たしなみ2-35
「マージー、魔術具の方を頼む」
「ああ」
ハイド先生とドメル先生は、再び入れ替わり、ドメル先生がメイシーの隣に立った。
「もう日が暮れてだいぶ経った。明かりがないと厳しいな」
「私が松明を付けて持ちましょうか?」
メイシーがドメル先生に提案した。
「いや、その辺りに転がっている騎士たちを起こそう。マージーが魔術具を壊せば、この者達も正気になる。君には悪いが、光の魔術の後に、水の魔術でもかけて、目を覚まさせてやってくれるか?」
「そ、そんなひどいこと、できません…!」
「では、また私が土の魔術で……」
(もしかして、さっきの『張り倒す』?)
メイシーは、想像して気の毒になった。
「水にしましょう!そのほうが少しは体に優しそうです」
メイシーは、ドメル先生の言葉を遮り、自分が水の魔術を行使することに決めた。
「ここには魔術具は3つ埋まっていた。いい調子で壊しているぞ」
ハイド先生が、それほど時間をかけずに戻ってきた。
「では、光の魔術を行使します」
メイシーは、薄闇の中、錯乱で弱ってしまった人々を癒すために、魔術を行使した。
「よし。では騎士たちを起こそう。あっちでセオとマドックスが伸びている。彼らが起きれば戦力になるぞ」
ドメル先生はそう言って、ズンズンと進んでいった。
「できる限り優しく起こして差し上げるには、どうすればいいのかしら…。光の魔術だけで起こそうとすると、魔力の消費が大きくなるから、水の魔術のほうが私にはありがたいのだけれど…」
メイシーがノアの背中でそう呟くと、ノアがくすくすと笑って答えた。
「お嬢様に起こされるのですから、何だって喜ばれるかと」
「ええ?でも私なら、誰からでも、顔に水をかけられて起こされるのは嫌だわ……」
メイシーは、困った顔になった。
ドメル先生のところまで行くと、騎士たちが一箇所に集まるように、無造作に横たえられていた。
十人くらいだろうか。
(できるだけ優しく、でもちゃんと目覚めるように……)
メイシーは、光の魔術と水の魔術で、シャワーのようにして騎士にかけてみることにした。
「恵みの雨と、癒しの光を」
騎士に通り雨のような水の飛沫が舞い散り、キラキラと光の粒が降ってきて、騎士たちを癒した。
「う……」
「ここ、は?」
騎士たちはゆっくりと顔を起こし、腕を組み、仁王立ちしているドメル先生を見つけると、皆が弾かれたように体を起こし、立ち上がって頭を下げた。
「申し訳ございません!閣下!訓練中に意識が飛んでしまいました!!」
「……馬鹿者。訓練ではない。お前たちは平民街で火を消している最中に、闇の魔術の錯乱にかけられたのだ。記憶が抜け落ちているようだな」
ドメル先生の言葉に、マドックス様やセオ様がハッとして顔を上げた。
「そうでした…!火は?」
「メイシー・マクレーガンが消火した。今お前たちを起こしたのも彼女だ」
「「……!!!」」
セオ様とマドックス様が、ドメル先生の後ろのメイシー達に気が付き、目を丸くした。
「女神がここに…?」
「俺達に魔術を?」
騎士たちは皆、自分の両手を見たり、メイシーをぼーっと見つめたりして、何やら嬉しそうにしている。
「ここから北に向かって、闇の魔術具を壊すために探索していく。魔術具は地中に埋まっており、ここにいるマージーが気配を探る。お前たちは松明を持ち、周囲を照らせ。錯乱する市民に遭遇したら、気絶させて転がせること。魔術具を壊した後に彼女が光の魔術を行使してくれる」
「「「ハッ!」」」
騎士たちは胸に手を当てて敬礼のポーズを取った。
ドメル先生の指示に従い、北に向かいつつ、松明になりそうな物を探し、火をつけてくれた。
おかげで少しずつ周囲が明るくなった。
先生たちは先を歩き、メイシー達はゆっくりと後をついて行った。
一番うしろで歩いていたセオ様が、メイシー達に近づいて声をかけてきた。
