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たしなみ2-43


メイシーは、第7研究棟の前まで殿下に送ってもらって、そこで殿下とは別れた。


殿下は別れ際、とても離れがたそうにしていたものの、メイシーが殿下に励ましの言葉を伝えると、とても機嫌が良くなって、また自分の公務の方へと移動していった。


ちなみに励ましの言葉は、お母様がお父様に言う内容を参考にした。

お父様がお母様に離れがたそうにしている時に、お母様が玄関でお父様に伝える言葉だ。



「貴方は外で氷の侯爵と言われて畏怖されて、誰よりも完璧で誰よりも有能よ。でも本当の貴方は私に惜しみなく愛を注いでくれる、とても魅力的な一人の男性。それは私だけが知っていれば良いの。

…貴方が私以外の誰かに隙を見せるなんて嫌。貴方は外では皆が一目置くマクレーガン侯爵家の当主なのよ」



お母様がにっこり笑ってそう言うと、お父様は表情を引き締め、サッと馬車に乗り込み、ピシリと背筋を伸ばしてお仕事モードになるのだから、男の人って、本当に面白い。


(さすがはお母様。これが手練手管ということね…!)


メイシーは、お母様のお父様への励まし文言集をメモにして残しておかねば、と思ったのだった。








第7研究棟の外にある窯では、すでに最初に作った煉瓦やタイルが焼き上がり、割れないようにゆっくりと冷却する段階を迎えていた。


メイシーは、その冷却期間を短くするために窯の入口から風の魔術や水の魔術を使ってみたのだが、これがなかなか難しかった。

入り口付近のタイルは、メイシーの魔術で温度が急激に変化したせいで割れてしまった。


(この作業は時間をかけて自然に任せて行うしかなさそうね)


メイシーは、諦めてあと数日は窯をこのままにしておくことにした。



(そうだわ、シャワーの魔法石を取り付けに行こう)


メイシーは、ノアに思念の指輪で居場所を伝えて、実験室から魔法石を持って出てきてもらい、馬車で平民街まで行きたいと伝えた。




ノアは、三十分ほどでメイシーのもとに来てくれた。


「ありがとうノア。……あら?思念の指輪が光ってるわね」


「これは、その…。こ、故障です。でも、すぐにおさまるはずですので、お嬢様のお手を煩わせることはないかと。……お嬢様、ご存知でしたか?相手が不在中に指輪に話しかけた内容は、数日は消えずに残って、相手が指輪の圏内に入った時に再度発信されてしまうのです」


「へぇ!そうなの。指輪にそんな使い方があるなんて知らなかったわ」


(留守録ってことかしら。思念の指輪って、意外と調べてみると面白いかも)


メイシーはふむふむと納得し、テレビにその技術が活かせないかなと思った。


(そっか。思念の指輪って、風の魔術がこもった魔石だものね。オーディン先生との会話で、風の魔術そのものを結晶化させるとどうなるかと議論したけれど、思念の指輪は、風の魔術の結晶化に似た性質があるかもね)



「ノア、ガラス板、いつも持ち歩いてくれてるのね」


「はい。この前の時のように、いつ必要になっても出せるように、できる限り持ち歩いております」


「さっそく少し借りてもいいかしら」



メイシーは小鳥を出し、ノアとメイシーの様子を写した。

今の声も撮るつもりで、指輪に話しかけるようにして声を出してみた。


「こちらはノア。私の優秀な侍女です」


「お、お嬢様?」


「ふふ」


それを煙状にして、煙を角砂糖そのものにするイメージで土と風の魔術を行使した。



「煙を結晶化させて」



ふわふわと拡散していた煙がピタリと動きを止め、ゆっくりと収縮しだした。


そしてスーッと角砂糖くらいの大きさになると、中心から結晶化し始め、コロンと薄緑の透明な立方体がメイシーの手に落ちた。



「これをガラス板に触れさせると…」


メイシーの手の角砂糖は、ガラス板に溶けるように広がって、パッとノアとメイシーの姿が映った。


「音は出るのかしら」


『こちらはノア。私の優秀な侍女です』


「あ!お嬢様の声が聞こえます!」


「聞こえたわね。これ、どれくらいの時間録画できるかしら。思念の指輪も、話す長さに制限があるものね。そのあたりは実験してみないといけないわ」



そうこうするうちに、馬車は平民街の公衆浴場の前までやってきた。



「わぁ…!人がたくさんいるわね」


公衆浴場の周りにはもちろんのこと、通りにはたくさんの人が行き来しており、焼け野原で何もなかった場所が、もうすでに街の活気を取り戻していた。


北を見ると、住宅街の他にも、商業地の一部も造成が進んでいた。


「きっと殿下が私が学園にいる間にやってくださったのね。本当に一瞬で作られるから驚くわ。私も公衆浴場の改善に行きましょう!」


メイシーが馬車を降りると、周囲の人々はハッとして、メイシーに頭を垂れて道を空けた。


メイシーは慌てて黒いローブのフードを被り、その場を足早に去ろうとした。


「光の女神様、あの時は魔術をありがとうございました」


「平民街を住みやすいように変えてくださって、ありがとうございます!」



周囲の人からそう言われて、メイシーは少し心が救われた気がした。


「こちらこそ、そう言ってもらって、ありがとうございます」


(きっと、皆大変な思いをしているはずなのに、そんなふうに私に声をかけてくれるなんて…)


メイシーは、突然家を焼け出され、家族や友人を失ったかもしれない人々が、メイシーに優しい声をかけてくれることに、胸がギュッとなってしまい、ペコリとお辞儀をしてその場をあとにした。



