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たしなみ2-32


ハイド先生が闇の魔術具の気配を探り、メイシーは先生が目星をつけた箇所を土の魔術で掘り起こした。

ドメル先生とノアは、後ろから周囲の警戒をしながら移動した。


東側には民家に人が籠もっている気配があったが、西側に近づくにつれ、人の気配が少なくなり、焼け落ちた家屋や建物が増えた。

周囲は焼け焦げたような匂いが残っていた。



「なぜ西側はこれほど火の回りが早かったんだ?東にも民家の密集地帯があるのに」


ハイド先生が疑問を口にした。



「確かにな。……意図的に火を多くつけたのか?」


ドメル先生が思案しながらハイド先生に同意した。



「もしかすると、西側にまだ魔術具が多く埋まっているのかもしれないな。東はオレが調べた限り、まだ10数個しか見つかっていない」


「なに?それは本当か?」



先生たちは、何やら議論に夢中になってきている。

ノアがメイシーに話しかけた。



「……平民街の西側には、大きな商業区がございます。マヴァン卿らが商業区を狙った可能性はあるかと」


「そうね。貴族たちは、国内の商いに積極的になっているから、商業区に拠点を置く貴族は増えているわね。

そこに壊滅的な被害を与えて、自分たち貴族派が食い込もうとでも考えたのかしら」


「古参の貴族派ほど、商業区への進出が遅れていますので…十分理由になり得ます」



メイシーとノアがマヴァン達の企みについて推察していると、ハイド先生が立ち止まり、辺りを伺い始めた。



「……闇の魔術の気配がする」


「魔術具か?どこを掘り返す?」


「土の中じゃない」



ハイド先生はフードを取って四方を素早く見回し、詠唱した。


「水の神チャウチルトリクエに告ぐ。周囲に(もや)を出せ。闇に紛れる者を捉えよ」



ハイド先生の詠唱に、スーッと周囲が靄に包まれ、視界が少し悪くなった。


しかし、先程まで何も見えなかった場所に、人影が動くのを見た。



「先生!あそこに人影が」


メイシーの声に、ハイド先生が視線を動かし、狙いを定めて詠唱した。



「土の神オメテオトルに告ぐ。あの者を捕らえよ」


すると人影がある付近の地面が盛り上がり、一気に人影を包んで足を拘束した。



「ぐっ、くそ!」


「闇の神テスカトリポカに告ぐ。あの者の視界を奪え」



ハイド先生の詠唱で、人影の頭上に闇が広がり、顔のあたりを覆った。


「やめろ!あと少しで王都を出られるんだ!」



人影は手で頭を掻きむしるように闇を払おうともがいた。

その声に、ドメル先生が反応した。



「マヴァンか」



ドメル先生が素早く近づき、サッと肩を掴むと、腹部に重たい拳を打ち込んだ。



「ぐふっ…!」


「闇の魔術具で姿を隠して移動していたようだ」


ハイド先生が魔術具の気配を察知し、マヴァンの体から何かを剥がした。



カツン!



ノアの影から様子を見ていたメイシーは、地面にブローチのような物が転がるのを見た。


ハイド先生はそれを踏みつけ、壊した。


すると、今まで人影だったものが、スッと姿を現した。



(……マヴァン卿!)



