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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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85/119

SIDE: ノア


この日はあまりにも目まぐるしく事態が動き過ぎて、ノアは、奥様にきちんと順序立てて報告ができるのかと、不安だった。


(午前中に、実験室に出かけられたお嬢様を見送ると、何故か1時間ほどで、騎士の詰め所に移動するというご連絡があった。その後2時間ほど経って、私に昼食を持って詰め所に来るようにとご指示があった…。そこからが、濃密すぎて。)



ノアは、中央警ら署から平民街の入口に向かい、メイシーが市民に盛大な光の魔術を放ったことや、その後王宮に上がり、先触れもなしに陛下の御前へ参上したこと、メイシーが陛下に意見を言い、陛下に威圧されたこと、ハルガンディ教授が奴らの悪事を露呈させ、前宰相が自爆し、前魔術長官が逃走したことを一気に思い返した。



(……お嬢様にとっては、とてつもない心労だったはず。それなのに、お嬢様は、泣き言一つ言わず、市民を助けたい思いで行動された)


ノアは、メイシーがずっとたくさんの風の魔術の化身を出し続けていたことや、平民街へ入った後も、土の魔術や光の魔術を何度も使っていたことを考え、やりきれない気分になった。



(お嬢様は、ご自分の魔力を精一杯使おうとなさる……。人よりも高い魔力をお持ちだから、皆がそれに縋ろうとするけれど、私は……。たとえ他人が傷ついたとしても、お嬢様には関係ないと思うし、お嬢様が一番幸せであってほしい)


不道徳と言われても、ノアにはこのところ一層強く、そんな感情が渦巻いていた。



(誰も、私のきれいなお嬢様を、傷つけないで)








貴族街の手前で力を使い果たして倒れたメイシーを、マージー教授が抱きかかえて侯爵邸まで運んでくれた。


馬車の中でも、揺れて体をぶつけると痛いだろうからと、マージー教授はメイシーを横抱きにして離さなかった。



(お嬢様を前にして、特別な感情を抱かずにはいられない気持ちは分かる。……教授は、どんな気持ちなのかしら?)


ノアは、今はフードで隠れて見えないマージー教授をそっと盗み見て、彼の心境に思いを馳せた。


マージー教授がメイシーを大切そうに抱きかかえる姿は、馬車の小さな窓から差す月明かりに照らされ、神聖な静謐さを感じさせた。


ノアが車内から、思念の指輪で奥様と連絡を取り、侯爵邸に戻っている途中だと伝えると、簡潔ながらも、奥様の安堵の声が聞こえた。












侯爵邸に戻ると、待ちわびていた奥様が、事の経緯を知りたいと、マージー教授を談話室へとお通しした。

ノアがマージー教授の後ろから談話室へ入ると、奥様は立ち上がって待っていた。



「お初にお目にかかります。レナルドの妻のセリーナと申します。本日は娘を連れ帰っていただき、ありがとうございました」


奥様は美しい所作で礼のポーズを取り、マージー教授を歓迎した。


「お疲れのところ、申し訳ございません。よろしければ、少しで結構ですので、お話を伺えませんか?」


「……そうだな。あまり長居をせず去るつもりだが、かいつまんでオレの知る部分を話そう」


「ありがとうございます。お茶でもいかがですか?どうぞおかけください」


2人はソファに腰掛けた。



「彼女も座らせてやってほしい。とても疲れていると思う」


マージー教授は、ノアが着席できるように気を配ってくれた。


(この方は、私にまで親切にしてくださる。良い方だわ)



「恐れ入ります、マージー卿。……ノア、貴女もお掛けなさい。とても大変だったのね」


「お気遣いありがとうございます、マージー教授。奥様。失礼いたします」


三人でローテーブルを囲み、お茶の用意が整うと、マージー教授は話し始めた。



「今回の王都の騒動は、貴族派のグリュイエールとマヴァンが中心となって起こされた」


マージー教授の言葉に、奥様はピリッと緊迫した表情になった。



「しかしメイシー嬢が製作した魔術具のおかげで、この騒動は早々に収束した。彼女は今日、本当に力を尽くしたと思う。

ここに至るまで、今日一日で事態が何度も急転したのを体験しただろう……」



マージー教授は、思案しながら話をした。


貴族派の手の者にマージー教授が連行されたこと、メイシーの魔術具を持っていたおかげですぐにメイシーに知らせることができ、メイシーがハルガンディ教授に伝えて助かったこと、教授二人がグリュイエールの自宅に乗り込み、これまでの悪事の証拠を見つけたこと。


その後マージー教授が闇の魔術具を見つけるために平民街に繰り出し、メイシー達もそこに合流したこと……。



「オレの話と、侍女殿の見聞きしたことを加えれば、メイシー嬢がどういう経緯を辿ったのか、一通りは分かるだろう」


「お話ありがとうございました、マージー卿。主人にも手紙を送ります。昼過ぎに第一報は送ったのですが、何ぶん遠方に出向いているもので…。まだ手紙自体を読めていないと思いますが、明日には手紙が着いて、王都へ引き返し始めるはずです」


