修羅
「此処は何処に、汝の名を教え給え、我が名は壱岐の兵衛太郎なり」甲冑の男は笑い終えた後、たけしに問いかけた。
「ここは新潟…越後の◯×山で、私の名前は八原たけしと申します」 たけしは出来るだけ相手に失礼の無いよう、現代語で答えることにした。あやふやな古語で答えて失礼があってはならない。
「八原殿…今の元号は?」
「令和です」と答えると太郎と名乗った武士はあっけに取られたような顔をして、しばらく黙り込んでしまった。
「兵衛殿の元号は何ですか?」とたけしは恐る恐る聴いてみた。
「文永なり…八原殿、古今東西に令和など聴いた試しがない」と太郎は天を仰ぎ見た、僕たちの頭上には薄暗い天井しかないのであるが。
「今は我にとって行く末なりや?」と少し悲しみのこもったような声で訪ねてきた。たけしが頷くと、太郎は「蒙古と鎌倉はいかがなりき?」と神妙な顔で尋ねた。
「蒙古は嵐に合い、ほとんどが海に沈み、鎌倉幕府は無事でした」とたけしが答えると少し安心したようだった。
「さるほどに何故八原殿は此処にいるなり?」太郎の尽きぬ疑問に、たけしは頭をフル回転させ、歴史の授業を必死に思い出しながら答えていった。半分くらいは伝わっていると良いのだが、とたけしは思った。とりあえず、ここから出ようと言うことで二人は行動を開始した。
たけしが連れてこられた部屋の扉を開けると、床に黒い人影が黒い液体を流した状態で転がっていたのが目に映った。一本の長い廊下の左右に等間隔の扉、前に来た時と同じ廊下。
辺りを見渡すと、通路のあちらこちらで同じような物が転がっていた。きっと太郎の仕業である。
たけしは前と同じように出口に向けて歩き出したが、数メートル程歩いた所で、たけしはパジャマの襟首を掴まれた。「え!?」
たけしが体制を崩して尻餅をつくと、前方の左右の扉が開き、か細い人影が飛び出した。「ドロヅ…!」しかし、甲冑の男は意に返さず、重心を下げ、左の腰に下げた脇差しを抜き、左の化け物の首から右の化け物の首を経由させるように力強く、コンパクトに振り抜いた。
「バチャッ」と壁に黒いしぶきが飛んだ。
太郎は脇差しの血を払い、たけしに手を差し伸べた。「気を張り巡らせよ」と太郎は優しい表情で言った。彼の足元には糸が切れたように崩れ落ちた化け物達が転がっている。




