たしなみ2-41
メイシーはその日、土の魔術での住宅の建設に取り組もうと、平民街にやって来ていた。
土の魔術の使い手が一堂に会し、区画整理されたところに、住宅や公衆トイレを建てるのだ。
この日は朝から貴族たちがズラリと並んで先生方からの説明を受けていた。
メイシーはドメル先生から、モーリシャス先生やドメル先生やハイド先生などの教授陣のもとに居るようにと言われたのだが、少々居心地が悪い気持ちだった。
(普通に考えて、教えを請う立場なのに、なぜ私はここに居るのかしら……?)
メイシーは貴族たちの中にヨゼフ様や学生たち、そしてミッティ先生やヒューバート先生までいるのを見て、ますます自分は場違いだと思い、萎縮した。
そんなメイシーはさて置き、モーリシャス先生がお手本として、図面から一棟の家を建てるところを見せてくれた。
「土の神オメテオトルに告ぐ。図面の通りに家を建てよ」
地面からスーッと壁が生えて、階段や部屋を形作りながら2階建ての小さな家を作り上げた。
そしてそれを皮切りに、ドメル先生やハイド先生が、一つの区画の中に、数十棟の家と公衆トイレを建てて、あっという間に区画を完成させた。
(すごい!さすが本職(?))
メイシーは図面からきちんと立体に形成された家を見て、思わず拍手してしまった。
他の貴族たちも同じようで、周囲から自然と拍手が湧き上がった。
「これと全く同じものを、この赤い旗を立てた区画に造成していく。魔力の多寡により強度に支障がある場合が考えられるため、主に高位の貴族が建物を作ってくれ。まずは建物の中を見て感覚を得てほしい。
中級・下級貴族は道路に土の魔術を行使し、馬車が通りやすいように固めていく」
モーリシャス先生の指示に、貴族たちがそれぞれに分かれて作業を開始した。
メイシーのもとにはドメル先生がやって来て、指示を出してくれた。
「メイシー・マクレーガンには、学校を建ててもらう。とりあえず計画に従って二校建てるので、この計画図の場所まで行くとしよう」
「オレも行っていいか?」
メイシー達のもとに、ハイド先生がやってきた。
「マージーが?では私がこちらに残って貴族たちを指導するとしよう。学校の図面は大体君の意見でモーリシャスが引いたものだから、君の土の魔術でどうにか建てられるな?メイシー・マクレーガン」
「はい。やってみます。もし失敗しても、砂に戻して何度でもやり直せば良いですものね。先生方のように一度でできるかは分かりませんが、挑戦します!」
メイシーは両手を拳にして、ふん!と意気込んだ。
ハイド先生は相変わらずフードを被って表情は見えず、無言でメイシーを見ていた。
学校は、西側の南部、中央部に二か所建てる計画だ。
北部には商業区が設けられるため、生活圏が限られるためだ。
ドメル先生達と別れ、メイシーとハイド先生は南部の計画地に徒歩で移動した。
「昨日は返事ができずにいたが、君のポラロイドカメラという魔術具は面白そうだ。オレが闇の魔術を込めればすぐに実現しそうなのか?」
ハイド先生がメイシーに尋ねた。
「大体の機構はできておりますので、少しお時間をいただければ。あと何度か試行錯誤すれば、作れるのではと思っています」
「そうか……」
ハイド先生は、歩きながら、メイシーの答えに思案している様子だ。
しばらく無言で歩いていると、学校の建設予定地に到着した。
一つの区画を丸ごと使うことにして、運動場に校舎、そして校舎には給食室まで作る予定なのだ。
(記憶の中の小学校のイメージなのよね)
メイシーが、土地を前にして、図面をぼんやり眺めていると、ハイド先生が声をかけた。
「……ちゃんと眠れているか?」
先生は、メイシーが昼間に土の魔術を思い切り行使しているにも関わらず、ポラロイドカメラを製作していることを、心配してくれたようだ。
「……大丈夫です。製作が楽しくて、つい夜遅くまでやってしまいますが、ちゃんと睡眠は取っています」
メイシーは、ハイド先生ににこりと微笑んで見せた。
ハイド先生は、そんなメイシーの表情に、口を引き結び、無言になった。
「君の侍女に、過去を忘れられる魔術具はないのかと聞かれた。……余計なお世話だとは思うが、オレは君が心配だ」
