たしなみ2-44
侯爵邸に着くと、メイシーはノアを連れて、メイシーの衣装部屋へと移動した。
「お母様が、私がいつ成長しても良いようにと、少し大きめのサイズの服もいくつか用意してくださっているのは知ってるの。貴女、今日はそれを着て出かけたらいいんじゃない?」
メイシーはにこにこしてノアの手を引いて衣装部屋へと入ると、ウロウロとドレスの密林の中を探し始めた。
「お嬢様、夏物のワンピースはこちらです。そちらは舞踏会用のドレスです」
「あら、ごめんね。正直よくわからなくて」
メイシーの言葉に、ノアはササッと何着かのワンピースを取り出して、メイシーの肩に当てた。
「まずお嬢様がお着替えなさらないと。私はお仕着せでも、何を着ても、そう変わりません」
「何言ってるのよ!ほら、この黄緑のワンピースなんて、貴女に似合うわよ!」
「お嬢様、そちらは冬物です」
「はっ!」
ノアはくすくすと笑うと、夏物の方に手を伸ばして、青いワンピースを手に取った。
「私、お嬢様の瞳のお色がとても好きなんです。ですので、もしよろしければ、こちらをお借りしてもよろしいですか?」
ノアはとても可愛らしい笑顔で、青いワンピースを大切そうに抱えてそう言った。
「まぁ。そのうち違う色のお洋服を好きになるわよ」
メイシーがにこにこしながらそう言うと、ノアは少し顔を赤らめて、ふるふると首を振った。
「いいえ。私はずっとこのお色がいいんです」
「ふふ、ノアったら」
二人で衣装部屋から出て、少し裾が濡れてしまった服を着替えた。
「ノア、お化粧もする?」
「いえ、そんな」
「私に大した技術がないからやってあげられないのだけれど、化粧品は山のようにあるから、好きなものを使って!」
メイシーがノアを押して鏡台の前に座らせると、ノアはメイシーをちらりと振り返り、おずおずと口紅を手に取った。
「……では、これだけ、お借りしてもよろしいでしょうか?お嬢様が使っていらして、とてもお美しかったので…」
「もちろん!何ならデートに持っていったら?今度行商の方に、新しいものを頼んでおきましょう!それが来たら貴女にプレゼントするわ」
「今日だけお借りできれば、それでいいです…。ありがとうございます、お嬢様」
ノアはそう言って、口紅を付けて髪をまとめた。
相変わらず思念の指輪がピカピカ光っていたので指摘すると、ノアが指輪を口元に近づけて、口を開いた。
「うるさい。私は無事だ。これから中央広場に行く。そこにいなさい」
ノアはため息をつき、メイシーを見つめてお辞儀をして、ドアの方へと移動した。
「行ってらっしゃい!楽しんで」
「行ってまいります。すぐに戻りますので、お許しください」
「まぁ。今夜戻れなくても、大丈夫よ?」
「……お嬢様。最近殿下に感化されすぎでは?私は業務以外で夜に出歩くことなど、ありません。今夜は侯爵邸から出ないでくださいませね?」
ノアはそう言って、再びきれいにお辞儀をして部屋を出ていった。
(…殿下に感化されているのかしら)
メイシーは、ちょっと微妙な気持ちになりつつ、お母様のお部屋の方へと移動して、コンコンと扉をノックした。
「お母様、メイシーです。先程帰ってまいりました」
メイシーがそう告げると、中からお母様が出てきて、扉を開けてくれた。
「入って。おかえりなさいメイシー」
お母様は優しく微笑んでメイシーを抱きしめ、迎えてくれた。
しかし、何やらお母様は具合が良くなさそうで、少し顔色が悪かった。
「大丈夫ですか?お母様…。お顔の色が良くないような」
「そうなの。少し休めば楽になるかと思って横になっていたのだけれど、あまり変わらなくて」
「お母様に癒しを」
メイシーの言葉に、光の粒が舞い散り、お母様に降り注いだ。
「ありがとうメイシー。少し気分が落ち着いたわ」
「ご無理なさらないで横になってください。私、出ていきます」
