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たしなみ2-33


メイシーは、皆を見渡し、頷くと、意を決して周囲の小鳥の映像に切り替えた。



「!!」


「これは……」


土の壁より少し北の付近では、市民たちが互いに殴り合ったり、何かを手にして燃えずに残った家や建物を壊したりして、皆が恐ろしいほどに殺気立った様子になっていた。


「錯乱を解くには、魔術具を破壊する他ない」


ハイド先生が深刻な表情で話した。


「魔術具は地面に埋められていて、オレが気配を探って1つずつ掘り起こし、それを破壊するしか方法がない」


「……しかし、それでは……」


ドメル先生は、眉間にシワを寄せて、厳しい表情になった。



「全てを探すまでに時間がかかり過ぎます。市民の方の命は…。それに、その間、乱闘真っ只中のところにハイド先生が作業に向かわねばならないのも、危険すぎるかと」


メイシーも、ドメル先生に同調し、深刻な表情で意見を述べた。


(なにか……なにか、別の方法がないかしら)



メイシーは、必死に頭を働かせた。



(小鳥を使うことはできないかな)



少しでも可能性があればと、さらに考えを進めて、ふと1つ思いつき、口にしてみた。



「小鳥は?あれは私が顕現させた風の魔術の化身です。ハイド先生や陛下には、あれを基点にしてさらに風の魔術を行使する感覚で会話を交わしました。

ですので、小鳥を基点にして、魔術を行使し、魔術具を探し当てられないでしょうか」


「なるほど……」


ドメル先生が感嘆の声を上げた。

ハイド先生は、口に手を当てて考え込んでいる。


「君の案では、君自身が探索をすることになる。それでは闇の魔術は使えない。土の中の魔術具の気配を、君がどうやって感じ取るんだ?」


「それは……」



メイシーは答えに窮した。


(私に闇の魔術が使えればよかったのに……)


自分の属性が完全ではないことに、メイシーは、今、心底残念な気持ちになった。


「私に闇の魔術の適性があれば…。もしくは、一時的にでも、ハイド先生の力をお借りできれば……」


メイシーは、歯痒い気持ちで願望を口にした。


「力を借りる?それは、その……魔力の同調のことを言っているのか?」


「同調、ですか?」


メイシーは初めて聞く単語に不思議そうに聞き返し、それを聞いたハイド先生は、思い切り顔をしかめた。



「ドメル。あんた、なんてことを。あれは親しい者同士が行う魔力の交換だ。そんなもの、オレはやりたくない。そんなことをするくらいなら、オレ1人で外へ出て、魔術具を破壊する」


ハイド先生は、とても不愉快そうに表情を歪め、そっぽを向いてしまった。



「何ですか?魔力の交換?そんなものがあるのですか?」


「ああ。……まぁ、マージーの言うように、その…普通は関係性の深い者同士が行うものだ。互いの魔力を探り合って確認することだからな。片方が魔術を行使した状態で、もう片方に触れると、行使している魔術の感覚を共有することができる」


ドメル先生は、そう言って、非常に気まずそうに視線を逸らした。



「そんな裏技があるのですか!」


メイシーは、なるほどと感心した。


(その場合、ハイド先生と同調して、私の小鳥を基点に、ハイド先生に魔術具の気配を探ってもらえば、魔術具を見つけられるかも、ということね?)



「ハイド先生。良い案のような気がしますが、試してみませんか?」


「……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


「はい。やったことがないので、どのようなものかが理解できないのですが、友人同士では、行えないのでしょうか?」


「「………」」



ハイド先生とドメル先生は、無言になり、メイシーを見つめた。


(何だか、微妙な空気……?)