「まぁ、ノアが?……そう。そうですか。ノアが私を心配しているのは分かっていましたが、そんなことを先生に……。ご心配おかけして、すみませんでした」
メイシーは、ペコリと頭を下げた。
「過去の特定の箇所だけを狙って消すような魔術具や薬剤はまだ無い。が、過去を思い出しづらくさせる薬なら、存在する。
……君がもし必要とするなら、うちの屋敷に取りに来るといい」
メイシーは、首を横に振った。
「今回のことは、私自身への戒めとして、忘れてはならないと思っています。
……私は、自分の利便性や快適さを求めて魔術具を開発していますが、そのことで、必ずしも全員が幸せになるのではないのだと、身をもって知りました。
きっと私はこれからも魔術具を作り続けますが、その度に自問自答することを忘れないようにしたいと思います」
メイシーの答えに、ハイド先生は無言でメイシーを見つめた。
そして、しばらく間を置いて、ハイド先生が口を開いた。
「……もどかしいな。もっと周りを頼って、甘えて、泣き喚くような普通の子供なら、君をもう少し構ってやれただろうに。君の理性が強すぎて、そんな隙が無いのが、今とても残念だ」
先生は、そう言って口元に微笑を浮かべた。
メイシーは、その言葉の意味に、少し含みを感じてしまい、何となく恥ずかしい気持ちになった。
(ただ、生徒をなぐさめようとしてくださったのよね。何を考えたんだか、私ったら。)
「ハイド先生にはいつもお世話になっておりますわ。これ以上ご迷惑をおかけしては、さすがにお返しするものがなくなってしまいます」
「何を言うんだ。コレ以上のお返しなど不要だ」
そう言って、ハイド先生はちょんちょん、とローブを指差した。
「さて、学校を建てるとしよう。君の設計図だと、一階の南側に調理場、それから玄関と靴箱?靴を履き替えるのか……?そして職員室に保健室、トイレ。二階と三階に教室を作るんだな」
ハイド先生は、メイシーの図面をスッと手に取り、じっくり眺めながら土の魔術で地面に基礎となる土壁を小さく出した。
ハイド先生が普通に作業に入ったので、メイシーは、若干先程のことを意識してしまいそうになる気持ちに喝を入れるため、パンパンと自分の頬を両手で叩いた。
(喝よ!喝!!)
すると、隣のハイド先生がびっくりしてメイシーの手を掴み、メイシーの奇行を止めさせた。
「何をしているんだ。顔に傷でも付いたらどうする」
「止めないでください!私には今、喝が必要なのです!」
「……頬が真っ赤だぞ。馬鹿なことを」
見かねたハイド先生は、メイシーの顔に光の魔術を行使してくれた。
「光の神テクシステカトルに告ぐ。彼女を癒やせ」
先生の詠唱で、メイシーに光の粒が降りかかり、叩いて赤くなった頬の腫れは引いていった。
メイシーは、頬をさすりながらハイド先生にお礼を言った。
「ありがとうございます……ハイド先生」
「なぜ君は突拍子もない行動ばかり……。まだ頬が赤いが、もっと光の魔術が必要か?」
ハイド先生の指摘に、メイシーは頬をギュッとつねって、全力で固辞した。
「だいりょうぶれふ!」
「……だから、奇行をやめろと」
「学校を建てましょう!今すぐに!」
メイシーは、先生が付けてくれた基礎となる土壁のほうへ走っていった。
メイシー達が学校建設の二階部分が終わったところで、思念の指輪に連絡が入った。
「メイシー、私だ」
「其方は平民街にいると聞いた」
「私もそちらで建設を手伝っていいか?」
突然の殿下の声に、メイシーはびっくりして文字通り飛び上がった。
ぴょんぴょん飛んでいるメイシーを見て、またハイド先生が「奇行か……?」と呟いているが、メイシーは思念の指輪を口元に近づけ、すぐに返事を送った。
「おかえりなさいませ、殿下。もちろんです!助かります!先生方も一緒です」
メイシーのその言葉に、ハイド先生が口を開いた。
「殿下はもう帰ってこられたのか。まだあれから二週間ほどだが、隣国からかなりの早さで戻られたんだな」
「私も驚きました。母からは三週間は帰られないと聞いておりましたので」
ハイド先生とそんな会話をしていると、転移の気配がした。
ぐにゃりと景色が歪み、その歪みが消えると同時に、殿下の姿がそこにあった。
