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たしなみ2-42


メイシーは殿下の胸に耳を当てて、殿下の鼓動を聞いていた。

そうしているうちに、流れていた涙は止まり、メイシーは少しずつ落ち着いてきた。



「メイシー、先程は済まなかった。其方が大変な思いをしたというのに、嫉妬で苛ついていた」


メイシーは、殿下のその言葉に照れて、殿下の背にギュッと腕を回した。

殿下はそれを、メイシーがまだ泣き足りないのかと思ったようで、そっと頭をなでた。



「私が来るまでこんなに我慢していたのか?其方は私の腕の中では、こうして安心して泣けるのだな。

こんな時に不謹慎だが…。其方に信頼されて甘えられるのは……すごく、最高に心地良い」


「……で、殿下」


メイシーは顔を赤らめて殿下から目をそらした。

殿下は優しい表情でメイシーの前髪を指で梳いた。



「これからも、其方が一番に頼るべきは私だ。私は何があっても其方を守るし、支える。辛い時はいつでも私の腕の中においで」


「……はい」


メイシーは、殿下の言葉にまた泣きそうになってしまったが、ぐっとこらえて微笑み、殿下を見上げた。



「……ありがとうございます、ジョイス様」


殿下はメイシーのその言葉に、満足げに微笑んだ。



「私には其方だけだし、其方には私だけだ」


殿下はそう言って、唇に触れるだけのキスをした。








殿下の転移で平民街に戻ると、一番南の区画の一列が完成しており、道路は、中央大通りの四分の一ほどが固められていた。


暑い中ということもあり、貴族たちは魔力を使い終え、今日の作業は切り上げてしまったようで、教授陣だけが南の区画に集まっていた。


ドメル先生が、殿下とメイシーに気づいて、近づいてきた。



「殿下、ご帰国なさったとのこと、先程マージーに聞きました。帰路はお疲れ様でした」


「ドメルやマージー教授の活躍で、貴族派の騒動を抑えたと聞いた。これまでご苦労だったな」


「ありがとうございます」


ドメル先生は騎士団式の挨拶で、胸に手を当てて敬礼し、殿下も笑って頷いた。



「マージー教授。メイシーを途中で連れて行ってすまなかったな」


同じく近づいてきたハイド先生に殿下がそう言うと、ハイド先生はメイシーを見て、フッと口元に笑みを浮かべた。



「彼女が落ち着いたのなら良かった」


ハイド先生はそう言うと、モーリシャス先生達と、出来上がった建物の点検作業に戻ろうとした。

そんなハイド先生に殿下が声をかけた。



「詫びと言っては何だが、南半分は私が造成しよう。図面を借りられるか?」


「南半分?かなりの戸数があるが…。赤い旗を立てた区画に、これと同じものを建てて、それ以外にはこの図面のような公衆浴場を建てたり、図書館を建てたりする。あとは中央広場のほかに、厩舎、警ら署、それからいくつかの区画に広場を設ける計画だ」


ハイド先生が殿下に説明し、殿下が頷いた。

殿下は周囲を見渡して右手を上げると、見える範囲の赤い旗の立った区画に、いきなり土の魔術で家を建てた。



「これはまた」


「わぁ……!すごい!」


ハイド先生は建った家を見て驚いた。

メイシーも、驚いて周囲を見渡した。

ドメル先生も、目を丸くしてこの光景を見ている。


家の向こう側の方では、ミッティ先生とヒューバート先生の声が聞こえた。



「わー!なになに!?え?これ殿下?さっすがー!」


「よし、殿下がお出でなので、今日はこれまでだ。125対127で俺の勝ちだ」


「はぁ!?勝ち逃げすんなし!」


「もう魔力がほとんど無いくせに。うるさい」


「それはお互い様じゃん?」


ミッティ先生とヒューバート先生の言い合いを横目に、モーリシャス先生がやって来て、ため息をついた。



「あいつ等は、どちらがよりたくさん家を建てられるか競っているんだ。もちろんさっきまで第7研究棟の生徒たちも一緒になってあの遊びに参加していた……。全く仕方のない奴らだ。

殿下、造成ありがとうございます。圧巻です」


モーリシャス先生の言葉に、メイシーはくすくす笑った。


殿下はやれやれといった表情で肩を竦めると、残りの部分についても造成しようと、モーリシャス先生に位置の確認をした。


メイシーはハイド先生に学校の建設について聞いてみた。



「すみませんハイド先生。もう一つの学校は……?」


「ああ。君の希望があるかもしれないと思って、まだ建てていない。今日は殿下の造成を見学していればどうだ」


ハイド先生は、メイシーの体調をまだ心配しているようで、あまり作業に関わらないように配慮してくれた。


メイシーはハイド先生にお礼を言って、殿下と一緒に移動することにした。


殿下は転移で移動しながら、次々と図書館や公衆浴場を建てた。


メイシーは、街が一気に出来上がる様子に、ワクワクした。


(今のままでもすごく壮観だけど、これは煉瓦も早めに作らないと!絶対にすごくきれいな街並みになるわ……!)


