SIDE: ジョイス4
ジョイスは陛下の話を聞き終えて、陛下を哀れに思った。
父親を殺され、その本当の理由は決して公にはされず、たった10歳で敵に囲まれて傀儡の王にされた。
死んだ父親の間違った選択により犠牲者が生まれ、その犠牲者一族は、また別の悪事に手を染めた。
規範となる大人はおらず、一人宮中で耐え、やがて結婚した相手とも、分かりあえず、決裂したまま、二度と歩み寄る機会を失ってしまった。
「……貴方の話が本当だとしたら、貴方は気の毒だと思う。しかし、もっと母上と話をすれば、違う結果になった気はしますが」
ジョイスは陛下にそう言った。
ただ、そうは言っても、母上が短慮だとも思った。
母上本人から話を聞けないので、もう判断のしようもないが。
「……マクレーガン侯に、お前ともっと話す機会を作れと言われた」
陛下は片膝を立て、その上に腕を置き、くだけた体勢でそう言った。
「私は母上の代わりではありません」
「そんなもの、分かってる」
「私と話すと言っても、何を?……貴方はどうしたいのですか?」
ジョイスは、陛下が常に自分とは距離を置き、貴族派の者たちを尊重しているとさえ思っていた。
今の話を聞き、それは半分本当で、半分は本意ではないということも理解できた。
(そして、これからどうするのかだ)
陛下の本心はどこにあるのか、口にして教えてほしいと思った。
「……マクレーガン侯には、貴族派の悪事を詳らかにしたあとは、帝位を降りたいと話した」
「……」
「だが、彼には、お前のことを思うなら、1日でも長く皇帝でいろと、叱責された」
その言葉に、ジョイスは片眉を上げた。
「私は人の悪意や憎悪にさらされるのは、もう疲れた。正直、皇帝の位に、未練などこれっぽっちもない。……だが、侯爵の言葉は、引っかかった。
大して面白くもないこれまでの人生で、一番幸せを感じたのは……お前が生まれてきた時だからな」
陛下は…父上は、そう言ってジョイスを見つめて笑った。
ジョイスは面食らった。
そんなこと、今まで言われたことがないように感じたからだ。
(……いや、昔は確かに、父上に懐いていた時もあったかもしれない。父上は、とっくに私のことを見限り、距離を置いていると思っていたが、それは私の思い込みだったのか?)
メイシーに初めて引き合わせたあの日、メイシーは『親の愛情』などという言葉を口にしていたが、ジョイスには、全く心当たりはなかった。
今の父上の言葉は、ジョイスにとって青天の霹靂だった。
「子供など、可愛がる予定は全く無かったんだが、お前は見ているだけで面白い存在だったよ」
「……犬や猫のように愛でていただけでは?」
「犬や猫?分かってないな。お前は喋るだろう。カトリーヌの面差しで、私の色の瞳をして。お前が『ちちうえ』と、初めて喋った時のことは、忘れられん」
「……」
「試練を経て、私も自分の父を恐ろしく思った。それに、もうその頃には聖下に妄信的に従う父のことを、嫌悪していたからな。私もきっと、子供に好かれるような人間にはならんと、諦めていたんだが…」
父上はジョイスを見つめてこう言った。
「ワナンと、侯爵と、そしてお前と。皆でここから、帝国を盛り立てていきたい。立派な皇帝には程遠いが、自分の息子に、多少は格好のつくところを見せねばならん」
父上はそう言って、ニッと笑った。
そして、ゆっくりと立ち上がり、ジョイスに手を伸ばした。
「帰るとしよう。子供はもう寝る時間だ」
ジョイスは、照れたような、泣きたいような、よく分からない表情になり、顔を見られたくなくて、陛下にそっぽを向き、手だけを差し出した。陛下はジョイスの手を握り、力強く引き上げてジョイスを立ち上がらせた。
「今更、子供扱いはやめていただきたい」
「幼い頃のお前が、つい頭をよぎるからな」
