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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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たしなみ2-31


謁見の間を出てすぐ、ノアがドメル先生に話しかけた。


「ハルガンディ教授。私は先に行って馬車を用意してまいります」


「ああ、頼む」



ノアが、馬車着き場の方へ走り去り、ドメル先生は、メイシーを揺らさないように慎重に抱きかかえて、ゆっくりと歩き出した。



「すみません先生。もう、歩けます」


「いや、無理をするな。まだ顔色が悪い」



ドメル先生はメイシーを抱きかかえたままで廊下を歩いた。王宮内には近衛騎士達があちこちで見られ、消えたマヴァンの捜索に躍起になっていた。



「馬車に乗ったら、小鳥からの映像を確認します。どれかにマヴァン前魔術長官が映り込んでいるかもしれませんし」


「あまり無理はするな。その…あのような場面、騎士でも体調を崩す者は一定居るんだ。君のような女性には、なおさら堪えるはずだ」


ドメル先生が気遣わしげにメイシーを見た。

メイシーはふるふると頭を振って答えた。



「先生…。むしろ今は、何かに没頭できるほうが救われます。仕事を与えてもらうほうが、気が楽なのです。どうか、手伝えることは何でもやらせてください」


(目を閉じれば、思い出されてしまう。あの叫び声、あの迫りくる炎……)



メイシーは、また胸が苦しくなる気がして、ギュッと身を固くして、意識して深く呼吸を繰り返した。


城を出ると、馬車着き場ではノアが馬車を用意して待っていてくれた。



「お嬢様、大丈夫ですか?すぐに侯爵邸へ向かいましょう」


ノアが心配そうに話しかけてくれたが、メイシーは首を横に振り、答えた。


「いいえ、ノア。これから平民街へ行くわ。ここからでもまだ煙が見えるもの。私に手伝えることはあるはずよ」


「お嬢様……」

「……」


メイシーの言葉に、ノアもドメル先生も、表情を曇らせた。

そんな2人に、メイシーは魔術を行使した。



「光よ。2人に癒やしを」



メイシーの言葉に反応し、光の粒がドメル先生とノアに降り注いだ。


「ほら、ノア。魔術ももうちゃんと使えるわ。ね?

……先生。足手まといにはなりません。騎士の方々に加勢するなら、どうか私もお連れください」


ノアにそう言って微笑み、ドメル先生にも意思を伝えた。



「君という人は……」


先生は呆れたような顔になり、心配そうな瞳のまま、ため息をついてこう言った。



「私が少しでも君の体調に異変があると判断すれば、すぐに自宅まで送り届ける。悪いが君の侍女殿にも付き添ってもらおう。もし何か気づいたら、私に教えてほしい」


「かしこまりました、ハルガンディ教授」


ノアは簡潔に返事をし、きれいにお辞儀をした。

ドメル先生はノアに頷き、サッと馬車に乗り込んだ。



車内で、メイシーはノアが持ち運んでくれたノートサイズのガラス板を手に取り、次々と小鳥のカメラを切り替えながら平民街の様子を確認した。


すると、1つのカメラに、濃いピンク髪の女性が映った。


「あっ」


「バーサか。火の手を食い止めようとしているな」


バーサ先生は、木造の家屋が密集している地域で、自分の周りを水の膜で守りながら、轟々と燃え立ち上る炎めがけて水塊をぶつけていた。


そして、切り替えるとオーディン先生、さらにユユメール先生やミッティ先生、モーリシャス先生、フルルーナ先生、ヒューバート先生の姿が次々と映し出された。


先生たちは皆、自分の属性を駆使しながら炎と格闘したり、錯乱で暴れる人を拘束したり、怪我をした人に癒やしを与えたりして、それぞれに平民街の苦境に立ち向かっていた。


そして、次に切り替えると、そこには見慣れた黒いローブの面々が目に飛び込んできた。



「お姉様……!ヨゼフ様も!」


「どうやら学生たちがワナンのもとへ集まったようだな」



映像には、ワナン先生が中心となり、水の魔術や土の魔術が使える学生達が集められ、燃え広がった炎に一斉に水をかけたり、大きな土の壁を作って延焼を防いだりする様子が見えた。


メイシーは、皆の姿に胸が熱くなるのを感じた。



「マージーの姿がないな。私と別れた後、平民街へ向かったはずなのだが」


「切り替えますね」


メイシーは、さらにカメラを切り替え、ハイド先生の姿を探した。

すると、火の手が迫っていない東側で、土を掘り返しているハイド先生の姿を見つけた。


先生は民家と民家の隙間にしゃがみ込み、闇の魔術具の気配を頼りに土の魔術を行使していた。


と、先生の背後に、ふらりと白いマントの騎士が現れた。



(……何かしら?)



メイシーは、小鳥を動かし、先生の背後がよく見えるような位置にまで小鳥を降ろした。


白いマントの近衛騎士は、ハイド先生の背後から、気付かれないようにゆっくりと近づいているように見えた。

そして、腰に下げた剣に手をかけた。



「危ない!!!」



メイシーは思わず叫び声を上げ、ハイド先生に危険を知らせたいと強く願った。


ハイド先生は、ハッとして小鳥の方に顔を向けると、身を翻して背後の騎士から距離を取った。



『どうやって牢から逃げた?』



(え!テレビから音が聞こえる!)


メイシーはドメル先生とノアと顔を見合わせて皆で目を丸くした。


(さっきの私の声、先生に届いたということ?こちらの声も、あちらに聞こえてしまうのかしら?)


