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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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91/119

SIDE: ジョイス1


ジョイスは、隣国で、歓待を受けている最中に、必死の形相でジョイスのもとに駆けつけた騎士から伝令を受け取った。


騎士の様子からも、内容がただ事ではないことは明らかだった。


ジョイスは外務官や外務長官たちを残し、グレンを連れて宴席をあとにし、庭に繋がる廊下に出て人気のない場所へ着くと、封蝋に玉璽(ぎょくじ)が押印された手紙を開いた。



「前宰相と前魔術長官が平民街で闇の魔術具を使って騒動を起こし、平民の一部は錯乱し、平民街は火災で西側が焼け落ちた。


奴らは貴族派の復権をもくろみ、マクレーガン侯爵に罪を着せようとしたが、メイシー嬢がハルガンディ卿やマージー卿と協力し、証拠を押さえて目論見を阻止した。


悪事を暴露され、気が触れたグリュイエールは、私とメイシー嬢の目の前で爆死した。

その場にいた者は、奴以外無事だ。

マヴァンは王都の外へ逃げたが、メイシー嬢の風の魔術具で奴を発見し、捕縛したので、これから更に事件が起きることはない。

だが、平民街の復旧には時間を要する。




アレキサンド・ゼメルギアス」




ジョイスは手紙を開いた瞬間から魔力を立ち上らせていたが、メイシーの目の前で爆死、という文字を見て、怒りで頭が沸騰しそうになった。ジョイスの感情の高ぶりと共に、周囲がゴゴゴ……と地鳴りのような音を立てて小刻みに揺れ始めた。



