦っていないことを知っている。新しい小手は、先日中古ショップで拾い出した物だ。腕輪より被覆面積が広い分、物理的な防御力が多少高いというだけの品である。こいつ、冒険者はやめて、口先で商売する職業に鞍替えした方が良いのではなかろうか。
「縁起もいいだろ。これを使ってた奴らはみんな、生きて帰って、晴れて高レベルの冒険者になって、これを卒業してきたってことなんだから。な、どうだい。今なら安くしとくぜ。」
この口車に乗せられて、新米冒険者は腕輪を購入してしまった。よく喋るやつが買った値段より、少々上乗せされている。あーあ。お金ないのに、気の毒な。よく喋るやつに良心の呵責があったかどうかは、もう奴の手元を離れてしまったので分からない。
新たな買主は、さっそく腕輪を装着し、魔物討伐に旅立った。運が良いのか悪いのか、引き当てたのは魔法を使ってくるタイプの魔物。ポケモンの鳴き声のような音の後で、買主の悲鳴が聞こえてくる。多分、ポケモン声が魔物による魔法の詠唱なのだろう。
買主の声はじきに聞こえなくなった。このラジオドラマには、脚本で言うところのト書きの朗読が無い。誰も丁寧に状況を説明してくれないから、発話と効果音で推論するしかない。詐欺まがいにぼったくられてすぐ死んだと考えると後味が悪いので、腕輪を落として逃げたということにしておこう。
何にせよ、ヒスイは魔物に拾われた。
「随分立派な石だな。」
と魔物が喋った。どうやら、魔物も普通に話すらしい。さっきのポケモン声は、不可思議な魔法の詠唱ということで、言語に聞こえない音源を使ったのだろう。
「石魔王様にお見せしてみるか。もしかしたら、お仲間かもしれないし。」
石魔王?ただの魔王じゃないのか。まさか、魔王の上のランクの何者かがラスボスで、魔王はただの四天王レベル、そして四大属性それぞれの魔王がいるのだろうか。石魔王、風魔王、炎魔王、氷魔王みたいな。それって、王と呼べるのか?いやしかし、それを言ったら四天王だって王という字を使っている。人民が唯一の存在として戴く王ではないのなら、四大魔王がいたっていいわけだな。そういう魔王か、石魔王は。