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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第3話 支える石
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3-2

「ねえねえ、勇者さんは魔物を退治しに行くんでしょ。私も連れて行ってくれない?」

「えっ」

「小石を1個、ポケットとかに入れとくだけじゃない。勇者さん、一人旅なんでしょ。連れがいた方が楽しいって。」

「今は一人だけど、仲間はこれから集めるの。紹介所に行くところなんだから。石なんかと話してたら、変な奴だと思われるから、嫌だよ。」

「じゃあ、人前では黙ってる…のは無理かもしれないけど、返事しなくていいから。」


 私は粘った。紹介所とやらが何かは知らないけれど、きっと人がいっぱいいるのだろう。さっきの勇者の反応から推測するに、この周辺には誰もいない。こんなところに置いてけぼりにされるより、色んな人が集まるところに行きたい。そこまで行けば、勇者が旅のお荷物になる私を捨てても、他におしゃべりする相手が見つかるはず。


 結局、勇者は私をポケットに突っ込んでくれた。摘まんで持ち上げられる程度のサイズで良かった。大きくて重かったら、断られていただろう。小さいことは良いことだ。


 紹介所というのは、魔物退治を生業とする人たちが集まって、気の合う人同士でグループを作る社交場らしい。特技やら実戦経験やらを紹介所に登録しておくと、それを見て気に入った人からお呼びがかかるとか、逆にお気に入りにお呼びをかけるとか、そういう仕組みだそうで。何となく、結婚斡旋所みたい。そんなものが成り立つということは、魔物退治業というのは結構一般的な仕事なのだろう。実際、その紹介所がある町までの道中、勇者は時折魔物に遭遇したようだった。


 ようだ、というのは、魔物らしき生き物は割と私と会話ができるので、姿が見えなくても存在が知れるのだ。でも、勇者はそんな時、じっと押し黙って身を隠すか、足早に通り過ぎるかなので、退治対象たる魔物なのかどうかが私には分からなくなる。もしかしたら、私がお話しした相手は魔物じゃなくて、人間の類似種なのかもしれないが、人間的なものが相手なら隠れる必要もなかろうし。何なんだろ。


 考えても分からないので、とりあえず、そこいらに気配を感じる度に、


「おーい、こんちは!私、路傍の石ころですけど、そちらはどなた?」


という感じで、私は魔物?に話しかける。すると、


「おっす、俺はゴブリンの何の誰べえだよ。石テレパシーなんて、久しぶりに聞いたなあ。」


とか返事がある。石ころ相手だからか、向こうさんも気さくなものだ。ただ、アイアム魔物、とは言ってくれないから、魔物か人間的生き物かは判別できないまま。


「どう、今って、寒いの暑いの?石だと分かんないのよ。」

「え、そうなんだ。石って冷えたり熱くなったりするのに。」

「感覚が無いんでねえ。あったら、大変なのかもね。削れちゃったり割れちゃったりするし。」


こんな具合で、お天気とか、木の実の熟れ具合とか、他愛ない会話も交わす。でも、その間、勇者は何も言わない。まるで、勇者が石で、私が人間みたいだ。


 周りに誰もいなくなると、漸く勇者がこそこそと話し始める。


「ちょっと、ああいうのと話さないでよ。こっち来たら、どうすんの。」

「そりゃ、退治するんじゃないの。勇者ってそういうもんなんでしょ。」

「いや、その、まだ一人だし…。そういうのは、仲間ができてから。」


どうにも、頼りない。魔物ハンターの中で勇者というランクがどの程度のものか知らないけど、少なくともこの子はぺーぺーだわ。課長とか部長級ではない。


 それでも、紹介所はどんどん近付いて来たのだろう。周りに人が多くなってきた。たくさん気配が感じられるし、全員かどうかは分からないけど、人の声が私にも届いてくる。


 そういえば、魔物はこのおしゃべりを石テレパシーって呼んでたな。やっぱり、石が声を出せるわけがないんだから、これはテレパシーなんだ。今更ながら、そう改めて考えると、声とは感じが違う気もする。でもまあ、細かいことはどうでも良いんだって。おしゃべりできれば、何でも良し。


 おーい、誰か、私の声が聞こえる人はいる?と叫んでみたかったけれど、勇者の邪魔はしないと決めたので、しばらくは自重する。聞く専。我慢、我慢。


「ねえ、紹介所はまだ着かないの?」


 勇者にそっと訊いてみたけれど、それどころじゃないのか、無視された。しょうがないね、返事はしなくても良いっていう約束だし。でも、何だか、勇者の気持ちが乱れている。何しろテレパシーだから、言葉が無くてもこれだけ密着していれば雰囲気が伝わってくるのだろう。嬉しくて大はしゃぎとか、わくわく期待に胸が高鳴るとか、そういうハッピーな落ち着きのなさではない。何となく、嫌な気分みたい。不穏。それにつきる。心配だけど、きっと大事な場面なのだろうから、おしゃべりはぐっとこらえよう。結婚斡旋所だか職安だか、そんな雰囲気のところに面接に来てるんだから、そりゃ面白くないことだって起きるよね。今は耐えるんだよ、勇者。魔物からは逃げても良いけど、他人から逃げてたら仲間は作れないぞ。


 ああ、普通の会話だったら、横で聞き耳たてていられるのに。テレパシーだからなのか、私が石だからなのか、周りに人がいて言葉が飛び交っているのは分かるのだけど、意味までは掴めない。もどかしい。勇者が何を言われているのか、聞きたいんだけど。集中したら、勇者の会話の相手の声だけでも捕まえらえないかな。やきもきしてるくらいなら、チャレンジあるのみ。私は雑音をシャットアウトして、勇者の方に意識を集中した。


「この辺の人たちは皆さんレベル高いんですから、あなたみたいな素人は要らないんです。高い賃金を払って用心棒に雇うなら可能ですけど、そんなお金は無いでしょう?命あっての物種ですよ。お里に帰ったらいかがですか。」


 うっわ、何か聞こえてきた。勇者の話し相手かな。失礼だなー。職安の職員がこれだったら、クレームものじゃないか。がんばれ、勇者。負けるな。何か言い返したれ。


「もう故郷はありません。だから出てきたんです。」

「それはお気の毒ですが、それなら、一般的な仕事の斡旋もできますよ。2階のカウンターに行ってください。最近は人手不足だから、お若いあなたならすぐに職が見つかるでしょう。何の心得も無いのに、無理に魔物退治をしなくても。」

「わ、私は、魔物を、倒したいんです!」


 おおっと勇者さん、泣いたらダメだよ。こういう事務的な対応をする相手に泣き落としは逆効果だよ。一旦、引き返して、落ち着いてから出直そう。策を練ろう。私はこそこそと勇者に囁いた。たぶん、聞こえているのだろう、勇者が職安職員風の人から離れる気配を感じた。

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