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それから間もなく勇者は勤め先を辞めて、故郷に帰った。なお、帰路では相変わらず魔物から身を隠してばかりで、折角習った剣術の出番は一度もなかった。ま、無事が一番だから、これもまた善しでしょう。
勇者の故郷の村は、かつて山火事で焼けてしまったけれど、今までいた町と向こうの大きな町との中間に位置しており、もともと宿場町としての需要のある土地柄だ。勇者が宿屋で働いていた間にも粛々と復興は進んでいて、ぼちぼち人も戻っていた。勇者は貯めたお金をそこで一気に使って、こじんまりしたお店を開いた。
初めは勇者のワンオペで、朝から晩まで毎日休みなしで働き詰め。結構しんどかったみたい。私もオーダーを取ったり、お客さんの相手をしたりして、口先だけでできるお手伝いは頑張った。そうこうしているうちに、お店は軌道に乗って繁盛し、従業員も雇って、建物も建て増しして、随分と立派になった。私には直接見ることはできないけど、ちゃんとコミュニティハウスのような雰囲気になってきたみたい。勇者の目指すところに行き着いたってことだ。さすが、私の勇者だ!えらいぞ!よく頑張ってる!そうやって褒めると、「いや、しゃべる石が看板になってくれたおかげだよ。それを見にくるお客さんも多いし。」と、勇者は恥ずかしがって謙遜する。
確かに、勇者の言うとおり、私が名物になっている側面はある。私の他に、人としゃべる石なんてあるわけがないのだ。お客さんも、そんな石はよそで見たことが無いって言うし、レア度はピカ一間違いなしよ。でも、なんてったって、この子の頑張りが無きゃ何も始まらないし進まないのだ。
みんな、引き立ててやってね!
私が周りのお客さんにカツを入れたら、新規のお客さんかな、びくっと驚かれた。ああ、ごめんなさいね、この小うるさい石ころを知らないお客さんは驚くよね、そりゃ。どっからともなくテレパシーが飛んでくるんだからさ。
「…石テレパシー?」
「あら、ご存じなのね。そうそう。店主のポケットの中にいるから見えないだろうけど、私は小石ちゃんです。オーダーは私でもオッケーですよ。いっぱい食べて飲んでってね。」
「…いや、その、イメージと違いすぎて…」
「思ってたのと違う?そりゃ、石がしゃべるお店は他に無いものねえ。料理は運べないけど、お話ならどんだけでもウェルカムですよ。旅のお仲間をお探しなら、仲介もできちゃうし。何をご希望かしら?とりあえずビール、いっとく?」
「ええと、その、うう、石でも君は無理だ。」
あらら、怖がらせちゃったかな。出て行っちゃったみたい。シャイな人もいたもんだ。仲間を作りに来たんじゃないのかねえ。あの調子じゃボッチになっちゃうよ。心配だけど、戻ってきてくれないし、しょうがないか。
こんな感じで、馴れ馴れしすぎて時には営業妨害もしてしまう私。ごめんね、勇者。取りこぼした分は、他で回収するから勘弁してね。と言って、他のお客さんのおなかにどんどん食べ物飲み物を詰め込ませる。ふふふ。
こうして、私は勇者のお店で勇者と共に楽しい年月を過ごした。私は石だからもう歳をとらないけれど、勇者は少しずつ老いていく。腰が痛いとか、膝が痛いとか、我が身に懐かしいような文句が勇者の心から漏れるようになってきた。それだけじゃない。石テレパシーに雑音が入るようになった。うまく合ってないラジオみたい。勇者の言いたいことが、よく聞こえない。
もしかして、私の方にガタが来たのかな。とも思ったけれど、勇者以外の常連さんとは普通にお話しできる。勇者はいったいどうしちゃったんだろう。
「最近ずっと、頭が痛いんだ。」
とノイズの合間に勇者が言う。
「働きすぎじゃないの?もう若くはないんでしょ、休んだ方が良いって。」
「うん、休みは増やしてるんだけど、良くならなくて。それどころか、何だか物が見えにくくてさ。」
「あら。何だろう。ただの老眼ならいいけど、心配だね。お医者さんに行きなさいよ。」
そんなことを話していたのに、ある日勇者はあっけなく死んでしまった。お店でばたんと倒れて、そのまま冷たくなってしまった。私はその時も勇者のポケットの中にいたのに、一番近くにいたのに、何もできなかった。石ころじゃなくて、人間として生きていたころの私でも何もできなかったと思うけど、悲しくて、悔しくて、寂しくて、やりきれない。
私は勇者のお葬式の間、誰かの掌の中にいたらしい。その人や、周りの色んな人の悲しみが私に届いた。でも、死んでしまった勇者から私に届くものは何一つとしてない。勇者がどんな棺に入って、どんな表情を浮かべていて、どんなふうに埋葬されているのか、何も分からないし、お花の一つも手向けられない。突然、あの瞬間に勇者との日々がぶつんと途切れてからというもの、私には勇者を感じられるものは何にもない。
ああ、ちゃんと、お別れがしたかった。ちゃんと、勇者の顔を見てあげたかった。手に触れて握ってあげたかった。胸が張り裂けそうなくらい苦しいのに、石ころのこの体は欠けることすらしない。石ころだから、泣くこともできない。石ころであることって、こんなに辛かったんだ。
勇者のお葬式の後、私は勇者のポケットを出て、お店の棚の上に安置された。でもしばらくの間、私は全然石テレパシーを使えなかった。すっかりめげてしまって、それどころじゃなかったのだ。
そうやって私が引きこもっている間も、勇者が作り上げたお店は、一緒に切り盛りしてきた仲間が引き続き盛り立ててくれていた。そんなお店の空気の中に置かれているうちに、私は少しずつ立ち直っていった。
私も、涙は流せないけど、心で泣いてばかりもいられない。勇者の作り上げたこの居場所を、ちゃんと護っていかなきゃ。永遠ってわけにはいかないだろうけど、少なくとも、勇者のことを覚えていてくれる人がいる限りは、私は頑張る。
それに、どんなに悲しくても、一人で心の内にこもって黙っているのは、やっぱり性に合わないわ。私はおしゃべりしまくってなんぼです。
「はーい、5番テーブルさん、ガリバタレバーと唐揚げともつ串、ビールのお替りお願いしまーす!あ、野菜も適当に何か持ってきてあげて。え、要らない?だーめ、つべこべ言わずに食べなさい!栄養バランス悪すぎ!」
私は今日も石ころだけど、大活躍します。飲食オーダー、人材斡旋、人生相談に愚痴の相手、連想ゲームやなぞなぞまで、口先だけでできることなら何でもござれ。いつか、勇者が石ころに転生して、石テレパシー仲間となって帰ってきたら、超絶歓待してやるんだからね。




