たしなみ2-39
都市設計などと言えば難しい感じがするが、メイシーからしてみれば、住む人が暮らしやすく、訪れる人が思わず憧れるような素敵な街の条件を、思いつく限り好きに話して良い、くらいの雰囲気で捉えている。
(自分で1から街を創る機会なんて、多分ほとんどの人が経験しないわ!こんな面白いこと、参加しない手は無い!)
メイシーは、文化祭で好きに店を開いたり、設営を考えたりする感覚で、カバンからメモを取り出し、絵を描きながら説明を始めた。
「まず、道は碁盤の目状……縦横が垂直に交わるような通し方にして、区画をきっちり四角にして整え、馬車は一定の道幅の道路を通れるよう配慮します」
「ほぉ。まるでチェスの盤上じゃな。たしかにこれなら、防災の点からも防衛上からも、位置の把握がしやすく、管理が容易だ。今までは中央大通りだけが馬車に適した道だったが、この設計なら隅々まで馬車が通れるな」
オーディン先生がメイシーのイラストを覗き込んで感想を口にした。
「商業区などで広さが必要な場所は、こうして格子1つ分ではなく、いくつか使ってスペースを確保することも考えられるかと思います」
「平民街は、かつては貴族街のみが王都だったところに、南に平民が住み着いて、少しずつ拡張していったのが経緯だから、本当に統一感がない作りだった…。今回一気に作り替えれば、見違えるような美しい街になりそうだ」
お父様も興味深そうにメイシーの案を検討している。
「下水道管は道路の下を通すようにします。これまでも、道路の下を通すようにはしていたのですが、公衆トイレと住宅密集地の位置関係が悪く、下水管がかなり迂回する形で地中を通る箇所がありました。区画整理でこれが解消されれば、下水管の詰まる原因を少なくできます」
モーリシャス先生が、ふむふむと頷きながらメイシーの話を聞いている。
「こうしてきれいに正方形の区画を作り、この区画ごとに公衆トイレを設置して、これまでより生活の不便を減らします。公衆トイレや、いくつかの区画には公衆浴場を作るのも良いかもしれません」
「なに?平民街に風呂?」
ドメル先生が目を丸くしてメイシーに尋ねた。
「はい。王都から東に数十キロ離れたところに川がありますので、川から水を引く方法もあるかと思いますし、地中の温泉を掘り当てることもできるかなぁと」
「「「温泉?」」」
(日本は火山だらけの国だから、温泉はあちこち湧いていたのよね。火山がなくても、深く掘れば温泉が出るって話も、テレビで見た記憶がある)
「温泉というのは、自然の力で温められた湯のことです。地中深くには火の塊のようなマグマという熱の流れがあって、それよりも地表付近の地中を流れている地下水が、マグマに温められて湯になります。それを掘り当てれば、魔力無しでも湯がたっぷり使えます」
「……騎士団で地方へ行った時に、山で温水が湧き出ている所はたまに目にした。あれを掘り当てることができるということか?
それにしても、君の話は、我々の知る常識に当てはめることができないな」
「地中深くには土の神が居て、ある点を超えて土を掘ることはできないと考えられているんだ。……迷信だろうがね」
ドメル先生が眉間にシワを寄せ、お父様がやれやれといった様子で肩をすくめた。
「あの、すみません。積極的に教会の教えに背こうと考えたわけではないので、一案くらいで、軽く流していただけますと助かります」
「過去に帝国内の山から灼熱の炎が噴き出した、という資料は読んだことはあるが、まさか地の奥底はそれで満たされていると…?