「殿下!」
「メイシー」
メイシーは、思わず駆け出しそうになったが、隣にハイド先生が居ることを思い出し、その場でカーテシーをした。
ハイド先生も、学園の外なので、殿下にお辞儀をしている。
殿下はハイド先生の姿を見ると、眉間にシワを寄せて近づいてきた。
「これは殿下。遠路はさぞ大変だったでしょう。お早いお戻りだことで」
「馬を飛ばしてきた。色々と心配したのでな。色々と。」
「分かりますよ。貴方のご心痛はいかほどかと」
ハイド先生はそう言うと、校舎の残りの部分を造成すると言って、一人で移動していった。
「殿下、会いに来てくださってありがとうございます」
メイシーはにこにこして殿下に近づいた。
「……なぜあの男と二人で居たんだ」
殿下はものすごく不機嫌な様子で、メイシーを見つめている。
「そ、その……この建物に移動する前は、ドメル先生やモーリシャス先生もいました」
メイシーは、殿下の様子に困惑し、先程のことを思い出して少し頬を赤くしつつも、必死で理由を伝えてみた。
殿下はメイシーの表情の変化を見ると、纏う空気を一層冷たくした。
「あのローブは其方が作ったものだな。……彼は特別ということか?」
「えっ、そ、それは、あの……。普段のお礼を兼ねたものでして」
殿下は無言でメイシーを見つめた。エメラルドグリーンの瞳には、冷たい炎が立ち昇っている気配がした。
殿下はしばらくした後、メイシーの腕を強く引いて胸に収めると、無言のまま転移の魔術を行使した。
二人は白の離宮の殿下の部屋の中に転移した。
メイシーは殿下の腕の中から頭を上げて恐る恐る殿下を見上げた。
「……怒っているのですか?」
「……」
「先生は、私のことを心配してくださったのです……だから、何も、殿下の想像するようなことは……」
「では、なぜ先程顔を赤くした」
「……それは、その。私の勝手な思い違いです。先生が、私に好意を持っているのかと勘違いしまして。……多分、弱っているところを指摘されたからです。先生は、多分生徒として私のことを心配してくださっています」
殿下はハッとしてメイシーを見つめると、メイシーの両肩に手を置き、顔を伏せた。
「……悪かった」
殿下はそう言って顔を上げ、悲しそうな表情でメイシーを見つめた。
メイシーは、口元をキュッと引き結んで無理やり口角を上げて、こう言った。
「殿下……。私、今回は少し頑張ったのですよ」
「ああ」
「でも、ちょっと、何かしていないといられなくて。昼も夜も、できるだけ作業や製作や、何かに没頭していました」
「……其方の側に居なくてすまなかった。本当に、悪かった」
殿下はたまらず、メイシーをギュッと抱きしめ、謝罪した。
メイシーは殿下の腕の中でふるふると頭を振った。
「頑張ったと、褒めてください」
メイシーは顔を上げて、殿下の顔を覗き込んだ。
自分では精一杯笑っている表情だと思ったのだが、殿下はメイシーの顔を見て、一層辛そうな顔になり、メイシーの頬に手で触れた。
殿下はメイシーの頬を伝う涙を掬った。
メイシーは自分で気づかぬうちに泣いていた。
そして、気づいた途端、涙が次から次に溢れ出し、すぐに視界が滲んで見えなくなった。
「で、殿下っ……!うっ、うっ、……私の、せい、で、ひと、が、しに、まし、た……」
「其方のせいではない…!」
「で、でも、めの、まえ、で」
「思い出すな」
殿下はメイシーのことを抱きしめて、メイシーが嗚咽混じりに呟く言葉に、必死に慰めてくれた。
「ばく、はつ、で、くろく、なって…」
「それ以上言わなくていい。其方は何も悪くない。悪いのは奴らだ。私も、皆も、全員そう思っている」
「それで、も、つら、い……です」
「……其方のその辛さは、私が背負うべきものだ。其方は全部放り出せ。お願いだから、そんなに自分を責めないでくれ」
殿下はポロポロと涙を流すメイシーの頬や目の上にキスをして、メイシーをギュッと抱きしめ続けた。
メイシーは、殿下に抱きしめられて、ようやくこれまで溜め込んでいた気持ちを吐き出せたことに、自分でも驚いた。
(こんなつもりじゃ、なかったのに)
メイシーは、殿下にギュッとしがみつくようにして、泣き続けた。