「待って、メイシー。話があったのではなくて?貴女の光の魔術のおかげで楽になったから、聞かせてちょうだい」
「お母様…」
メイシーは、お母様と共にソファに腰掛けた。
お母様はメイシーを見つめて、話を待ってくれた。
「あの……私の婚約のことで、お話が」
「まあ。貴女、まさかもう決めてしまうの?」
「はい。その…陛下とお父様とお話した際に、お父様は、結婚については私の意志を最大限尊重すると仰ってくださいました。なので私……今、殿下と婚約したいなと」
「ふうん……。それは貴女の意志なのね?殿下に請われたわけではなく?」
「殿下に急かされたわけではないのです。ただ、その…殿下に安心していただきたくて。私のような娘を結婚相手として見る人は、そう多くないと思うのですが…殿下は、とても心配なさるので」
「そう…。貴女が殿下に、そうしてあげたかったのね?」
「は、はい……」
メイシーは、お母様の確認に、顔を赤らめて俯いた。
(改めて聞かれると、何だか恥ずかしいわ…)
「レナルドは今夜屋敷に戻る予定よ。その時に、今の話をしてみましょう。
……私の可愛いメイシー。貴女がどんどん私たちの手を離れて行ってしまって、寂しいわ」
「お母様……」
「でも、どんなに離れても、私もレナルドも、貴女の味方よ。貴女の幸せをずっと願っているわ。貴女が笑顔で居てくれることが、私たちの一番の幸せなの。忘れないでね」
メイシーは、お母様の言葉に、目がうるうるしてしまい、お母様の胸に飛び込んだ。
「私も、お父様とお母様の娘に生まれて、とても幸せです。いつも私の自由を尊重してくださって、ありがとうございます。私、もし違う家に生まれていたら、こんなに幸せに生きてはいなかったと思います」
メイシーはそこまで言うと、緊張でドキドキと脈打つ心臓のあたりに手を当てた。
そしてお母様のほうへ顔を上げて、硬い表情で打ち明けた。
「……あのね、お母様。私、本当はあなた方のメイシーが5歳の時に、この世界で目を覚ましたんです」
「……メイシー」
お母様は、メイシーの話に、目を丸くした。
「ずっと、言わなくて、ごめんなさい。本当のメイシーは、私の中に眠っています。一度だけ、彼女と話をしました。でも次はいつ会えるのか…彼女のことはよく分からなくて…。
私は別世界の人間です。私はメイシーの体を借りて、私が生きていた世界の道具を、色々と実現させてきました」
「……」
「私は、本物のメイシーではないのです」
メイシーがお母様の瞳を見つめながら、真剣な様子でそう言うと、お母様は微笑を浮かべた。
「メイシー。貴女は私達の娘よ。5歳までのメイシーと、今のメイシー。二人とも私の娘」
「お、おかあさ…」
「分けることなんてできないわ。ずっと二人とも大切なんだもの。メイシー、私達が貴女の変化に気が付かないとでも思ったの?」
「……いいえ、お母様」
「貴女を怖がらせたくなくて、今まで何も言わなかったけれど、私達の愛情は伝わっていたのね。そうやって自分から教えてくれて嬉しいわ。でもね、今までもこれからも、何も変わらないわよ」
お母様はにっこりと微笑んでメイシーの頬を撫でた。
メイシーはお母様の手に自分の手を重ねて、頬ずりした。
「お母様、大好き」
「ふふ、私もよ。貴女は私達の大切で大好きな娘よ」
メイシーは、お母様の優しさに包まれて、今までつっかえていた棘が抜けて癒やされるような気持ちになった。
その夜遅く、お父様が帰ってきた。
お父様は復興のために南部の穀倉地帯に向かっていて、たくさんの食料を積んで王都に帰ってきたのだった。
「はぁ〜……。ずっと出ずっぱりで、まともに寝台で眠れていない。陛下に文句を言う元気もない。今日は可愛い妻と娘に癒されたい……」
お父様はフラフラと玄関まで入ってきた。
メイシーはネグリジェにシルクのケープを着て、お父様の帰りを出迎えた。