メイシーは、人差し指を口に当てて、ドメル先生とノアに、喋らないようにと合図を送った。

2人はコクリと頷き、3人でテレビに注視した。



『マヴァン卿が俺を取り立ててやると……お前を捕らえれば、すぐにでも俺が近衛騎士団長になれると言ったのに……!お前のせいで、俺の計画が水の泡だ!』


近衛騎士は、苛立った声を上げてハイド先生に迫った。


先生は騎士が迫ると、即座に詠唱した。


『闇の神テスカトリポカに告ぐ。この者に闇を。錯乱させよ』


先生が右手を上げて騎士を指し示すと、騎士の頭上に闇が広がり、顔を覆ってしまった。



『ぐっ!』


騎士は闇を振り払おうと腕を振ったが、すぐに動きを止めてその場にドサリと倒れ込んだ。


ハイド先生はカメラの方に向き直ると、近づいてきて、小鳥を手に取った。



『君の声が聞こえた。……こちらの声は聞こえるのか?』



メイシーは、ハイド先生に答えた。



「ハイド先生!聞こえております。なぜか突然、声がやり取りできるようになったようで……」


『おぉ、すごいな。相変わらず君は突拍子もない』



ドメル先生が、画面に向かって話しかけた。


「マージー。聞こえるか?そちらに騎士団の騎士を向かわせよう。その近衛を捕らえる必要がある」


『ドメルも居るのか。捕縛を騎士に頼めるのは助かる』



ドメル先生はハイド先生との会話の後、すぐに思念の指輪に口元を近づけ、会話を始めた。


「スタンリー。ドメルだ。南東地区に近衛が倒れている。奴はマージーを襲った。今は闇の魔術で昏倒しているが、そのうち目を覚ますだろう。また暴れ出す前に連行してくれ」


メイシーはドメル先生の会話が終わると、ハイド先生に話しかけた。



「ハイド先生、ご無事で本当に良かったです…!それから、王宮に証拠の映像を送ってくださり、ありがとうございました!今、王宮では逃げたマヴァン卿を、近衛が必死で探しています。どうか先生もお気をつけて」


『逃げた?どういうことだ。グリュイエールは?』


「……それは…」



メイシーが言い淀むと、ドメル先生が横から答えてくれた。


「奴は自爆した。陛下の目の前でな。彼女はそれを見てしまった」


『……!』


ハイド先生は驚き、無言になった。



「マージー。もうすぐ我々も平民街に到着する。北の門から南下する予定だ。彼女は平民街の消火や市民の回復のために平民街に向かいたいと言っているのだが、君のもとで土を掘り起こす作業を手伝えないか?……まだ彼女が心配なんでな」


「ドメル先生……」



メイシーは、困ったような、不満なような表情になった。


『オレは構わない。これから西側の鎮火した場所を回ろうと思っていたんだ。火が小さくなってきたからな。一緒に来てくれれば助かる』



ハイド先生はそう言って、メイシーに声をかけてくれた。


「……先生方にお気遣いいただいて、すみません。たしかに、土を掘る作業なら、突発的な対応は少なそうですね。そちらでお役に立てるように頑張ります」


『君は張り切らないくらいがちょうどいい』


「一理ある」



先生たちの会話に、ちょっとムッとしたような、拗ねたような顔をしたメイシーなのだった。








平民街、南東。


「西側は火の回りが早かったが、東は火の手が少なかったのか。馬車でここまで来られて良かった」


ドメル先生がそう言って、先に馬車から降りてメイシーに手を貸した。


メイシーはドメル先生の手を借りて平民街に降り立った。


(何だか久しぶりにここに来た気がするわ)



下水道管整備の初期段階では毎日のように平民街を訪れていたが、ここ何年も、侯爵邸での実験やレナルド製馬車の部品作りなどで、平民街を訪れる機会がなかったのだ。



「来たな」


「ハイド先生!」



メイシーは、ハイド先生に駆け寄った。


「さっきは助かった。それから、君の景色を閉じ込める魔術具にも救われた。アレのおかげですぐに近衛から釈放された。ありがとう、感謝する」


「本当に良かったです!猫にカメラを付けたのは、ユユメール先生なんですよ。あとで先生にもお礼を言いたいと思います」


「あぁ。アレは彼女か。彼女はよく猫に餌をやっているようだからな。第5研究棟にも勝手に猫を招き入れて、学園長に嫌な顔をされていると聞いたことがある」


「まぁ」



メイシーが、ふふ、と笑うと、ハイドは少し安堵したようにメイシーの肩をポンと叩き、こう言った。


「きっと無理をしているんだろうが…思ったより元気そうでよかった」


「先生……」



2人が話していると、ドメル先生が辺りをキョロキョロと見回してハイド先生に話しかけた。


「奴は?連行されたか?」


「ああ。先程騎士たちが抱えて運んでいった」


「そうか。やれやれ。マージー、本当に災難だったな」



メイシーは2人に話しかけた。


「マヴァン卿は見つかったのでしょうか?あの一瞬で、一体どこに…」



ドメル先生は眉間にシワを寄せて答えた。


「奴が今どこなのか、何を企んでいるかは分からん。奴は魔術長官だった人間だ。魔術のことには常人よりは長けている。作業の間は周囲の警戒を怠らないようにしよう」



ドメル先生とハイド先生、メイシー、ノアは、互いに頷くと、西に向けて闇の魔術具を探索する作業を開始した。



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