刺激臭
僕は逃げようと思ったが、机と椅子の背もたれに身体がつっかえた。その瞬間、僕は真っ暗な部屋の床に椅子ごと、ガタンッと大きな音を立てて転んだ。「わあっ、わあっ、うおーーッ」と僕はついに叫ばずには居られなくなった。
化け物は僕に向けて素早く近寄ってきた。
僕はひたすら手足を動かして後ろに、後ろにと床を蹴って逃げようとしたが徒労に終わった。
「だき、だき、だきぃっ、シャアッー」
化け物は僕に飛びかかり、制服の胸ぐらを掴むと鋭い牙を剥き出しにして、僕の顔を覗き込んでいた。
化け物からはなんとも言えない、強烈な刺激臭がしていた。ニタニタと笑いながら、僕の胸ぐらを持ち上げてから、ゴンッと床に叩きつけてから、足で僕の脇腹を踏みつけてきた。
僕が悲痛な叫び声を上げる。
化け物は天を仰ぎながら両手を広げて笑っていたので僕は力いっぱい化け物の片足を抱えあげ、化け物を後ろにひっくり返した。
化け物は後ろ頭を激しく床にぶつけ、頭を抱えてうずくまった。
僕はこのまま、追い討ちをかけてやりたかったが、この部屋から逃げることにした。僕は床に落ちている鞄を拾い上げ、扉らしきものが見えたのでその方向に向けて走り出した。
踏まれた脇腹に痛みがあったが、気にならないくらい、逃げるのに必死だった。
右も左もわからない建物の中で、化け物は何処にいるかわからない最悪な状況だ。
扉のドアノブを下に押して扉を開けると
長くて広い廊下、左右に均等に並んだ扉が続いていた。その奥は暗くてわからない。
僕はここで死ぬと覚悟を決めて、できる最善を尽くすことにした。右手を壁につけて迷路を抜けるように全部、巡ってやる事にした。
僕は最初に右手に触れたドアノブを静かに開け、さっきの化け物から隠れることにした。
化け物が居ないことを祈って部屋に入って行った。
その部屋にはローテーブルとよくわからない置物、天幕の掛かったベッドが置いてあった。壁際には棚と硝子のグラスなどがびっしりと入っていた。部屋の奥には暖炉のような物が見える。僕は暖炉から火かき棒を抜き取り、ベッドの裏に身を隠した。
かくれんぼ、やってやるよ…僕はと心のなかで呟いた。
すると勢いよく、ガチャッと部屋のドアが開く音がした。
シュルシュル、と化け物の足音が聞こえるが、部屋の中をグルグル歩き回った後、部屋から出ていった。
僕はひとまず、このまま様子を見ることにした。隣の部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
「ダーキッ、ダキィー!」と、叫び声が聞こえてくる。
仲間を呼んだのか、怒って叫び声をあげているのかわからないが、化け物は思ったより頭が悪いのかもしれない。
僕はその部屋にしばらく隠れ続けた。
音がなくなっても耳を凝らして音を聴いた。
自分の心臓の音や、シーンと静寂の音が聴こえる。
僕はついに部屋から出ることにした。