たしなみ2-40
お父様が陛下に平民街の構想に承認を得てから、再建の方向性が固まった。同時に貴族街の土の魔術の使い手が集まり、まずは今埋まっている地中の下水道管を掘り返す作業から開始することにした。
メイシーはと言うと、区画整理の位置が分かるように、西側全域に盛り土で正方形の囲みを作っていた。
「ふぅ〜!これで全部かしら」
メイシーは西側を数百mずつ移動しながら盛り土の囲みを作った。
(地味に重労働だったわ)
数百mの範囲に土の魔術を使っていたので、近寄っては来ないものの、市民たちが遠巻きに興味深そうにメイシーの作業を眺めていた。
「お嬢様、お疲れ様でした。馬車の中にお飲み物をご用意いたしました」
ノアがメイシーに日傘を差しながら、休憩に誘ってくれた。
「嬉しいわ!喉カラカラよ。まだまだ暑いわね」
数時間の作業だったけれど、メイシーは暑さでクタクタだ。
馬車に入り、涼しい風に吹かれながら、ノアが用意してくれたレモネードを飲んで疲れを癒した。
もちろんノアも一緒だ。
二人でお菓子を食べてお喋りをした。
「ねぇ、ノア。平民街の復興作業はもちろん行うけれど、他にも手伝えることはないかしら。夜実験室でできるような、ちょっとした作業とか」
「お嬢様、あまりご無理をなさるのはいけません」
「無理はしていないわ。やりたいのよ」
メイシーは、何かに没頭したかった。
クタクタになるまで与えられた仕事をして、夜は目を瞑ればすぐに眠れるくらいに疲れたかった。
ノアにはそのメイシーの考えが分かっているようで、それ以上は言わず、ただ心配そうにメイシーを見つめた。
そんなメイシーのもとに、モーリシャス先生から手紙が届いた。
「侯爵令嬢の希望に合いそうな赤い煉瓦になる粘土をいくつか取り寄せた。
今日の午後にでも第一陣が届く。
よかったら第7研究棟に来てくれ。
大量に作るには大規模な窯で焼くのがいいと思うが、試しにサンプルを作るのもいいと思う。
第7研究棟には、大規模とはいかないが、中規模程度の窯がある。
モーリシャス・フィヴァ」
(もう取り寄せてくださったのね!すごい早さ!)
メイシーはモーリシャス先生にいつでも行けると伝え、平民街で水道管を掘り起こす作業を行いながら、先生からの連絡を待つと伝えた。
馬車から出ると、メイシーは土の魔術で下水道管を掘り起こし、道路の下を通るように並べ替えて、ゆっくりと北上していった。
モーリシャス先生から、粘土の到着の知らせを受けて、メイシーは学園へと移動した。
第7研究棟の前には、到着した粘土が、木箱に詰められて大量に積み上げられていた。
「侯爵令嬢。来たな」
「迅速に手配くださってありがとうございました、モーリシャス先生」
「粘土に混ぜる石や砂なども、数種類取り寄せた。好きなように使ってくれ」
「まぁ、ありがとうございます!住宅には瓦とタイルを作ろうと思っています。広場には、水はけの良い煉瓦を敷き詰めたいなと。色々と試させていただきますね」
大変な思いをした市民たちには申し訳ないが、メイシーにとっては、目の前の仕事に取り組めることは、ありがたいことだった。
粘土や土などを色々な配合で混ぜ、タイルの形や煉瓦の形でそれぞれ形成し、焼成前に数日乾かしておく。
それを窯に入れて、時間をかけて温度を上げながら二日かけて煉瓦を焼き、十日かけて窯を冷ましながら煉瓦を冷まし、乾燥させていく。
製法の細かな点はメイシーは覚えておらず、モーリシャス先生のほうが詳しかったので、メイシーは先生のやり方を参考にさせてもらうことにした。
(でも、それでは時間がかかりすぎるわ。西側全域のタイル・瓦・煉瓦を作るのに、昔ながらの通常のやり方では、一体どれだけ時間がかかるか……)
メイシーは、焼成・冷却・乾燥を魔術で早められないか考えた。
メイシーが第7研究棟の窯の前で思案していると、手紙の魔術の気配がした。
手紙はお父様からだった。
「隣国の殿下との連絡がようやくついた。
殿下はすぐに出国し、こちらへ帰ってくるそうだ。
伝令を早めるために、隣国までの何箇所かに伝令役を置いて、手紙の魔術を飛ばしたので、殿下からの返事は二日で受け取ったが、こちらからの伝令が殿下のもとに到着するまでに十日かかった。
なので、殿下はおそらく、どんなに早くともあと一週間ほどは帰国に時間を要すると思うが、何かこちらから伝えたいことがあれば、陛下の手紙とともに送れる。
メイシーはどうする?