娘っ子の考えは、本当に奇想天外じゃ!そんな話は誰からも聞いたことがない。地中深くを火が流れておるなど、一体どうやって確認するんじゃ?どれ、他の案も、もっと話してみい」
オーディン先生が面白がって、メイシーに話を促した。
「は、はい。公衆浴場は、そういうイメージで。あとは各区画に広場を設けて、曜日ごとなどで市場が開かれるようにするのはどうかなと思っています。帝国各地からの名産品が並んだり、場合によっては広場で曲芸などの催しがあっても楽しいかと!」
メイシーは、話してきて楽しくなってきて、目をキラキラさせた。
「あと、図書館を設置したいです。市民の方々の教養と知識を高め、交流する場所としても、まずは気軽でよろしいかと。今回の再建で、学校施設の設置も検討したいのですが…」
メイシーの話に、お父様が発言した。
「平民街に学校?つまり平民に教育を施すのか?これはまた、驚きの案が出たな。意図を聞いても?」
「はい。王都が再建され、再び帝国内の流通が戻り、経済が活性化すれば、市民は豊かになります。そうなれば、富裕な市民から、子供に教育を与え始めると思うのです。学があれば、より高給な仕事を選べるようになりますし、貴族の仲間入りを果たす人もいるかもしれませんので。
ただ、そうすると貧しさから脱却することのできない層が生まれます。そういった層にも意図的に教育の機会を与えることは、貧しくとも能力ややる気のある人を引き上げられる唯一の方法だと思うのです。それは長い目で見て、国の力を高めます。もちろん学校を作るだけでは足りないとも思いますが、建てて、やってみて、改善していく方法でも良いのかな、と」
メイシーの説明に、ドメル先生やオーディン先生は沈黙した。
モーリシャス先生は、両手で顔を覆った。
「……街の再建計画で、まさかそんな話が出るとは。メイシー、君の案は貴族派の根絶の証になる。ぜひやってみよう。オルドリッジ公も喜びそうだ」
お父様は、にっこりと微笑んでメイシーの肩に触れた。
「こんな時代が来るとは、儂は微塵も考えられんかった」
オーディン先生は、ポツリとそう言った。
「……平民向けの学校では、何を学ぶんだ?」
ドメル先生がメイシーに尋ねた。
「まずは読み書きです。私のイメージでは、小さな子供の初等教育がそれにあたります。魔術学園のような高度な教育機関は、その数段階上になるので、そこまでの機関を作るかは、追々検討しても良いのではないでしょうか。
私は5歳で、ほとんど独学で文字と計算、その後お商売のための帳簿の勉強をしましたが、それくらいの知識を持てれば、貴族の屋敷で高給をもらって働く選択肢もできそうです。初等から中等教育では、そのあたりを学べると良いかもしれませんね」
「ご令嬢。……ぜひ作ろう。おれは昔は平民だったんだ。しかし幸運にも魔力があるのを見込まれて、義父に養子として育ててもらった。そうでなければ、おれは今も間違いなく平民街に居た。
もし学校や図書館があれば、少し知恵のある子供なら、すぐにその重要性に気づいてやって来る。親のほうにも意識を変えさせる必要はあるが、まず学校を始めて、継続させることが何より重要だと思う。
魔力のある無しだけで人間の価値が決まるなんて、そんなことはないと思う。もっと一人ひとりが、大事にされるべきなんだ」
モーリシャス先生は、目に涙を浮かべて、腰をかがめてメイシーを見つめ、手を取った。
「先生……。ほんの思いつきだったのですが、そんなにも真剣に受け止めてくださって、ありがとうございます。モーリシャス先生の熱意に応えられるように、良い学校にしたいです。ぜひお力添えをお願いいたします!」
メイシーはそう言って、にこりと微笑んで先生と握手した。
それからメイシーは、警ら署を平民街にも作ることを提案した。
そして、建物をすべて赤い煉瓦の屋根にして、ちゃっかり自分好みのイタリア・ボローニャ風の街並みを希望することも忘れなかった。
モーリシャス先生は、外国の建築の絵を何枚も見せてくれ、その中でイメージに近いものを選び、伝えた。
「土の魔術で建物を建てたら、このような鮮やかな色にはできるのですか?私の知る限り、使った土と同じ色の壁に変化するところしか見たことがないのですが…」
メイシーは、疑問を先生方にぶつけてみた。
「君の認識どおりだ。土の魔術では、使った土の色がそのまま出来上がりに反映される」
ドメル先生が簡潔にメイシーの疑問に答えた。
「つまり、赤い色の煉瓦は、赤い土を運んできて形成するということかの?」
オーディン先生が長いひげを触りながら話した。
「平民街にあった煉瓦は、魔術を使わず自分たちで粘土から作ったものだろうと思います。赤い煉瓦は、粘土の成分と焼成方法によって赤く仕上がるのです。多分平民街にあったものは日干し煉瓦だったと思いますので、窯で焼く方法がとれれば、赤い煉瓦を作ることも難しくないと思います。
土の魔術で建てた家に、瓦や煉瓦をタイルのように載せることで、見た目の統一感は出るのではないでしょうか」
メイシーの意見に、モーリシャス先生が答えた。
「メイシー嬢は本当に知識の幅が広いな。煉瓦の作り方は、おれも要塞作りをすべて平民が行う場合について考えた時に調べた。煉瓦の作り方や、出来上がりの違いは何種類かに分けられた。窯の温度と、風を含むか含まないかで、煉瓦が黒く焼き上がったり赤く焼き上がったりするんだ」
「えっと……昔、興味本位で調べたのです。先生ほどきちんと知っているわけでは。」
(昔テレビで見て何となく覚えてたことが役に立ったわ。日本のテレビってすごい…)
メイシーは焦りながらも、なんとか言い繕った。
先生方からは、厩舎を何箇所か作ることや、住居兼店舗の構造をあとから平民が自由に作るために、極力シンプルな建物の構造にすることが提案された。
土の魔術で一気に造成された建物に、あとから赤い煉瓦を取り付ける方法で、見た目の統一感を出す、という方向性も決めた。
「あとはこの案を陛下がどう思うかですが……」
メイシーがそう言うと、お父様はにっこりと笑って答えた。
「陛下には承認を貰うだけだ。賛成か反対かという意見は受け付けない」
お父様の言葉に、ドメル先生は苦い表情になり、オーディン先生はケタケタと笑いだし、モーリシャス先生はやや心配そうにメイシーを見つめた。