メイシーは、公衆浴場の大きさに目をキラキラさせて興奮した様子で殿下に説明した。



「お風呂は、街の西端に建てたのですが、西側の土を掘り進めて、温泉を掘り当てたいと思っています!」


「温泉?」


殿下も教授陣と同じような反応を返してきたので、メイシーは同じように説明した。


やりたいことが次々と思い浮かぶので、メイシーはやる気が湧いてきた。



「あまり張り切り過ぎぬように。倒れるまで魔力を使い果たしては、体に良くない」


殿下にまで呆れられたが、メイシーはニコニコと笑い、その指摘には返事をしなかった。



「殿下が街を再建してくださり、本当に嬉しいです!これで、南側には市民の方に戻ってもらえますね。

家具が無いのでそちらは徐々にとなりますが、今テント生活で大変な思いをされている方々に、せめて家には入っていただけます。

あっ、とりあえず水と火の魔術で公衆浴場のお風呂をお湯で満たして解放してはどうでしょうか。私の持っている魔法石で、シャワーが出るようにできると思いますし」


「市民を家に返してやるのはいいが、其方、またそのように動き回るのか?」


「皆様魔力をあらかた使っていますが、私はまだ今日はあまり行使していませんので。お湯を出して、シャワーを設置するだけです。……その後はほんの少し学園で煉瓦を作るだけですわ」


「メイシー……」


殿下はじとり、とメイシーを見た。



「少しだけです。ノアに馬車を用意してもらって、学園まで移動することにします」


「メイシー」


殿下は思念の指輪でノアに連絡しようとするメイシーの右手を取ると、口元に近づけて、軽くキスをしてこう言った。



「つれないな。せっかく久しぶりに会えたのに、私との時間は取ってくれないのか?」


「……!」


「私は其方に会いたくてたまらなかった。其方からの褒美は無いのか?」


「あ……。その……ま、まだ」


メイシーはゴニョゴニョと口ごもり、ご褒美として考えていた魔術具のことを思い出した。



(ご褒美のビデオの魔術具は、まだちゃんと音声が付いてないものね。差し上げるには、もう少し調整が必要そう…)


「魔術具ではない。私は其方が欲しい。……私は其方が確かに私のものだと、もっと実感したい」


殿下はメイシーの耳元でそう囁いた。

メイシーは顔を真っ赤にして、ドキドキしながら俯いた。



「……あ、あの。えっと、それについては、少し、私からご提案が…」


「なんだ?私の寝所に来てくれるのか?」


「ち、ちがいます!!それは、その、お待ち下さい…。そうではなくてですね…」


メイシーは、陛下のもとへお父様と訪れた際に、お父様の言っていた言葉を思い出していた。



(お父様は、私の意志を尊重したいということを仰っていた。ということは、結婚はまだ年齢が足りないけれど……)


「婚約は、私の意志で、やろうと思えば今できますか?」


「……」


「殿下の不安が、少しでも無くなればいいなと思いまして…」


「メイシー」


殿下はメイシーを抱きしめて、腕の中に閉じ込めた。



「其方が私を選んでくれて嬉しい。婚約者になれば、其方は私のものだと、対外的にはっきりする。……逆に言えば、其方は王家に入る準備をし始めるということだ。王妃になるための教育を受けねばならなくなるが…それでもいいのか?」


メイシーは、殿下の言葉に少し思案して答えた。



「王妃になることは、まだあまり想像がつきませんが…。その…殿下と離れて…やっぱり寂しいなと、思いました。なので…いずれ婚約するのであれば、早くても、いいのかなと」


殿下はメイシーの言葉を聞いて、嬉しそうに口元を緩めて、メイシーのおでこや頬に、何度もキスをした。



「嬉しい。其方が私のためにと言ってくれたのが、本当に嬉しい。私のものになろうとしてくれているんだな。其方のその気持ちが、何より嬉しい」


「殿下……。わ、私こそ、そんなに喜んでいただけて…嬉しいです」


二人はそのまましばらくお互いを抱きしめ合っていた。











先生たちが騎士団と協力して、野宿している市民たちへ家を案内してくれた。

お風呂は、殿下が水の魔術でお湯を張ってくれたものの、手元に魔法石がないので保温をしたりシャワーをしたりできず、結局この日はプールのように使われたらしい。

らしい、というのは、後から聞いたからで、メイシー自身が設備を確認できなかったからである。




(えっと……)


