たしなみ2-45
翌朝、メイシーが目を覚ますと、ノアがメイシーの身支度を手伝ってくれた。
「おはよう、ノア。昨日は楽しかった?」
メイシーがにこにこしながら聞くと、ノアは顔を赤らめて首を横に振った。
「やはり私はお嬢様の近くに居ることが一番の幸せだと実感しました」
「ええ?そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、ノアにはもっと幸せになってもらいたいわ」
ノアはメイシーの髪を梳かしながら、「私は今十分幸せです」と言って笑った。
メイシーたちが支度を終えて、階下の食堂へと向かうと、お父様が席に着いていた。
「おはようございます、お父様。……お母様はまだ具合が?」
「ああ、少し体温も高いようで、風邪かもしれないと言っていた。今日医師に往診を頼んだ」
「そうですか。心配ですね……。」
「体調の悪いセリーナを置いて行かねばならないのがとても辛いが、今日は王宮で貴族派の領地の接収と再分配について陛下から相談したいと言われている…」
お父様は難しい顔でそう言った。
「お父様。私、今日はお父様の代わりにお母様のお側におりますわ。体調が悪いと、不安になりますものね。医師の先生の往診にも付き添います」
「ありがとうメイシー。そうだな。セリーナも安心するだろう。そうしてくれると助かる」
お父様はそう言って、早々に朝食を終えると、立ち上がった。
「今日は陛下や殿下以下、長官たちが全て揃い踏む。これからの帝国について、各方面からの意見が出るだろうな。中には少々頭の痛い課題もある」
メイシーは、朝食の途中だったが、お父様のお見送りのために席を立った。
「お父様なら、きっと素晴らしい方法をお考えになると思います。何か私にできることがあるなら、いつでも仰ってください」
「メイシー……」
お父様とメイシーは、馬車の前まで、屋敷の中をゆっくりと歩いて移動した。
「昨夜、セリーナが君の話を聞かせてくれた」
「お父様……」
「私もセリーナと同じ意見だ。どんなことがあろうと、メイシーは私達の大切な娘だ。いつまでもずっと」
お父様はメイシーに向き合うと優しく微笑み、メイシーの頭をなでた。
メイシーはお父様を見つめて、微笑み返した。
二人は馬車の前に到着し、お父様は馬車に乗り込んでメイシーに声をかけた。
「セリーナのことを頼む」
「はい、お父様。お任せください。行ってらっしゃいませ!」
お父様を乗せた馬車は、朝の澄んだ空気の中を、颯爽と出かけていった。
お母様の往診のために医師が来たのは、それから数時間後のことだった。
メイシーがお母様のお部屋で一緒に先生のお話を聞くことになった。
「メイシー、伝染ると困るから貴女は部屋を出なさい」
「いいえお母様。お医者様のお話は私が一緒に。お父様にも任されております」
メイシーがそう言うと、お母様は諦めたようで、寝台に横たわり、少しため息をついた。
先生が入室して診察が始まると、しばらく色々な検査をした。
(ん?何だか先生がやっている検査って…)
メイシーは、お医者様の行う検査に、何やら思い当たることがあった。
全ての検査が終わり、お医者様はこう言った。
「おめでとうございます奥様。妊娠なさっておいでです。まだ7、8週といったところでしょうか。ご気分の悪さは、残念ですがしばらくは我慢いただかなければなりません」
「えっ……!」
お母様は驚いて目を丸くしている。
メイシーはお母様に近づき、手を取って微笑んだ。
「おめでとうございます、お母様!今はお一人のお体ではないのですから、しっかり休まねばなりませんね」
メイシーの言葉に、お医者様もうんうんと頷き、微笑んだ。
「あの、先生…」
お母様は体を起こして、神妙な面持ちで医師とメイシーを交互に見た。