「殿下、駄目です。抑えて下さい。ここはゼメルギアス帝国ではありません」


グレンが真剣な表情でジョイスの両肩に手を置き、ジョイスと視線を合わせた。


城からは、「なんだ!?」「地震か?」と騒いで外へ出てくる者が居たが、グレンは構わずジョイスと視線を合わせ続けた。



「貴方が落ち着かなければ、次の行動に遅れを来します。怒りを鎮めて」


グレンの言葉に、ジョイスは徐々に視界を取り戻して目を閉じた。

そして再び瞳を開けると、冷静さを取り戻して口を開いた。



「………ここを出て国に戻る。供にはお前と騎士を数人だけ連れる。外務官たちに後のことを任せて、私は一刻も早く王都に行かねばならない」


ジョイスはグレンに手紙を渡すと、急いで宴席に戻った。


隣国の宴席は、主賓が戻ったことに拍手で湧いたが、ジョイスの表情が固く、もう一人の主賓である隣国の王に物言いたげに視線を送る様子があると、皆一様に鳴りを潜めた。



「ジョイス皇太子殿下。一体どうなされた?」


王は静まり返った中で、よく通る声でジョイスに尋ねた。

暑い季節の長いこの国では、王の正装といえども、腕や胸など、肌の露出が多い。

そしてこの国では、もてなしの席は地面に分厚い敷物を敷き、あぐらをかいて座るスタイルで催される。

砂漠の中の宮殿では、肌を露出させた女が踊り、男たちも豪快に笑いながら次々と酒を酌み交わす。

この何とも野性的なもてなし方が、この国の最上級の歓待なのだ。


シャラリと金の耳飾りを揺らしながら、壮年の王は周りの者に目配せし、退席を促した。


かなり強い酒を煽っていたはずの宴席の者たちは、皆一滴も飲んでいないかのように立ち上がると、素早くその場をあとにした。


この場には、隣国の王とその娘の王女、そしてジョイスとグレンのほか外務長官と外務官が五名残り、ジョイスの言葉を待っている。



「王よ。度重なる無礼に申し訳無い気持ちではあるが、火急の知らせを受け、私はすぐに国に戻らねばならなくなった」


「なに?延期に延期を重ね、ようやく貴殿が我が国に来たというのに、もう帰国?……それは、なんと」


王は目を丸くしたあと、眉間のシワを深くして、黒い口髭を触ると不愉快そうに言葉を切った。



「ご不快は承知の上だ。落ち着いたら、詫びの品をお送りしよう」


「……理由は?言えぬのか?」


隣国の王は少々苛立った様子でジョイスに問い詰めた。


ジョイスはそんな王の態度にも譲ることなく、淡々とした口調でこう言った。



「私が諸国から再三訪問を求められていることはご存知だろう?今や帝国は好況に沸く王都を中心に、新しい技術を生み出し、世に普及させる、最も魅力ある国になった。

私は、貴方が他とは違う賢明な王だと思い、今回の話を進めたのだ。……いらぬ詮索は身を滅ぼす」



ジョイスの言葉に、王は苦い表情で押し黙った。


しかし諦めきれない様子で立ち上がり、隣に座る娘を立たせて、ジョイスの前に進ませた。



「皇太子、うちの娘を嫁にしてくれ。正妃とは言わない。側妃で構わん。何度か閨に上げれば、良い娘だと思えるはずだ」


王は、今回の訪問で既成事実でも作ってしまえばと考えていたのを、ジョイスに(ことごと)くふいにされ、さらに帰国を早めるとまで言われ、ヤケにでもなったのか、娘を強引に勧めてきた。


王女の方は、褐色の肌を惜しげもなく晒し、教えられたとおりにジョイスにすり寄ろうと、妖艶な笑みを浮かべて近づいた。


ジョイスは王女に目もくれず、冷たいエメラルドの瞳で王を射抜いた。



「極上の蜜をたたえた、この世で一番美しい花がすぐそばにあるのに、他の花に興味を持ちようもない」


ジョイスはそう言って体を翻し、出口に向かって大股で歩き出した。

王は、ハッとしてジョイスの背に声をかけた。


「ま、待ってくれ!」


「時間が惜しいんだ。あとのことは、外務長官たちに頼むことにする。では、失礼」


ジョイスは王の言葉に立ち止まることなく、まっすぐに部屋を出て、厩舎に移動した。


王宮から連れてきた馬たちが、そろそろ休もうとしているところに飛び込み、ジョイス自ら(あぶみ)や手綱を取り付け始めた。


グレンはジョイスとは宴会場の前で分かれ、客室へ行ってジョイスの荷物をまとめ、厩舎にやって来た。



「殿下。外務長官には事態を知らせる手紙を騎士に託してあります。王宮にも殿下が帰国すると書いた書簡を伝令役に運ばせました。それから、先に早馬で、中継地点になりそうな場所に少しでも先回りして馬の準備ができるように、騎士を3名出しました」


「よくやったグレン。多少砂に足を取られるだろうが、砂漠は今夜中に抜ける。お前も騎乗して出来る限りついて来い。水の魔術を使える騎士を従えて、お前に付けるようにしよう」


「先程すでに水の魔術と土の魔術を使える騎士に声をかけています。……ほら、来ました」


グレンはテキパキと方方(ほうぼう)を駆け回って必要な物や人を適切に集めたようだ。

ジョイスが隣国の王と話している時間に、やるべき仕事を全て片付けてくれたグレンに、今は思いっきり褒めてやりたい気分になった。



「さすが優秀な側近だ」


「王都についたら休暇を下さいね。私だって彼女が心配ですし」



グレンの言葉に、一瞬ジョイスは目を丸くした。



「いつの間に女ができたんだ?」


「私には私の人生がありますから」



無駄口を叩くうちに、グレンはさっさと自分が乗る馬の支度を済ませ、ジョイスの馬にも荷袋を掛けると、騎士たちと共に各々騎乗した。


グレンは、馬の上で黒い大きな布を広げて自分の頭に巻きつけ、目だけを出し、隣国の盗賊のような風貌になった。

騎士たちも砂を防ぐために頭を布で覆った。


「砂漠を抜けるまでは共に駆けるが、その後私の姿が見えなくなっても、其方らは出来る限り早く駆けることで構わん。馬を休める必要があれば、自分らで判断してその場にとどまれ。指輪か、範囲外なら手紙でやり取りをしよう。中継地に伝令役を置いたと手紙に書いてあったからな。その者らを使えば何とか連絡は取れるだろう」