父」
メイシーは手紙を読み、悩んだ。
(殿下にようやく連絡がついたのね。それは良かったけど、手紙を書くのをどうするか……)
実は何度かペンを取り、殿下に伝えたいことを考えようとしたのだ。
でもそうすると、どうしてもあの日のことを思い出さねばならず、胸が苦しくなる気がして、怖くて机に向かうのが躊躇われた。
(ここに殿下が居たらなと、何度も思ったわ)
仕方のないこととは思いつつ、メイシーは、殿下の存在に力をもらっていたのだなと、改めて実感した。
(だめ。だめよ。市民の人たちはもっと大変な目に遭った。家をなくし、傷を負い、……多分、死者も出た)
メイシーは、自分の弱さから、お父様や陛下や先生たちに、あえて被害の実情を聞かなかった。きっと皆、メイシーに黙っていてくれているのだ。
(聞けば、もっと苦しい。……申し訳ないけれど、もっと時間を置いてからではないと、耐えられない)
メイシーは、とりあえず、何種類かの配合で混ぜた粘土を、モーリシャス先生に借りた押し出し式の型に詰め込み、ところてんのようにゆっくりと押しながら、カットして台に並べた。
作業中は、考えたくないことから少し離れられた。
でも、やはり手紙にするのは怖くてできないと思い、メイシーは、今回撮り溜めたビデオを送ろうかと考えた。
そして、ふと思い出した。
(そういえば、ハイド先生をお助けしたら騎士の方たちと写真を撮ろうと、ドメル先生と話していたわね)
メイシーは、手紙を書く代わりに、皆の様子を写真に収めて、殿下に送る案も一瞬考えた。
しかし今、騎士の方たちは市民への食料を配給したり、治安が悪化しないように見回りをしたり、日々忙殺されている。
(やっぱりこんな状況を写真に……なんて、無理よね。撮り溜めたビデオも、ずっと殺伐としているし、殿下をかえって不安にさせるだけだわ。やっぱり残念だけど、私から何かを送るのはやめておこう……。撮るならもっと、明るい写真やビデオがいいわ)
それに、写真を撮るとなると、ハイド先生をあちこち連れ回すことになるのも、気が引けた。
(うーん…先生を連れ回さなくてもいいような何かを……。あっ、ポラロイドカメラを何とか作れないかしら。光の魔術は自分でなんとかなるし、あとは現像のための闇の魔術をハイド先生に事前に込めてもらえば。うまくいけば、その場で小さい写真なら撮れるんじゃないかなぁ)
メイシーは、できるところまでの煉瓦製作を終えて、一度自分の実験室へと移動することにした。
実験室に到着すると、メイシーはお父様に手紙の返事を書き、今回は手紙を送るのをやめておきたいと伝えた。
そして、ポラロイドの製作について考えた。
(ポラロイドは、確かカメラの中にフィルムと、現像のための処理剤が入っているのよね。そして、シャッターを押したら、フィルムに光が当たって、ローラーが回りながら紙を押し出して、処理剤の入った袋を破りながら出てくるの。大雑把だけど、確かそういう構造だったと思う)
メイシーは、カリカリとペンで構造を描いてみた。
(土の魔術で作った箱の中に、光の魔術を当てた紙を入れておいて、シャッター代わりの土の魔術の行使と同時にローラーが回る機構を作って、紙を押し出しつつ、闇の魔術入りのクラーケン素材の袋を破らせて出てくる…)
とても調整が難しそうだが、頑張ればやれないこともなさそうだ。
メイシーは、さっそくハイド先生に、闇の魔術を込めてもらいたい物があると、お願いの手紙を出すことにした。
「ハイド先生、先日は私を自宅まで送り届けてくださり、ありがとうございました。
平民街の作業で先生にお会いする機会があるかと思っておりましたが、残念なことに先生にお目にかかれず、お礼をお伝えするのが遅れましたこと、ご容赦ください。
さて、私はというと、先生のカメラを発展させて、ポラロイドカメラという、暗室なしでその場で紙を出して現像写真を確認できる機構を実現したいと思っております。
さしあたり、先生に闇の魔術を込めていただきたい部分がございます。
急ぎではないので、いつでも構いません。
お手すきの際に第1研究棟にお寄りいただければ幸いです。
メイシー・マクレーガン」
出した手紙にはすぐに返事は来ず、メイシーは闇の魔術を使う部分以外のパーツを作り、寮の部屋に帰ることにした。