「どうかこのことは、内密に。レナルドにもよ」
「まぁ…どうしてですか?お母様」
お母様は、辛そうな表情になり、少し俯いた。
「……ぬか喜びさせたくないのよ」
「ぬか喜び?」
「そもそも私ももう年よ。貴女を産んで13年も経っているわ。……私達の間には魔力差があって、なかなか子供に恵まれなかった。メイシーが生まれたことも、本当に奇跡だったの。…だから、今回も、また流れてしまうのではと…」
「お母様」
メイシーはお母様の手を再び取ると、光の魔術を行使した。
「お母様に癒しを」
「メイシー……」
「お腹の中の子にも、光の魔術は届きますでしょうか?私、毎日お母様に魔術を行使します!二人で一緒に赤ちゃんを応援しましょう!」
お医者様もメイシーの言葉に頷き、「体内の子にも光の魔術は届きますよ」と言い添えてくれた。
お母様は目に涙を浮かべて、メイシーを抱きしめた。
ただしお母様の強い希望で、安定期まではお父様も含め、誰にもこの事実を公表しないこととした。
当分は、この場の三人だけの秘密なのだ。
お医者様を送り出すと、メイシーはまたお母様のところへ戻った。
「お母様!欲しいものがあれば何でも仰ってください!食べ物でもお花でも、何でも用意いたします。魔術具が必要なら、何か作りますよ!」
「メイシーったら…貴女にもぬか喜びさせては悪いわ。そんなに張り切らないで」
「まぁ、お母様ったら、そんな気弱なことを。生まれるのは、1、2、3…来年の夏くらいでしょうか。楽しみですね!」
メイシーはにこにこしてお母様に近づくと、お腹に手を当てて話しかけた。
「お姉様ですよ〜!頑張るのよ〜!」
「まぁ…、ふふ。気が早いわ。まるでレナルドみたい。貴女がお腹に居る時、レナルドったら毎日そうしていたわ。『お父様だよ!』って」
メイシーの喜びように、お母様も少し表情を明るくした。
それからメイシーは魔術学園の寮の使用頻度を減らし、侯爵邸を拠点に魔術具作りをするようにした。
お母様に毎日光の魔術を行使するためだ。
平民街の煉瓦については、モーリシャス先生の提案で、王都から離れた各地の窯で、メイシーの希望した配合の煉瓦やタイルを焼いてもらい、運ぶことになった。
(タイルは住んでいる皆さんに貼ってもらうのはどうかしら。それなら市民の皆さんに手伝ってもらえるわ)
メイシーは思いついたことを紙に書き留め、お父様や殿下に伝えられるようにまとめていった。
公衆浴場にはあれから毎朝水の入れ替えに通い、午後にはバーサ先生とヒューバート先生に、都合をつけていただいて入れ替えをお願いした。
さらにメイシーは、水を入れ替えたあと、街から西に離れた場所で土の魔術を使って、一人で温泉掘削を試みることにした。
ここは公衆浴場から西へ数キロ、王都の外の平原である。
一応、殿下に相談し、騎士の方を護衛に付けてもらった。
セオ様とアーチー様とマドックス様の3名だ。
侯爵家から公衆浴場、平原と、道中はずっと3人に見守られ、メイシーは、馬車の中でノアに「騎士様の護衛が四六時中付いている生活は慣れないわ…」とヒソヒソと話していた。
(3人でも、何かこう、キラキラ感がすごいのよ)
メイシーは目をしぱしぱさせながら、何もない平原でメイシーを見守る3名を見回した。
ノアは馬車の中で待機である。
「ただ穴を掘るだけなので、そんなに面白いことはございませんよ?」
メイシーが地面に手をかざしながらそう言うと、3人はそれでも興味深そうにメイシーを見つめた。
「極限まで穴を掘るんですよね?土の神に弾かれるのでは?」
そう言ったのは水色の長い髪を左にくくって流しているマドックス様。
マドックス様の言葉に、青い髪のアーチー様が頷き、呟いた。
「……どこまで掘れるんだろう」
「アーちゃん喋った。これは超興味があるってことですよ、メイシー嬢」