マヴァンは殴られた衝撃で嘔吐しているようだった。



「スタンリー。ドメルだ。マヴァンを見つけた。近衛に連絡してくれ」


ドメル先生は思念の指輪に話しかけ、署長に状況を連携した。


ハイド先生が(うめ)くマヴァンのローブに手をかけて、顔色を変えた。



「! 拡声器か!」



「ぐ……くく…、このまま捕まってたまるか!」



ハイド先生は体を起こしかけたマヴァンを突き飛ばして、ドメル先生の腕を掴み、メイシーのほうに向かって走りながら詠唱した。



「土の神オメテオトルに告ぐ!彼女の周囲に土の箱を作れ!」


「ハイド先生!?」



先生の詠唱で、メイシーの周囲に分厚い土の壁が伸びてきた。


ハイド先生が必死の形相でこちらに駆け寄ってくるのが見え、メイシーは、前側の土の壁を魔術で押さえて、先生達が飛び越えられるように待機した。


ドメル先生は体勢を立て直して、転がるようにして土壁の中へ入り込み、ハイド先生は勢いよくメイシーに突進し、二人で地面に倒れ込んだ。


すると、不気味に響く声が聞こえた。






「ーーー闇の神テスカトリポカに告ぐ。魔術具よ、人々に闇を。錯乱の中で死ぬまで争わせろ」






その声に反応したように、闇の魔術の黒い煙が地面から噴出し、周囲に広がるのが見えた。


煙が入る前に、ハイド先生の土の壁がぴったり閉じて、中は真っ暗になった。



「光よ」


メイシーが手元を照らすと、そこを中心に光が周囲を照らした。


メイシーは仰向けに倒れており、ハイド先生の顔がアップで視界に飛び込んできた。


「悪い」


ハイド先生は、目を丸くしてサッと体を起こし、メイシーに手を伸ばして起こそうとしてくれた。



(い、イケメンの破壊力……!)


メイシーは、ちょっとドギマギしたものの、先生の手を借りて起き上がった。



「大丈夫です。先生こそ、あの状況で私の周りに壁を作ってくださり、ありがとうございました」


メイシーはハイド先生にお礼を言った。



「お嬢様、すみませんでした。お嬢様の魔術具が割れて、お嬢様を傷つけてしまうことを考えてしまい、身を乗り出せませんでした…」


ノアは肩から掛けていた布の鞄を触り、眉を下げて謝罪し、メイシーの服についた土埃を払ってくれた。



「あっ!ありがとうノア!それで大正解!おかげで外の景色を、テレビから見られるわ!」


「外はどうなっているんだ…?分厚い壁のせいか、音も聞こえないな」



ドメル先生が、メイシーに近づいてきた。


メイシーは、ノアからガラス板を受け取り、外の小鳥たちの動画を映し出した。


4人は、テレビを覗き込んだ。



「これはここから一番近くの小鳥です」


「まだ闇の魔術の黒い煙が広がっていて、見えにくいな。マヴァンはどこへ行ったか…姿は見えない」


ドメル先生は眉間にシワを寄せて映像を見ている。



「上空からの景色は映せるか?闇の魔術がどの辺りまで及んだのか確認しよう」


ハイド先生の言葉に、メイシーが頷いた。



「小鳥を1羽、上空に上げます」


映像が切り替わり、民家からぐんぐん上昇する視点になった。


数キロほどの上空から見たところ、平民街の西側に黒いモヤがかかっており、東側は大丈夫そうだった。



「おい、ここを見ろ」


ドメル先生が画面の下の方に動く物を見つけて指さした。



「これは馬だな。単騎だ。十中八九、マヴァンだろう。騎士団に連絡を取りたいが、この黒い煙の広がり方を考えると……」


ドメル先生が難しい顔で黙った。



「おそらく騎士団も錯乱にかかっているだろうな。大体が西側に集っていただろうから、ほぼ全員が魔術にかけられていると見て間違いない」


ハイド先生が、ドメル先生にそう話しかけた。



「くそ……。近衛はまだ王宮に残っているだろうが、私は思念の指輪を繋げていないので連絡が取れん」


ドメル先生は、眉間のシワを深くし、口髭に触れた。



「では、私の小鳥を王宮に飛ばしましょうか?」


「! そうか。先程音声のやり取りができたんだったな。こんな状況で改良するなど、やはり君はずば抜けた能力の持ち主だな」


ドメル先生が目を大きく見開いて、メイシーに話しかけた。



「そ、そんな。先程ハイド先生に、危険を知らせたい一心でやったことですので、偶然です…。ただ、その感覚は掴めましたので、小鳥に風の魔術をさらに使わせるイメージで、他の方にも話しかけることはできるかと思います」


