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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第3話 支える石
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3-3

 しょぼくれた様子で、勇者はどこかに座り込んだ。気持ちもお尻もズーンと重い感じ。


「仲間はできなかったの?」

「うん…。私みたいに、武器で戦ったこともなけりゃ、魔法も使えない一般人はお呼びでないって。」

「勇者なのにねえ。」

「まだ勇者じゃないから。なりたかっただけで。」


 ずび、と勇者が鼻をすすった。そんなことまでテレパシーで伝わってくる。


「私の故郷の村、焼けちゃったんだ。」

「魔物に襲われて?」

「…だと思う。そうじゃなきゃ、いきなり森が燃えたりしないでしょ。どんどん風にあおられて、全然雨も降らなくて、私の村も近くの村も、全滅。家も畑も家畜も全部だめになって、今日食べるものすら無い。それで、私は町に出てきたんだ。魔物を倒して、村の仇を取ろうと思って。魔王を倒せば、報奨金がたんと出るって話だし。」


 うーん、それは単なる山火事じゃないのかしら。と思ったけれど、出火元が魔物のヤンチャじゃなかったとは言い切れない。それに、この子が着の身着のまま焼け出されて、この先生きていく手立ても無いというのは事実だ。何か力になれないかしら、と私は考える。


「今日の晩御飯は、どうするの?何か食べるもの、あるの?」

「何もない。ずっと木の実とか草とかを食べてたから、また町の外でそういうのを採るよ。」


 ぐーっと、おなかが鳴ったんじゃないだろうか。ひどい飢餓感がうっすらと感じられる。石なのに、おなか空いた感があるだなんてね。まあ、私の空腹ではないけれど。でも、それと同時に、よだれが出そうな強い欲求も覚えた。あのパン美味しそう…今なら誰も見てないし…1個だけなら減っても気づかないかも…って、いやいや、これ、私の思考じゃないから。


「ダメ、ダメ!何考えてるの。盗みはダメよ。」


 私は強い調子で勇者に言った。


「まずは、今できる仕事を見つけましょう。魔物退治は、食べるもの食べて、体力つけてから。ね?」

「でも…」

「あなた、勇者でしょ。お天道様に顔向けできないことしちゃ、ダメ。大丈夫、あなたはここまで一人で歩いて来られたんだもの、仕事くらい、何でもないって。」


 私は勇者の尻を叩いて、さっきの紹介所の2階に向かわせた。ノーマルな職安は、こっちだって言っていたはず。


「とりあえず、当座の食べるものと寝る場所をもらえる仕事を探しなさい。腹ペコ寝不足じゃロクな考えが浮かばないよ。」


 なんだか腰が引けている勇者にあれこれと口を出す。おせっかいおばさんである。死んだ年齢で言うならおせっかいおばあさんだけど、ちょっとくらいサバを読んでも良いでしょう。もう石なんだし。


 結局、勇者は住み込みで三食の賄付きの宿屋に勤めることになった。午前中は館内の掃除、昼過ぎからは厨房の手伝い。前職経験なしでも即戦力になれる仕事だ。帰るところもないし、もともとまじめな気質なので、勇者は文句も言わずにせっせと働く。いつもポケットに私を入れて持ち歩いてくれるので、その様子がよく分かる。


 時折、「カップの内側が茶色い?茶渋かな。塩の粒を布に付けて磨いてごらん。」なーんておばあちゃんの知恵袋も披露してあげると、喜ばれる。お役に立てて、こっちも嬉しい。


 生活が落ち着いて、多少の銭が溜まってくると、心にもゆとりが生まれる。勇者は名実ともに勇者になるべく、剣術道場やら魔法教室にも通い始めた。こちらの方は、私には何のアドバイスもできない。つまらないから、私は勝手にその辺の人たちとおしゃべりを楽しむ。沢山人がいる環境に慣れたからか、私の石テレパシーは結構いろんな人に通じるようになってきたのだ。


「娘が反抗期でさ。誰が食わせてやってると思ってるんだって話だよ。俺が命張って魔物倒してるからじゃん。感謝しろっての。」

「それ、言っちゃだめなやつだよ。言ったら最後、生んでくれなんて頼んでない!ってブチ切れられて、その後一切口きいてくれなくなる。うちの息子がそれだったの。ほんと、やらかしちゃった。」

「まじかー。息子さんとは、和解できたの?」

「できたけど、20年かかったわ。双子ちゃんが生まれて、お嫁さんが産後すぐ病気になって、息子はてんてこまいで、私以外誰もヘルプできない状況に追い込まれてやっと、って感じ。」


 などと、その辺にいる休憩中のおじさんとお話ししたりして。もちろん、勇者がせっせと木刀なんぞ振ってるポケットからそんなヨタ話をしているので、勇者には叱られる。だが!そんなことを気にする私だと思うかい?甘いな。口から先に生まれて、死んだ後も口だけ残っている私におしゃべりを禁じても無駄さ。


 勇者が通っているうちに、私も顔見知りというか、テレ見知りができた。姿が見えなくてテレパシーしかないから、話し相手が誰かを判別するのが難しいけど、気合を込めて探ると何となく分かるようになってきたのだ。何事も、必要は発明の母。反復は熟練の父。私の石テレパシーにレベルってものがあるなら、結構上位じゃないかと思う。かなりお友達が増えて、私はほくほくである。


 でも、勇者はそのうちに道場や教室に通うのをやめてしまった。


「才能が無いっていうのもあるけど、それ以上に、魔物が怖くて実戦に立てないんだ。」


 と語る勇者は、そんなに未練はなさそうだ。


「今はね、故郷に帰って、自分のお店を開きたいと思ってる。魔物退治の仲間を探せて、休憩もできて、食事処兼紹介所みたいな…なんていうのかなあ、色んな人がわいわい集まれる場所。そういうのを作りたい。」

「うん、素敵。そのお店、私も行きたい。楽しみだなー。」

「気が早いなあ。まだ夢物語だよ。」


 勇者は何だか嬉しそうだ。

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