「そうか。侯爵婦人も、主が居ない中、落ち着かなかっただろう。ひとまずご令嬢は無事に帰宅したので、安心してくれ」


マージー教授の気遣いの言葉に、奥様は心から安堵したように見えた。奥様は表情を緩め、ホッとした様子で口を開いた。



「マージー卿のお力添えとお心遣いに感謝いたします。あの子は無茶をし過ぎるきらいがあるので……。親としては心配が尽きないのです」


「そうだろうな。彼女は人の役に立ちたいと、その思いが人一倍強いようだ。……今日彼女は、悲惨な現場に立ち会った。あまり自分を追い詰めないようにと伝えてほしい」


「マージー教授。王宮でのことは、私からお伝えします」


「そうだな。一緒に見聞きした君からの言葉のほうが確かだろう」


マージー教授はそう言うと、立ち上がった。



「さて、そろそろ失礼する。さすがに今日はオレも疲れた」


「お引き止めして、申し訳ございませんでした。大したおもてなしもできませんでしたので、またどうぞ、改めていらっしゃってください。主人も喜ぶと思います」


「ありがとう。侯爵にもよろしく伝えてほしい」


そうしてマージー教授は帰って行った。

お見送りの後、夜も更けていたので、ノアは休むようにと奥様に気遣われた。



「私はメイシーの顔を見に行くわ。貴女も体を休めてね」


「ありがとうございます、奥様。では、失礼いたします」


ノアは侯爵邸の使用人用の部屋に帰った。

与えられた自室の扉を閉めると、疲労で重くなった体を感じ、たまらずベッドに腰掛けた。

使用人用の部屋は、必要なものがシンプルに揃えられた快適な空間で、大きいとは言えないまでも、ノアにとっては十分なスペースだった。

学園に行くまでは、ここが唯一の自分ひとりの空間だったのだ。


ノアの部屋には装飾品はほとんどなく、一見すると、年頃の少女の部屋とは思えない。


ベッドの横には、つい先日メイシーからもらったガラス板と結晶が置いてあり、ノアはそれを引き寄せて、胸に抱くようにしてかかえ、ベッドの上にうずくまった。




「……お嬢様」





ノアは、メイシーの選ぶ道ならば、たとえ茨の道でも、悪の道だったとしても、ずっと一緒についていくし、メイシーの役に立てるのなら、何を差し出しても良いと思っている。


さらには、メイシーが望む・望まないに関わらず、メイシーにとって邪魔なものを排除することはノアの仕事のうちだと、義務だと認識している。



……たとえそれが人を消すことだとしても。



(でも、お嬢様はそんなことは許さない)


お嬢様は、悪人に対してすら、慈悲の心を持つのだ。


8年前に、お嬢様が用意した時限爆弾花火という魔術具は、殺傷能力は無いとの話だった。ちょっとした虚仮威(こけおど)しで、破裂音と火花が散る玩具なのだ、と。



(あの時、屋敷に押し入って、奴らの心臓にナイフを突き立ててやればよかった。私なら、できたのに)


目の前でグリュイエールが爆ぜた時、ノアは、8年前のあの時に奴を処分しておけばと、激しく後悔した。



(お嬢様を失うより恐ろしいものなど、ない)


メイシーの氷の壁と、陛下の魔術のおかげでなんとか一命は取り留めたものの、あの一瞬は本当に戦慄した。


……しかしメイシーは、自分の命が脅かされたことに対する恐怖より、消し炭になったグリュイエールのほうに意識が向かっているようだった。



(あんな悪党にまで、お嬢様の清らかな心を砕こうとするなんて……)



ノアは、死んでまでメイシーを苦しませようとするグリュイエールに、(はらわた)が煮えくり返った。


あの時メイシーが見せた恐怖に震える姿は、明らかに、奴を目の前で死なせてしまったことに対する、自責の念だった。



(できるなら、今日のことを、きれいさっぱり忘れさせて差し上げたい)



ノアは、そんな魔術具がないのだろうかと思った。


(マージー教授なら、ご存知かな)




そんな空想めいた考え事をしていると、不意にあの伊達メガネの言葉が思い出された。



『私は案外役に立つでしょう?』



(……なぜ、こんなに大変な時に、あの男はここに居ないんだ。こんな時にこそ、役に立ちなさいよ)



ノアは、通じるはずのない思念の指輪に向かって、文句を言った。



「伊達メガネ。お前は肝心な時に居ない。お前の主もだ。私はお嬢様が苦しむ姿など見たくない。あの方は大切に甘やかされて生きてほしい。……悔しい。私はお嬢様を守れる強さが欲しい。なぜ私には力がないんだ」



隣国にいるグレンに通じるはずもなく、指輪には返事はなかった。

ノアは、そのまま目を閉じて、いつの間にか眠りについてしまった。





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