「「はっ!」」


騎士たち四名は、グレンに付く形で隊列を組んだ。

ジョイスが馬を蹴り、走らせた。




夜の砂漠は、月明かりに照らされて視界は良好だった。

今夜は風もない。


影に入らぬように、丘陵の稜線を辿るように、馬を走らせた。


馬は暑さですぐに水を飲みたがったので、先を急ぐジョイスは焦れたが、砂漠を抜けた先では駱駝(らくだ)よりも馬が必要になるため、根気強く何度も止まって水の魔術を行使して、騎士たちやグレンの馬にも水を出した。


そのようにして数時間西へ移動すると、砂漠が終わり、草がちらほら地面に生え、岩の塊が転がる斜面にやって来た。



「そろそろ砂に足を取られることもなくなる。この岩山を越えれば、砂漠を抜ける。あと一息だ」



ジョイスの言葉に、一同は頷き、夜明け前の暗闇の中を移動した。

途中で魔獣の気配を感じたものの、寝ているのかこちらを襲ってくるものはほとんどなく、一行は順調に岩山を登っていった。


岩山を下りしばらく進むと、硬い岩盤と、その隙間から生える棘のある植物が群生する場所に入った。

夜明け近くになり、辺りが薄明るくなるにつれ、景色がはっきりと分かり、進行方向には平原や森が見えてきた。


岩場を抜けて平原に降り立つと、ジョイスは馬を止め、グレンや騎士たちに振り返った。



「私はここからは先を行く。お前たちは無理について来ようとせず、グレンを守りながら帝国を目指してくれ」


そう言って、ジョイスは光の魔術を馬も含めて全員に行使した。



「殿下。貴方が強いことは知っていますが、一人で無茶をしないで下さいね。私もできるだけ貴方の側を離れないようにしますが、王都の惨状に、また我を忘れるなんてことが無いように、くれぐれも自戒下さいよ」


「分かっている。お前の小言は一度聞けば十分だ」


グレンは顔を覆う布を取った。

いつもは掛けているはずの眼鏡は今は無く、遮るものなしにジョイスを見つめた。



「いつも言っていますが、陛下のことが理解できなくても、あの方にはあの方なりの考えがあるんです。尊重する気持ちは大事ですよ。決して怒りに任せて取り返しのつかないことはなさりませんように」


「さあな。とうとう私も堪忍袋の緒が切れるかもしれん」



ジョイスは心配そうに見つめるグレンにそう言うと、馬の向きを変え、西に向かって駆け出した。


グレンや騎士たちもそれに続いた。



しかし連れ立って並走したのもつかの間、ジョイスは馬に風の魔術を行使して、まるで飛ぶように平原を駆け始めた。


心なしか馬は楽しそうに、タン、タン、と平原を駆っているように見えた。


ジョイスはあっという間に平原を抜け、森に入ると、剣を構えて戦いに備えた。



「後ろの者たちのためにも、高位の魔獣を狩っておいてやろう。準備はいいか?」


ジョイスは不敵に笑って馬に話しかけた。


速さに乗って夢中に駆ける馬を操りながら、ジョイスは目の前に現れた巨大なサラマンダーに近づき、サラマンダーに接触する直前で馬から跳躍し、サラマンダーを光の魔術を込めた刃でひと太刀に両断した。


そして、後方から近付いてきた馬を横目で見ると、ジョイスはサッと飛び移り、減速せずにその場をあとにした。



「なかなかいい連携だった」



ジョイスが馬にそう声をかけ、手綱を緩めることなく、一人と一頭は魔獣を次々と屠りながら森を疾走して行った。



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