「素晴らしい」


ドメル先生は、この緊急事態の糸口になるメイシーの提案に、手放しに喜んだ。



「ただ、私が知り得るお方に向けてでないと、うまくいくのかどうか…。今王宮におられる方で、私が存じ上げている方といえば……」


メイシーは一瞬口をつぐみ、チラリとドメル先生を見てこう言った。



「陛下に直接話しかけられれば、通じるかと」


「……」


メイシーの意見に、ドメル先生は、また眉間にシワを寄せて考え込んだ。



「ドメル先生。先程陛下は、貴族派とは仲間ではないと仰っていましたので、マヴァン卿の肩を持つことは無いと思います」


「緊急なんだ。とりあえず試せばいい」


「……そうだな。君達の言う通りだ。メイシー・マクレーガンから直接陛下に話しかけてもらうことにしよう。急がねば、マヴァンを逃がしてしまう」


メイシーは、王宮に置いた小鳥に画面を切り替え、小鳥を王宮内に飛ばした。



「謁見の間ではなく、執務室に移動されているかもしれん。他に思い当たる場所があれば、指示しよう」


「承知しました、ドメル先生」



メイシーは、ドメル先生の指示に従って王宮内で小鳥を進ませ、陛下の執務室の前までやって来た。


執務室は、緊急事態で報告が行き交うためか、開放されていた。


「いました、陛下です」



陛下は小鳥にすでに気がついているようで、左手を上げ、人差し指に小鳥を止まらせようと待ってくれている。


メイシーは、小鳥を陛下の手に止め、意識を集中させて、ハイド先生の時のように心から陛下に言葉を伝えたいと願った。



「メイシー・マクレーガンです。こちらの声が聞こえますか?」


すると、陛下が目を見開いて驚いた様子を見せ、カメラに向かって言葉を返してくれた。



『聞こえる。其の方はどこだ?侯爵邸か?』


「いいえ。今は平民街の西側に、ドメル先生とハイド先生と一緒に居ります。先程マヴァン卿と接触し、逃げられました」


『なっ…!?』


「今は平民街の南端から、単騎で郊外へと進んでいます。すみませんが、マヴァン卿は王都を離れているので、これ以上小鳥で追跡することは困難です。近衛騎士にすぐに王都を抜けて追いかけるように伝えてくださいませ」


『なんてことだ…。助かった、メイシー嬢』


陛下はすぐさま近くの近衛に指示を出し、追跡の任を与えた。



『王宮内は私の闇の魔術の探索をかけて、奴が居ないことは分かっていた。貴族街に留まっていると予想して、奴の懇意にしていた貴族の家を片っ端から探させていたんだ。……平民街を抜けて、すでに王都から出たとは。』


「平民街でハイド先生が気配を見つけたのです。ですが、見つけられて焦ったマヴァン卿が、平民街に配置した魔術具を一斉に起動させました。

今、平民街は闇の魔術の黒い煙が充満し、おそらく大勢の市民たちが錯乱している状態です」


『なんだと……?分かった、残っている近衛を全て平民街に遣る。それはさらに暴動になる可能性が高いな』


「はい。私達はハイド先生が咄嗟に作ってくださった分厚い壁に囲まれておりますので、錯乱にはかからずに済ました。ですので、私達はこの場でできることをして、平民街の鎮静化を目指します。では陛下、失礼します」


メイシーは、そう言うと、通話を切り上げようとした。



『メイシー嬢』


陛下は、こちらに真剣な表情を向けて話しかけた。



『平民街の件が終われば、其の方に頼みたいことがある』


「…? かしこまりました、陛下」


『それと……』



陛下は一瞬言い淀み、カメラに向かって話した。



『私は王宮を離れられない。……私が離れれば、后が……カトリーヌの身に危険が及ぶからだ』


メイシーは、その言葉を素直に受け取って答えた。



「承知しました。王妃殿下をお守りください。こちらは私達で何とか対応を考えます」


『よろしく頼む』


陛下は頷くと、小鳥を持つ手を高く上げた。


メイシーは、小鳥を飛び立たせて陛下の執務室から出ていかせた。



そして、土の壁の中で、この場の皆に話しかけた。



「外の様子を確認しましょう。暴動が起きていることを考えると、まず小鳥の映像を確認してから壁を崩すべきですよね」


「ああ。それが良いと思う。……想像するだけで恐ろしいな」


ドメル先生が固い表情で答えた。






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