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フィリア3 (1)

 何かがきらきら光っている。とても眩しい。目にしみるようだ。手をかざしてそれをさけようとする。

 そうして、私はようやく目を開いた。

 カーテンを開けたままの窓から、朝日が差し込んでいる。夢うつつでそれを眺めた。

 サイドテーブルの時計が目に入る。次の瞬間、私は飛び起きた。

 時計は七時をとうに回っていた。どうして、ベルをセットしておかなかったのだろう。まだぼんやりとしている頭でそう思った。

 服をクローゼットから取り出し、着替えようとするが、なかなか思うに任せない。未だに頭は目覚めてないかのようだ。よたよたしながらも何とか服を着終えた。

 冷蔵庫には、まだミネラル・ウォーターがあっただろうか。冷たい水を飲めば、気分もすっきりするかもしれない。そう期待して寝室を出た。

 リビングに来て、そこの様子を見たとき、私はショックを受けた。

 散乱したガラスの破片が朝日を受けてきらめいている。

 そういえば、昨日父の借金取りの男が来て、部屋をひっくり返していったっけ……。

 片付ける暇などなかった。

 キッチンで水をコップに注ぎ、一息で飲み干した。

 急いで洗面所に駆け込む。顔を洗い、歯を磨きながら髪を梳かす。化粧もちゃんとしなくては。

 鏡を覗き込んだ時、私は息が止まるかと思った。鏡の中、首筋に紅色のしみのようなものができていたのだ。

 同時に昨夜のことが走馬灯のように一気に思い出された。鏡の中の顔は、みるみると火でも吹き出そうに赤くなった。

 あの時の私はどうかしていたに違いない。あんなふうに人に頼り、泣き言を口にするなんて。まったく自分らしくないと思う。いくらお酒が入っていたにしても、あれほど取り乱すなんて。

 ランドルはどう受け止めたのだろう。これは明らかにキスマークだった。

 首筋へのキスなど恋人同士のすることだろう。少なくとも、昨日今日出会った者のすることではない。彼は、一体どういうつもりでこんなことを……。私は混乱してしまった。

 首筋を力強くこするが、消えるものではなかった。自然に消えてしまうのを待つしかない。そして、私には時間がなかった。

 寝室に戻り、クローゼットからハイネックのセーターを取り出して、再び着替える。こんなもの、生徒に見つかれば、何を言われるか分かったものではない。

 リビングを走って横切り、洗面所へ。髪をいつもより簡単に編み上げ、化粧をしてから部屋を出たのは、八時近かった。いつもより三十分は遅れている。

 セーターの襟を引き上げながら、朝の賑わいを見せる通りを走り始めた。

 なんとしても学校に遅れるわけにはいかなかった。それこそ、生徒達の話の種になってしまう。


 生徒に呼び止められるたびに、ぎくりとして過ごす一日がどんなに長かったことか。

 同僚の声にさえ、神経を尖らせていなければならなかった。

 こんな時に限って私を呼ぶものが多いのだ。一年先輩のルース・ピケットにさえ、それは当てはまった。

 彼女は朝、学校に駆け込んできた私をじっと見ていた者達の一人だった。もっともルースだけだったが。私にいつもより遅れた理由を聞いたのは。

 それはざわざわとした昼休みのこと。

「ちょっと寝坊しただけよ」

 私は平静を努める。ルースは不思議そうに私を見ていた。教師となってから、私は遅刻などもちろんのこと、時間ぎりぎりに来たことはなかった。

「夜更かしでもしたの?」

 彼女の何気ない言葉に私は動揺しそうになった。

 ランドルのことやキスマークのことから、意識をそらせようと懸命だった。体が熱くなるの静めようとした。周りの色々な気配が私に向かって押し寄せてくるような気さえした。

 さまざまな音。明るい光。にぎやかな空気。人の存在から漂う香り。ごちゃ混ぜになって。

 まるで、正反対だ。全ての授業が終わった後。生徒のいない、静まり返った校舎。

 柔らかい夕焼け色の西日が窓から注ぎ込んでいる。残った教師達が所々で、ほそぼそと雑談を交わしている。コーヒーが微かに香る。

 ルースが近づいてきた。夕日で彼女の黒髪の縁がきれいな褐色に見えた。

 ソファに座る私の隣に彼女は腰を下ろした。私は改めて見つめる。

「一緒に夕食でもどう?」

 黒い瞳に私の姿が映っていた。彼女の目を覗き込む私。不安と微かな疑惑のこもった表情。私は慌てて彼女の瞳から視線をそらした。

 ルースが首を傾げて私を見ている。

 断る理由はあった。昨夜、ランドルは言っていた。「明日も会おう」と。彼がまたやって来るだろうと考えなかったわけではない。それでも、私は彼女の申し出を断らなかった。

 それは、自分の犯した過ちどころか、それをさらしてしまった彼の存在さえ否定したいという、愚かな意識ゆえかもしれなかった。

 私たちは肩を並べてスタッフルームを出た。同僚達は好奇心を隠しはしなかった。興味深そうにこちらを見ていた。このことが彼らの話の種になるのだろうと私はぼんやりと考えた。

 あえてゆっくりと歩く。後ろは決して振り向かなかった。<kibr>背後で、声をかけてきた同僚に別れの挨拶をするルースの声が響いた。

 煉瓦の階段を下り、中庭まで出た私がどれほどほっとしたことか。

 さまざまな色を持った空がとても近くに感じられた。

 ルースはどんどん歩いていき、置いてきぼりの私を呼んだ。急いでくるようにと、手を振っている。その焦りを私は感じていた。

 私は足を早め、彼女に追いついた。

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