そんな会話をして、二人は白の離宮まで転移した。
「ゆっくり休め。その後は力を貸してくれ」
「もちろんです。……父上」
父上はジョイスに微笑むと、頭にポンと手を置いて、去っていった。
ジョイスは白の離宮に入り、自室まで戻ると、どっと疲れが押し寄せ、寝台に倒れ込むようにして眠った。
その夜は、とても懐かしい夢を見た気がする。
結局、ジョイスは丸ニ日眠った。
寝不足と魔力使用過多、そして長距離を単騎で駆けてきた疲労が、一気に襲いかかってきたからだった。
目覚めたジョイスは、最初にマクレーガン侯に連絡を取った。
今どんな状況で、何を計画し、何が処理できていないのか、かいつまんで把握したかったからだ。
手紙を送ると、返事が来た。
「殿下がお戻りとのこと、陛下より伺っております。
グレン殿はまだ1、2日ほどかかるとの報せがありましたので、貴方は相当飛ばしてお戻りだったのでしょう。
お疲れでしょうから、まだ休んでいて下さって結構ですよ。
執務は私とオルドリッジ公が宰相、魔術長官となり、復興建設作業を中心に、南部からの食料の輸送や、魔術や魔石からの市民のための水の確保、治安対策など、きわめて順調に進めております。
そうそう。
うちのメイシーが、マージー卿といい雰囲気になりそうですから、くれぐれも邪魔立てして下さりませんよう。
レナルド・マクレーガン」
ジョイスは、手紙を見て片手でグシャッと紙を潰した。
「あの男、やはりメイシーに気があるのか」
ジョイスは眉間にシワを寄せ、不機嫌な表情で階下に降りると、湯殿に入り、身支度をした。
そして、ムカムカしながら陛下の執務室前に転移した。
「陛下。ジョイスです」
「入れ」
執務室では、裁可のための書類の山を前に、眼鏡を掛けた陛下が、執務机で書類に目を通していた。
「体調は戻ったのか?」
陛下は顔を上げてジョイスの顔色を確認した。
「はい。元通りです。ご心配をおかけしました。
……二日前、王都に戻った際、平民街の様子を確認しました。西側が区画整理されているようでしたので、土の魔術で家を建てるのでしょうか。でしたら私も建設作業に参加します」
「ああ。お前が行けば建設は捗るだろう。
……メイシー嬢も、多分今はそちらに居るはずだ」
陛下はそう言って、フッと笑った。
「そうですか。マクレーガン侯は?」
「彼ならこの時間は、市民に水の魔術で水を出してやっていると思う」
「なるほど。有益な情報ありがとうございます。宰相殿が腰を抜かすくらい、家を建てて参ります」
そう言ってジョイスは礼をすると、執務室をあとにした。
そして、王宮の外へ向かいながら、思念の指輪でメイシーに連絡を取った。
「メイシー、私だ」
「其方は平民街にいると聞いた」
「私もそちらで建設を手伝っていいか?」
すると、メイシーからすぐに返事が来た。
「おかえりなさいませ、殿下」
「もちろんです!助かります」
「先生方も一緒です」
最初の2つのメイシーの返事に、ジョイスは心が躍るような気分になったが、最後の一言に、何か嫌な予感を感じた。
「先生方?」
私が見張っていないと、すぐこれだ。
メナージュ家のあの男は最初から分かりやすく気に食わなかったが、マージー教授は正直予想外に出てきた強敵だった。
(多少年上だが、それがまた余裕のある雰囲気で、教授という職業柄、頼りにしやすいし、メイシーから見れば接しやすいのかもしれない…)
ジョイスは想像して、悶々とした。
(遺跡では、見当違いな内容ではあったが、一応私の身を案じて、さらにメイシーのことも心配していたしな…。彼は割合、紳士的だった。レナルドも、多分そういうところを気に入っているんだろう)
思い出して、さらに嫌になった。
「全く油断も隙もない……」
ジョイスは眉間にシワを寄せたまま、メイシーのもとへ転移した。