「あの、メイシー嬢。侍女殿はお疲れではないですか?よかったら、俺が背負いますよ」
セオ様がにこにこしてパッと手を挙げた。
すると、何人かの騎士たちが、セオ様を睨んで小競り合いが始まった。
「抜け駆けする気か、セオ」
「女神様を背負えるなど、一体どれだけ徳を積めばそんな羨ましい役をもらえるんだ」
「俺がやる。拳で勝負しろ」
「いいですよ先輩方。俺強いですから」
「生意気な奴め…!」
雲行きが怪しくなってきて、メイシーはハラハラした。
「わ、私は、女神ではありません!あと、私、そろそろ自分で歩きますから!」
そう言ってメイシーは、ノアの背中から降ろしてもらい、自分で北に歩くことにした。
「お嬢様、私なら平気です。私にお乗りください」
「ううん。たくさんおんぶしてもらって、元気になったから大丈夫!ありがとう、ノア。一緒に歩きましょう」
メイシーはノアにニコリと微笑み、先生たちのあとを追いかけた。
喧嘩していた騎士たちは、少しがっかりしたものの、メイシーが微笑んだ表情を見て、ほんわり和んでいた。
一行は順調に魔術具を破壊していき、途中でフルルーナ先生やモーリシャス先生にも会い、皆で一緒に貴族街の近くまで北上した。
「他の先生方は無事だったのでしょうか?」
「居ないということは、別の場所にいるということだな。火を消して早々に立ち去ったんだろう。オーディンあたりは、風の魔術で煙を防いだのかもな。ミッティやヒューバートも、身を守る術はそれぞれ持ち合わせていたはずだ」
ドメル先生が答えた。
「ワナン先生やお姉様達は…」
「多分無事だったんじゃないか?そんなに長時間学生たちを平民街に留まらせなかったと思う。ワナンは慎重だからな。騎士たちが集まったタイミングで、任せて去ったんだろう」
ハイド先生が学生たちについて、意見を話してくれた。
「それなら、よかった……」
メイシーは、自分の知っている人達が無事そうだと分かり、安堵した。
すると、どっと疲労を感じ、立っているのが辛くなった。
「お嬢様!」
膝が抜けたようにガクリと崩れ落ちたメイシーを、近くのハイド先生が支えた。
「時間切れだ。……よく耐えたな、メイシー嬢。オレが彼女を家まで送る」
「マージー教授、ですが…」
「君がずっと背負うには大変だ。貴族街に入れば、馬車を捕まえられるだろう。誰か、先に行って馬車を用意して欲しい」
ハイド先生の言葉に、騎士が一人、頷いて走っていった。
ノアはハイド先生に従い、メイシーに伸ばした手を引っ込めて、心配そうにメイシーの顔を見つめた。
「ドメル。あんたはまだ騎士たちと市中の対応があるだろう?彼女はオレが連れて行く」
「そうだな。スタンリーと合流して、焼け野原の処理や市民の対応を考えて、陛下に報告したい」
ドメル先生はそう言って、この場に居ない騎士たちの状況を確認し始めた。ハイド先生はモーリシャス先生とフルルーナ先生に向き直り、声をかけた。
「グッゲンハイムとフィヴァも、帰って体を休めろ」
「マージー。お前の方こそ、疲れているだろう?」
大男のモーリシャス先生が、ハイド先生を上から覗き込むようにして尋ねた。
「オレは昼間、休憩室で寝てたもんでね。まだ余力はある」
ハイド先生は、そう言ってメイシーを抱き上げたまま、歩き出した。ノアはその後ろについて行った。
マクレーガン侯爵邸。
ノアが指輪でお母様に先触れを出したので、夜更けだったが、屋敷の外には執事たちが待機していた。
「夜分に失礼する。ハイド・マージーだ。ご令嬢を送りに来た」
ハイド先生は、メイシーを抱きかかえて馬車を降りて執事に挨拶し、待機していた侍従達にメイシーを預けた。
「マージー卿、感謝いたします。奥様がお待ちですのでどうぞ屋敷へ。ノア、ご苦労だった」
「ただいま戻りました。私も奥様のもとへ」
執事とノアは必要な言葉を交わし、ハイド先生と共に屋敷へと入っていった。