アーチー様の呟きに、隣の緑の髪のセオ様がにこやかに解説を入れてくださった。
「……その呼び方はやめろセオ」
「俺たち幼馴染なんです。でもアーちゃんは騎士になったからには、呼び方を変えろって言うんです。俺のことも、セッちゃんて呼んでたくせに。アーちゃんは硬派を気取りたいみたいで」
アーチー様が嫌そうな顔をすると、セオ様が不満そうな表情でそう言った。
すると、マドックス様が吹き出した。
「ぶは!セオのおしゃべりが始まった!」
マドックス様は二人の漫談(?)にケラケラ笑い出した。
メイシーも、3人の楽しげな会話に、くすくすと笑ってしまった。
「騎士の皆様は仲が良いのですね。皆で一丸となって魔獣に立ち向かうのも、やはり息のあった、阿吽の呼吸が必要なのでしょうね」
「仲が良いかぁ…。拳の強さで順位が付くので、分かりやすいっていうのが実のところですね!」
セオ様がにこにこしてメイシーに答えた。
そのセオ様の答えに、マドックス様が再び吹き出した。
アーチー様も、口に手を当てて横を向いている。
「メイシー嬢の護衛なんて、今王都にいる騎士は、全員が希望しましたよ。スタンリーは悪態をついてましたが署長なので除外して、それ以外の全員でトーナメント戦です。結果がこの3人です。仲が良いかは正直分かりませんね」
マドックス様は清々しい笑顔でそう答えた。
メイシーは3人の楽しげな様子の裏に、何やら恐ろしい光景が見えた気がして、頭を振った。
(騎士の方々って、やっぱりすごいんだわ……!)
「平原には魔獣はあまりいませんが、俺たちが周囲を見ていますので、メイシー嬢は安心して土の魔術に集中してくださいね!」
セオ様がそう言って、3人はメイシーを中心に少し離れていった。
メイシーはまた手をかざして集中し、土の魔術を行使した。
「土よ。円柱型の柱を作れ」
メイシーはまず、穴を塞ぐための柱を作り出した。
(掘削の途中でガスやお湯が出たら、すぐに閉じ込められるようにしないと)
メイシーの考えでは、土の魔術で穴を掘ると同時に、穴の周囲を土の魔術で結晶化させながら深くまで進んでいく予定なので、ガスの噴出にもある程度はすぐに対応できると思っている。
だがもしも、ということも考えられるので、突然有毒なガスが噴き出しだときには、上から閉じ込める必要があるかも、と予想して柱を出したのだ。
立てた柱のすぐ下の地面を、魔術で掘り進めた。
「土よ。柱の大きさの穴を作り出せ。穴の周囲を結晶化させよ」
メイシーの言葉に、柱がぐぐぐ、と下がりだした。
直径1メートルほどの穴は、どんどん下に向かって深くなっていく。
「メイシー嬢〜!どれくらい掘るんです?」
セオ様がちらりとこちらを見ながら尋ねてきた。
メイシーは、魔術を一旦止めると、3人に向かって手を振って声を張った。
「あのー!ちょっと遠いですし、思念の指輪をつなげませんか?そうすれば会話しやすいかと!」
メイシーのその声に、3人は目を輝かせて走り寄ってきた。
「えっ!ほんとですか!?思念の指輪、繋いでくださる!?」
「嬉しいです」
「やった!めが…メイシー嬢と指輪を…!」
セオ様、アーチー様、マドックス様が、ちょっと興奮した様子で、嬉しそうに指輪を取り出した。
(なんか、これってライン交換みたいな感じなのかしら…?)
メイシーは、3人と指輪が通じるように風の魔術で繋げた。
そして、試しに会話しようと提案し、3人はまたメイシーから離れていった。
「みなさま、聞こえますか?」
メイシーが思念の指輪に、集中して頭の中で話しかけると、少し離れたところにいた3人は、三者三様にその場で面白いポーズをとった。
(なぜあんなに気の合ったリアクションを取るのに、素直に仲が良いとは言えないのかしら)
メイシーは、3人の姿を見ながら、そんな疑問を抱いたのだった。