公衆浴場に入ろうとすると、建物の前に居た騎士が、フードを取ったメイシーの顔を見るなり、パッと敬礼し、キラキラとした目でメイシーに挨拶した。

彼の紫の髪には、見覚えがあった。


「めが…メイシー嬢!!」


「ジャックロン様。今日はなぜこちらに?」


青と黒のツートンカラーの軍服に身を包むジャックロン様は、何やら周りの女性たちからもヒソヒソと囁かれているほどには、麗しい印象だ。


「騎士たちが、公衆浴場や図書館で警備を担っているのです。図書館はまだ本も何もありませんが、大きな建物に市民たちが興味津々で、中に入りたそうにしていて、まだ入らないようにと注意しております。それに今は近隣の町や村からも人が来ていますので」


「このにぎわいは、そういうことですのね。さっそく観光客が来ているということですか」


「一夜にしてできた王都の街並みを見ようと、まずは噂を聞いた隣町の者たちがやって来たようです。この調子だと、日が経つにつれて訪問者が増えるかもしれません」


ジャックロン様は少し心配そうにそう言った。


「それは大変ね。一気に来られても、受け入れる態勢が整っていないのに。

私、公衆浴場のシャワーを設置しに来たのです。少しでも設備を整えましょう。それで、悪いのですが、中の人を全て出していただけますでしょうか」


「承知しました」



メイシーの頼みに、ジャックロン様は笑顔で一礼をして、浴場の中へと入っていった。


「お嬢様、女性用のほうは、私が声をかけに行ってまいります」


「ありがとうノア」


ノアが入って行き、しばらくすると、中にいた人がわらわらと残念そうな様子で出てきた。


「もっと遊びたかった〜」


「大きい水遊び場、楽しかったね」


小さい子連れの親子が、そんな話をしていた。


(プールのように使われていたのよね。一日だけど、衛生的にはどうなのかしら…。水は汚くなってそう)


メイシーは、想像してちょっとげんなりした。


(温泉を引くまでは、一日に二回か三回くらいは、魔術で水を入れ替えたほうが良さそう。せっかく皆楽しみにしてくれているようだったし、しばらくは私が通おうかしら)



ジャックロン様に呼ばれて、誰もいなくなった浴場に入ると、予想通り水は濁り、何となく不衛生な感じだった。

いったんローブを脱いで脱衣所に置きに行き、さっそく作業を開始した。



(これでは病気の温床になってしまう。やっぱり早急に温泉を掘り当てないとね)



メイシーは、まず浴槽の栓を抜き、繋げてある下水管に流すように、全ての水を排水した。


「お嬢様、ドレスの裾が…」


ノアはメイシーの服が濡れてしまうことを心配してくれた。

いつも着ている地味なドレスなので、多少汚れたり濡れたりしても、メイシーは構わないのだが。


「今度からズボンを持ってくるわ。今日のところは、仕方がないから、ちょっとたくし上げてしまいましょう」


メイシーは、ドレスを持ち上げて、膝のあたりで裾を縛って、裾を引きずらないようにした。


ノアはちょっとハラハラした様子で、外のジャックロン様に、誰にも入ってこないようにと伝えに走っていった。







「じゃーん!水の魔法石をシャワーにして、火の魔法石を入れてお湯が冷めないようにしました!」


「さすがです、お嬢様!」


パチパチと手を叩き、ノアがメイシーの地味な作業を(ねぎら)ってくれた。


「魔法石は貴重だから、一応盗まれないように壁の中に入れ込むように設置したの」


「それがよろしいかと思います。王都民以外も増えているようですし、公衆浴場には騎士に見張りをしていただくのが良いかもしれませんね」


「それと、衛生環境を保つために、清掃係を雇いたいのよ。男性用と女性用で、それぞれにお掃除をしてもらったり、お風呂の入り方もレクチャーしてほしいのよね」


「入り方、ですか?」


「ええ。すぐに浴槽に入らないで、まずはしっかりシャワーや桶のお湯で体を洗い流してから入浴してほしいっていうことなんだけど」


「分かりました。では、そのような案内書を、市中に配布するよう手配します」


ノアはメモに書き留めて、すぐにメイシーの言葉を実行してくれるようだ。



「ありがとう、ノア。もう日が暮れてきたわね。お父様はいつ屋敷にお戻りかしら?食料調達のために地方へ赴いておられるとお母様に聞いたのだけれど」


「奥様に確認いたします」



そう言って、ノアは、メモを鞄にしまい込み、思念の指輪でお母様と会話し始めた。



「まだ指輪が光っているわね?大丈夫?」


「こ、これは…。良いのです。私は今忙しいので」


「でも、ずっと会話をしたがっている方が居るのでしょう?

いいわ。一緒に屋敷に戻りましょう。貴女はその方に会いに行ってきたら?お仕事はおしまいよ」


「お嬢様…」



ノアはちょっと顔を赤らめて、困った顔をして俯き、こくりと頷いた。


(ははーん、これは……)


メイシーはノアの様子にピンときたので、ノアを急かして浴場をあとにした。

ジャックロン様はメイシーたちが慌てて外へ出ていく様子を不思議そうに見ていたが、メイシーが手を振ると、嬉しそうに手を振り返してくれた。


メイシーとノアは二人で馬車に乗り込み、急いで侯爵邸へと移動したのだった。


風邪かと思いきやコロナでして、まだ頭がボーッとしておりますm(_ _)m

味覚がなくなるのが地味につらい。。

書きたいのですがそんな状態で集中できず、毎日更新にはまだ当分はできなそうです。

すみませんがよろしくお願いいたします(._.)

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― 新着の感想 ―
[良い点] メイシーちゃん、殿下にお母さまが言ったのと同じようなことを言ったのなら、殿下がますます独占欲をこじらせてしまいそうですね。 [一言] ご無理は禁物ですので、お体を一番に考えて、お大事にして…
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