メイシーは再び殿下の寝室に連れ込まれ、ベッドの縁に座り、後ろから抱きすくめられていた。

殿下はメイシーの提案を聞いてから、すこぶる機嫌がいい。

見てわかるくらいにウキウキしている。



「婚約後は其方の部屋を作ろう。其方がいつ離宮に泊まってもいいように。ああ、私の執務室の隣に其方専用の休憩スペースを作るのもいいな」


「え?で、でも、まだ婚約……」


「王妃教育など其方には必要ないが、其方が王宮に来る機会が増えるのは良い。毎日会えるではないか。いっそ、もうずっと私の執務室で授業をしてはどうだ。そうすればメイシーをずっと視界に入れておける」


「えっと、殿下?」


「はぁ……。やっと、ようやく婚約だ……。結婚まではさらにまだ先か。想像して、もうめげそうだ」


殿下はメイシーを抱きしめながら、ほとんど独り言のような殿下の呟きを聞いていた。

最初は嬉しそうだったのに、後半はなぜかどんよりしてしまった。



「殿下、気が早すぎです。先のことはまたその時に考えれば良いと思います。あまり焦らずに……せっかくの、その……こ、恋人としての時間を、楽しんではいかがですか?そんな時間は、きっとあっという間かと。……先は長いのですし」


「……」


殿下はメイシーの発言に、腕に込める力をギュッと強くしてメイシーを抱きしめて、しばらくそのまま動かなくなった。


「殿下……?」


殿下の顔を覗こうと、メイシーが少し振り向くと、真っ赤な顔の殿下が見えて、思わずメイシーは殿下の腕をほどいて、体ごと振り返り、まじまじと殿下の顔を見つめた。



(殿下が照れてる……?)


「……なぜ其方は、こんな時にいきなり私を年下扱いするんだ」


「えっ、そんなつもりは…」


「想像してしまった。十年後も二十年後も、其方が私の隣で笑っている姿を。其方がそうやって何の飾り気もなく、ごく自然に私に将来を誓うようなことを言うから、愛おしすぎて胸がいっぱいになった……」


「ふふ」


「私に男としての余裕が足りないのを、其方は何でもないことのように、そうやって優しくリードしてくれる。私はこの先もずっと、其方には敵わないのだろうな」


「殿下……」


殿下はとろけるような瞳でメイシーに顔を近づけてキスをした。

触れるだけのキスが何度も交されて、それが次第に求め合うような口づけに変わった。


寝台にもつれ込むようにして、二人はしばらく口づけに夢中になっていたが、殿下は不意に動きを止めてメイシーと目を合わせた。


メイシーは殿下のエメラルドグリーンの瞳に囚われるような感覚になった。



「……其方を抱きたい」


「……」


「拒否してくれ。でないと……」


殿下は熱のこもった瞳で、切なげにメイシーを見つめていた。


メイシーは、殿下の頬に手を添えて、じっと殿下の瞳を見つめると、こう呟いた。



「……そうやって、思う存分誘惑して、私に理性を全部委ねて丸投げするのはやめてくださいませ。もうそろそろ、私だって負担ですわ」


メイシーはそう言って、ムッとして口をとがらせた。

殿下は目を丸くして驚き、メイシーの手に自分の手を重ね、ゆっくりと下ろすと、指先に軽くキスをした。



「もう、だから、やめてくださいってば」


「どうしたらいいんだ。メイシーが愛らしすぎて、触れずにはいられない」


「も、もう…!」


メイシーは赤面して、殿下の胸をぐいっと押して起き上がり、少々憤った様子でこう言った。



「殿下の言葉は…どれも全部甘すぎて、私……おかしくなるのです。何だか、自分がどんどん変わるみたいで、その速さについていけません」


(そのうち殿下しか見えなくなりそう)


メイシーはそんな自分の思考に、自分自身で恥ずかしくなり、頭を振った。



「と、とにかく、私、殿下の寝室に、こう何度も来てしまうのは良くない気がします。……私、そろそろお(いとま)しますわ。学園で煉瓦やポラロイドカメラを作りたいですし、ビデオの改良もあるんです。することは沢山あるのです」


メイシーがそう言って、赤い顔のままベッドの縁から立ち上がると、殿下はメイシーを見つめてこう言った。



「其方は、自分の言葉のほうが、どれだけ私をかき乱しているのか分かっていない」


「そんなことは…」


「まぁ、いい。今日のところは逃がしてやる。そのうち其方は私のものになると実感できただけでも、ほんの少しは進展だ」


そう言って殿下は立ち上がると、メイシーに手を差し出した。



「さて、実験室でもどこへでも、連れて行ってやろう。……其方のお望みのままに」



殿下は、メイシーの手に恭しく口づけを落とすと、そのままメイシーを抱きしめて転移の魔術を行使した。



ちょっと体調を崩してしまい、しばらくお休みさせていただきます。すみませんがよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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