メイシーは、2人が気まずそうにしているように見えた。



「……私が悪かった。口が滑った。もう忘れてくれ。別の案を探ろう」


「オレは絶対にやらないからな。もし小鳥を使うなら、市民を止めるために使うとか、もっと別の方法があるんじゃないか?」


「なるほど。暴れている人達を制止させるのですか。土の魔術ですね」



メイシーは再び考え込み、それならばメイシー単独でもできるかもしれないと思い直した。



「試してみましょうか。まずこの壁の周りの人々を制止させて、その間に先生に魔術具を探して壊していただきましょう」


メイシーは、一番近くの小鳥の映像に切り替えた。


辺りを見回すと、数十人が互いに殴り合ったり、手に掴んだ物を投げたりして、暴れまわる様子が映った。

動きがかなり早くて力も強く、人ではなく、野生の動物のように見えた。


メイシーは人が多そうな場所に小鳥を移動させて、周りの人々の動きに意識を集中させ、小鳥を起点に土の魔術を行使した。



「……土よ。錯乱する人々を拘束せよ」


メイシーの声が小鳥から拡散されるように広がり、小鳥の周囲が泥沼のように形を変えた。

人々は突然足元を取られ、ズブズブと地面に吸い込まれ、腰くらいまで泥沼に浸かったところでガッチリと地面が固まった。

しかし、そうして捕らえられた人数はたった5人で、小鳥を移動させて何度も魔術を行使する必要があった。



「一度に拘束できる範囲は狭いようなので、何度か繰り返します」


メイシーは、同じように何度か実践し、結局7回繰り返し、半径500メートルほどに居た40人ほどを拘束できた。



「そろそろハイド先生の土の壁を崩してもらっても良いでしょうか。外で魔術具の探索をしましょう」


「そうだな。ドメル、錯乱した人間が急に飛びかかってくるつもりで、気を抜かずに警戒してくれ」


「心得ている」


ハイド先生はドメル先生の返事を聞き、右手を持ち上げて土の魔術でできた囲いをゆっくりと溶かすようにして、もとの地面に戻していった。


「あぁァァァ!!」


「ぐぎぎ、がァァ!」


壁が消え、周囲には錯乱した人々が叫び声を上げて、衝動に任せて地面を叩く姿が目に飛び込んできた。



ハイド先生が目を閉じて気配を探り始めた。



「あっちだ」


先生が目を開き、焼け落ちた住宅跡を抜けてしばらく進み、立ち止まってメイシーに振り返った。


「この辺りに気配がする。悪いが土を掘り返してもらえるか?魔力の使用が嵩んできた。……少しでも魔力を温存したい」


その言葉に、メイシーは考えた。


(やっぱりこの方法では時間を使いすぎるわ。ここから北に向かって貴族街の門の前につくまでに、争っている人達が力尽きてしまうかも……)


メイシーは、地面に向けて手をかざし、魔術を行使しながらハイド先生に話しかけた。



「地面の中の魔術具を掘り起こせ。……ハイド先生。やはり先程の同調の案を試しませんか?」


「な…」


「北にたどり着くまで、この方法では時間がかかり過ぎます。私の全ての小鳥を基点にして、そこから先生に闇の魔術を行使いただいて探索すれば、位置を近衛に連絡して、北からと南から、同時に魔術具を壊していけます」


「いや……しかし」


メイシーが掘り起こしたところから、ランプ型の魔術具が出た。



「魔術具を燃やせ」


ボッ!



メイシーの言葉に、魔術具は炎に包まれ、みるみるうちに黒い消し炭になった。


すると、周囲で奇声を上げていた人々が突然ガクリとうなだれた。

メイシーは北の方の人が、まだ暴れている様子を見て、口を開いた。


「あちらの方は別の魔術具で錯乱させられたようですね。でも、もっと進むのなら、また土の魔術で人々を拘束しないと、私達が襲われてしまいます」


メイシーはハイド先生を見た。



「先生、私の小鳥全てを基点にして、その周囲の気配を一気に探ることはできますか?」



メイシーの言葉に、ハイド先生は眉間にシワを寄せ、メイシーを睨みつけた。



「ドメル。勘違いするなよ。今からこの世間知らずに話をするだけだ」


「……ああ」


「土の神オメテオトルに告ぐ。土壁でオレと彼女を囲え」



ハイド先生は、メイシーに近づき、手を取って、土壁の中に引き入れた。



「今から話をするが、その話を聞いても、君が同調を試したいかどうか、ちゃんと答えを出せ」



ハイド先生はオッドアイの瞳をまっすぐ向けて、メイシーに言った。


メイシーは、何やら、大変なことを言ってしまったのだろうかと、不安になりながら、コクリと頷き、先生と2人、土壁の中に閉じ込められた。


ハイド先生は、暗闇の中で話しだした。



「魔力の同調は、閨で行われるのが普通だ」


「……!!」


「体をできるだけ触れさせて、お互いがお互いを意識し、感覚を共有するようなイメージだ」


「そ、それは……」


「今の状況を重く捉えて、試すのなら、仕方ない。とりあえず手でも握って、どこまでオレが君の小鳥の感覚を得られるのか試すか?

……だが、この説明を受けて、君が嫌だと言うなら、きっぱりやめよう。オレだって、こんなのは普通ではないと思う」


「………」



先生の説明に、メイシーは殿下のことが思い出された。



(殿下は、絶対にそんなこと許さない。……もし黙し通したとしても、私自身が、あの方に嘘をつき続けることになる。そんなのは、駄目よ)


メイシーは、想像して、ギュッと胸が苦しくなった。



「……ハイド先生。先程のやり方で北に向かえば、今錯乱している人たちは、どうなるでしょうか。死ぬ人も、もしかして……」


「それは分からん。可能性だけを論じれば、もうすでに死んでいる者もいるかもしれん。だが、それは絶対に君のせいではない。君が『できたかもしれないこと』は、1つの可能性でしかない。君はどんな道を選んでもいい。君は、君が一番守りたいものを選ぶ権利がある」


「一番、守りたいものを……」


「多くの人を救うのは素晴らしいことだが、そのせいで君が心を壊しては、何にもならない。分かるな?」


ハイド先生は、諭すように言葉をかけてくれた。



「君がどんなに女神だと崇められても、オレから見れば、普通の少女だ。女神になど、ならなくていい。いや、なっちゃ駄目だ。自分の幸せは自分で決めろ」


「ハイド先生……」



先生の言葉は、どれも1つずつメイシーにしっくりと馴染み、勇気づけられた。


(守りたいもの……)


メイシーの心の中には、いつも自信に溢れて堂々とした様子でこちらを見る殿下の姿が思い出された。

……彼はメイシーを優しく抱きしめて微笑むのだ。


(……私は、殿下の笑顔を守りたい。他の誰よりも)


メイシーは、ハイド先生を見上げた。



「先生。私、殿下に、誰にも見向きもせず、殿下のことだけを想って待つようにと言われております」


「……」


「私、殿下に顔向けできないことはしたくありません」


「……殊勝な心がけだ。彼もさぞ喜ぶだろう。では、先程の方法で北に進もう」


先生は、サッと右手を上げて、土の壁を崩そうとした。



「いえ、先生。私、この状況をどうにかしたい気持ちは変わりません。闇の魔術は使えませんが、私の風の魔術でどうにか対応できないでしょうか」


「なに?」


ハイド先生は、メイシーの意見が予想外だったようで、土の壁を取り去ろうと上げた腕をおろした。



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