夢を売る男
家賃を滞納し、電気とガスを止められ、お金に困っていたN氏の目に『不要な夢を高く買い取ります』という広告が飛び込んできた。
N氏は学生の頃から音楽が大好きで、バンド活動したり、作詞作曲のコンテストに応募するも、会場は友人知人がまばらに座るだけ、応募は選考落ち、鳴かず飛ばずでいい加減夢にうんざりしていた。
これ以上夢に引っ張られては大変なことになると早速企業に電話をし、会社を訪ねた。
会社では、簡単な説明があり、音楽の夢を測定すると100万円の値が付いた。無料でも引き取ってもらいたかったN氏は大満足。早速契約書にサインをし、音楽の夢を身体から抜き取ってもらった。
家に帰ったN氏は、ギターやキーボードを見つめた。しかし何の感慨もわかず、どうしてこんなモノに青春とバイトの給料をつぎ込み夢中になっていたのかと首をひねるばかり。ろくでもない熱病から解放された気分で、気持ちがすっきりとした。
月日は流れ歳を取ったN氏は末期ガンになり、余命半年と宣告された。
残される家族の生活を考え、途方に暮れていると、以前夢を売った企業の新事業『不要になった才能、高く買い取ります』という買い取り広告が目に入った。N氏は夢を追いかけたせいで稼ぎが少なく、家族に迷惑をかけてしまった。死んだ後はどうせ才能はいらないだろう、少しでも多くの金を家族に残したいと思い、才能の買い取りサービスを利用することにした。
会社を訪ね、簡単な説明を聞き、才能を測定してもらうと、ほとんどの才能は数百円から数千円の値段しか付かなかったが、音楽の才能だけ10億円の高値が付いた。
せめて10万でもと思っていたN氏が宝くじの高額当選者のように驚いていると、白衣の科学者が羨望の眼差しで「凄いですね。こんな高額査定のついた才能初めて見ました。研究一辺倒だった私は存じませんが、さぞや有名な音楽家なのでしょうね」と興奮気味に訊ねた。
「鳴かず飛ばずで夢を売った、しがないサラリーマンですよ」とN氏は正直に答えた。
科学者はN氏に興味を失ったようで「そうでしたか…あきらめず続けるか、他人の夢を買い熱量を増やせばどうにかなったかもですね。今更ですが惜しいことをしましたね」とつまらなそうに言った。
夢を売り、音楽に一切の興味を失ったN氏は、嫌いな音楽であくせく働き注目を浴びる自分を想像し「そんな人生まっぴらごめんです」と笑った。
N氏は音楽の才能を売り、銀行で預金を確認すると十桁もあった。
N氏は考えた。家族に1000万残すとしても、今まで手にしたこともない大金9億9000万好きに使える。なのに身体がつらく、早く家で休みたいだなんて、我ながら皮肉な人生だと。
もし、健康も販売されている夢のような世界だったなら、八億でも九億でも出して他人の健康を買ったのにと、通帳を見ながらN氏は残念そうにつぶやいた。