淑女
たけしが廃屋で飛ばされた夜は、よく晴れた満月の夜であった。◯×山の山道は漆黒と蒼白い光が交錯していて、鈴虫の奏でる音色が聴こえていた。
◯×山の廃屋の前に一人の若者がいた。その若者はウエストポーチと黒い上下のジャージにスニーカー、プラチナの髪を後ろで束ねた格好をしている。電子タバコをほっそりとした艶のある唇にあて、美味そうに吸っていた。
月の光は芸術家が丹精を込めて彫像のような彼女の横顔を照らしている。
彼女は廃屋の玄関口に背をむけて腰掛け、再び電子タバコを口に咥え、白い煙を静かに吐き出した。
「良い夜だね、ふとし君…君はもうこの屋敷に入ったのかな?」と彼女は抑揚の欠いた声で呟いた。彼女は耳を澄ますと、いつもより屋敷が必死に呼吸しているような気がした。彼女頷くと静かには立ち上がり、廃屋の入口の扉を開けてまっすぐに建物の中に入っていった。
彼女は玄関で辺りを見渡し、まっすぐ正面の大きな通路を進み「今日はほとんど誰もいないみたいね」と良く通る小さな声で呟いた。
左右にはいくつか扉があったが、彼女は目もくれず歩みを進める。やがて通路の右手に他よりも装飾の凝った扉があった。彼女は扉のドアノブを開け、猫が扉の隙間から部屋に入るように音もなく部屋に入っていった。
部屋の中は西洋風の赤い絨毯と豪奢な家具が置いてあり、奥の机には誰かが座っていて、必死に机の上の何かに念を込めて居るようだった。よく見ると陶磁器のようにつるっとした青白い肌、灰色の長い髪をした青年が目を閉じて意識を集中させていた。青年は彼女が部屋に入って来たことに気づいていないようだった。
彼女はそのまま青年の方に近寄ると青年が驚いた表情で彼女の方を見たが、彼女は青年の顔を横から覗き込むような姿勢をしていた。青年は彼女の黒曜石のように黒い瞳でみつめられ、身体がほとんど動かせなくなっていた。彼女の視線は冷たく、星のない夜空のように美しかった。
彼女は動けなくなった青年の耳元に口を近づけたので、青年の方がビクッと痙攣させた。「怖がらなくて良いの、最期にとっても甘い時間を過ごさせてあげるから」彼女の声で青年は寒いのか身体を震わせて歯をカチカチと鳴らしていた。
彼女は青年の左手をとり、部屋の柱の前に立たせた。彼女は「はい、ばんざい」といたずらっぽい笑顔で命令すると青年の両手が上に持ち上がる。「や、やめて」と青年は恐怖に満ちた表情で訴えると、彼女は青年を見下ろして「だめ」言ってとにっこりと笑った。
彼女はウエストポーチからロープを取り出して、青年の手足と腹部をグルグルと柱に縛って固定した。彼女は青年の顔を近くで覗き込み、「君、興奮してるけど、縛られるの好きなの?」とじっとりとした視線を向けた。




