背水
たけしは太郎の差し出した手を恐る恐る掴み、立ち上がった。彼の手はゴツゴツとした感触で関節の節々が骨張っていた。自身の手とは比べ物にならない、程圧倒的と言って良い造りをしていた。
身体の使い方も独特で自然体に見えた。
「八原殿、今の子鬼どもは先に一度斬りし者なり、斬っても再び蘇りしか」と太郎は表情を硬くして言った。たけしは少し間を置いて彼の言おうとしていることを理解した。
「この先の階段を降りて、一度逃げたことがあります」とたけしは彼に伝えると、太郎が僅かながら怪訝な顔をした。
「八原殿は前にもここから逃げたまいしか?」と彼は質問してきた。たけしは重圧に気圧されそうになったが、事の顛末を伝えた。
「一度逃げおおせたが、再び此処に連れてこられたと」
「はい、眠りについた直後、ここで目を覚ましました」と正直にたけしは彼に伝えると、しばらく沈黙して何かを考えているようだった。
「我は戦いの最中、敵を追っている所、黒き霧にまかれて気を失いけり、目を覚ますと此処に立てり」と彼は呟いた後、大きく「喝!」と叫んだ。たけしは驚き、後ろに倒れそうになったが、腹筋や足で踏ん張った。
「黒幕を捕まえねば、また此処に連れ戻されなん、八原殿、我らで敵の親玉の首を取ろうぞ」と太郎が言うと、壁に飾ってあった西洋風の甲冑の剣を抜きながら蹴飛ばした。
甲冑は床に倒れるとガチャッと音を立ててバラバラになった。
太郎は剣の刃や柄の緩みがないか確認してから、柄をたけし向けて手渡した。たけしは否応無しで両手で剣の柄を掴んで受け取った。
剣は冷たく、幅広の刃が付いていた。刃を剣を上に持ち上げると刃がしなり少し切っ先が垂れ下がった。
「柄で衝く、上段から振り下さば、戦えるであろう」と太郎は身振りでたけしに伝える。
2人はその後、通路を左に曲がり、階段を下りた。すると玄関が見えできたあたりで、ほっそりとした化け物がぞろぞろと下から駆け上がってきたのが見えた。
「ダキッ、ダーキッダァーシャー」と気味の悪い声をあげて掴みかかろうとしてくるのがわかった。
たけしは恐ろしくて腰が引けたが、太郎は先頭の化け物を蹴り飛ばして後続の化け物たちにぶつけると、雪崩のように化け物が崩れていった。
その後はスルスルと太郎は階段を駆け下り、太刀をトス、トスと化け物の頭を刺していった。そして玄関まで行くと扉を蹴飛ばして外を確認すると、黒いモヤがかかっていた。
たけし達は出口がなくなったと直感したが、親玉を倒せば、まだなんとかなるかもしれない。
太郎はまだ息がある化け物を蹴り飛ばして、玄関の黒い闇に突っ込ませると、闇の中から化け物の悲痛な叫び声が聴こえてきた。
「逃す気はなかりけり…ならば、こちらから討ってでるのみ」と太郎は言った。甲冑と部屋の薄暗さから、太郎の表情は見えなかった。
たけしの表情は自身の肩がガタガタと震えているのがわかったが、腹の底から熱い熱気のようなものが、身体に伝わっているのがわかった。たけしはさっき飲まされた秘薬に麻薬のような成分が入っていたのではないか、と考えた。気分が良い。
「八原殿、先の秘薬、なかなか良いではないか?」と太郎が言うのでたけしは疑問に思った。ただのエナジードリンクにそんな効果はない。
「目が冴え、身体が軽い、心の臓の音が聴こえるほど、気が研ぎ澄まされなん」と悦に浸っているような様子で、玄関から見て中央の大きな通路に歩き始めたので、たけしは後に続いた。
最初にふとしと進もうとした通路だ、もう後には引けない。