「お父様…!遅くまでお疲れ様です。お母様は、少し具合が良くなくて、横になっておられるのです」
「なに?セリーナが…」
お父様は疲労の濃い顔に、不安そうな表情を浮かべて、お母様のことを心配した。
「後でお部屋へ行かれては?まずは湯殿でゆっくりしてきて下さいませ」
メイシーはお父様に光の魔術を行使したあと、並んで湯殿の方へと向かった。
「南部はいかがでしたか?今年は幸いなことにトウモロコシや麦は豊作だとか。南部民は皆元気そうでしたか?」
「元気なんてものじゃない。南部の民は本当に祭り好きの宴会好きで、ちょっと食料を調達するために行ったのに、気づけば酒席に連行されている。まぁ話好きのおかげで、あちこち回らずとも南部の話を一晩で大体収集できたのは良かったが…。
南部の貴族たちは貴族派の動向をつぶさに観察していた。縮小したとはいえ、いつまた妙な動きを取るかと戦々恐々としていたらしい」
「南部には下級貴族が多いのでしたね。北部の貴族派は、やはり鉱山のおかげで財力がありますし、南部の貴族たちには対抗手段が限られますから……。北部でも、農作物はある程度は自給できますし」
「貴族派、元貴族派への対応は現在陛下が取りまとめている。マージー卿達の見つけた証拠のおかげで罪状ははっきりしているからな」
「……あの、前宰相と前魔術長官のお家は…」
メイシーが恐る恐る聞くと、お父様はあっけらかんと答えた。
「取り潰しだな。陛下を害そうとしたこと、平民街の半分を焼いたこと、過去の脱税や諸々の犯罪行為。どれをとっても国家反逆罪だ。全部となれば、もう命があるだけでもマシなのではないか?」
「そう、ですか…」
「メイシー。今回は君に様々な負担をかけた。マクレーガン侯爵家当主として、本当に情けない。娘を危険に晒すなど、一番犯してはならない失態を犯した」
「違います、お父様のせいでは、決して」
「……私のミスなんだ。南部の貴族たちは貴族派の動向を探っていたのに、私は疎かにしていた。奴らなど敵ではないと高をくくっていたのだ」
お父様は眉間にシワを寄せて、顔を俯けた。
メイシーは、お父様にハグをして、お父様の顔を見上げた。
「私は今こうして無事に生きています。私はお父様にそんな顔をさせたいわけではありません。どうか『よくやった』と褒めて下さいませ。帝国の危機を、先生方や騎士の皆さまと共に乗り切ったのです」
「メイシー……。君はどうしてそう、いい娘なんだ。泣きそうだ」
お父様はちょっと目を潤ませてメイシーを見つめた。
メイシーはお父様のそんな様子に微笑むと、提案をした。
「お父様。……そのご褒美と言っては何ですが、私からのお願いを一つ、聞いていただけないでしょうか」
「何だい?そんなに改まるようなことが?」
メイシーは体を離して、お父様をまっすぐ見つめて口を開いた。
「私、殿下と正式に婚約を結びたいと思います」
「……!」
「お父様は、陛下の前で、結婚に関する私の意志を最大限に尊重するとお話しくださいました。ですので私は、お父様のご意見よりは少し早いですが、殿下と婚約したいと思いました」
「……」
「我儘を言ってすみません。……でも、殿下は本当に心配症で、私から歩み寄らなければ、ちょっと危なっかしいのです。あの方は……その、心から私を必要としてくださっているようで…。私も殿下の支えになれればな、と。」
「……メイシーはそれで幸せになれるのか?」
お父様は、静かにそう言った。
メイシーはお父様の水色の瞳を見つめて、口を開いた。
「はい」
メイシーの言葉に、お父様が眉を下げた。
「お父様、私はいつまでもお父様の娘です。結婚しても、それはずっと変わりません」
「……ああ。メイシーはセリーナと私の大切な娘だ」
お父様はメイシーをそっと抱きしめて離すと、少し肩を落として、浴室へと入っていった。




