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フィリア5 (1)

『私は大丈夫。 一人で生きてゆける』

 それは幾度となく、自分に言い聞かせてきた言葉。寂しさを超えようと、自分を奮い立たせるために心に刻んできた。

 母を亡くし、父が去ってから、何年も過ぎ、ようやく一人でいることを普通のこととして、受け入れられるようになった。再び誰かを必要とするなんて思いもしなかった。

 そして、ランドルが現れた……。

 自分の気持ちを知ったのは、彼と最後に会った雨の夜だった。それは今まで感じたこともないもので、私を迷わせ、苦しめた。認めることは、これまでの自分を否定することのように思われたのだ。私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

 それでも、彼ともう一度会いたかった。話をしたかった。私を衝き動かしたのは、そんな強い思いだった。


 ランドルに血を奪われたあの金髪の女性は、彼のことを何も知らなかった。

 小雨が降り注ぐ路地の湿った地面から助け起こしたとき、彼女は軽い酩酊状態だった。ここまで来たのも、どうしてなのか分からないといった風だった。ランドルのことを聞こうとしても、誰かと一緒だったのかさえ覚えていなかった。

 首筋に傷痕が残っているはずだったが、不思議なことに、きれいに消えていた。どうやったかは定かではないが、あのとき、彼が首に手を触れたとき、何らかの作用が働いたのだろう。

 何も情報を得られずに落ち込む私に、新聞に載せては――と言ってくれたのは、クレバー・ストロークだった。知り合いに記者がいるからと。

 名前と髪の色、目の色くらいしか知らなかった私は、それに懸けた。

 彼が読んでいるかさえ分からない新聞。そして、彼自身にその気がなければ、私の前に姿を現すことはないのだ。そうは分かってはいたが、私にはその方法しかないと思われた。

 新聞に載ってから、一週間。それから、二週間が経った。彼からは何の連絡もなかった。

 この頃から、私は最初に出会った場所や別れた場所に、毎晩のように足を運ぶようになっていた。それでも、もちろん彼を見つけることはできなかった。

 私は浮かない表情をしていたのだろうか。学校で、ルースが声をかけてきたのだ。

 いつもなら、彼女の気遣いも受け入れなかっただろう。その時の私は疲れ始めていたのかもしれない。

 私は人を捜していることを教えた。もちろん、それ以上のことは何も語らなかった。捜し人がヴァンパイアで……なんてことを話せば、正気を疑われるに違いない。

 ルースは、熱心に耳を傾けてくれた。クレバーからどのようにか話がいっているのか、彼のことについては一言も触れなかった。ただ、「私も心当たりを捜してみるわ」とだけ、言ってくれた。

 彼女の言葉はありがたかったが、この広いロンドンで、この間の……、クレバーのときのような偶然があるとは思えなかった。


  それから、さらに二週間が過ぎた。新聞に載せたのも、ルースの好意も無駄に終わったように思われた。

 毎日のように知り合いに声をかけてくれた彼女も、諦めた方がいいのではないかと諭し始めていた。それでも、私は聞き入れることができなかった。

 そして、ある晩、それも深夜に突然電話が鳴った。

 すでにベッドに入ってぼんやりとしていた私は、飛び起きた。薄暗いリビングにある電話に向かって駆けて行き、慌てて受話器を取った。

「フィリア、私よ」

 飛び込んできたのは、女性の声だった。「どちら様ですか?」と口にしかけて気付く。

「ルース?」

 後ろではざわざわとした人の声。そして、ジャズの音楽が流れている。ふと目に入った棚においてある時計を見ると、すでに一時を回っていた。

「彼と連絡が取れそうよ。さっき兄だという人に会ったの」

 彼女は酔っているのか、興奮気味だった。私の問いかけに答えもしない。その早口に一瞬、話の理解が遅れた。

「彼に話してみるって。必ず何らかの形で連絡を取らせると言ってたわ」

 思いもかけない言葉に、私は何も返すことができなかった。後ろで、ルースの友人たちなのか、誰かが騒いでいる声が聞こえる。

「ルースの友達の捜し人が見つかったことを祝って!」

 乾杯のコール。

「もう、調子に乗りすぎよ」

 彼女は後ろにいる者たちに向かって言った。彼らはどっと笑い声を上げた。

「とにかく、もう少し待ってみて」

「……ありがとう」

 やっと搾り出した言葉。ルースは明るい笑い声をもらした。

「私も嬉しいわ。それじゃあね」

 そうして、嵐のような電話は切れた。

 受話器を戻して、考え込む。いまいち実感がわかなかった。傷つくのが怖かっただけなのかもしれない。彼に会えるのかもと希望を抱いて、それが叶わなかったときのことを恐れていただけなのかもしれなかった。

 窓から差し込むうっすらとした月の光。窓枠が床に浮かぶ光を十字に区切っている。窓に寄り、空を見上げると、欠けた月が薄い雲に覆われていた。その影はおぼろげで、私の不安を映しているかのようだった。

「本当に……?」

 私は呟いた。まるで、その月が答えを示してくれることを願っているかのように。

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