たしなみ7
魔術学園の東側には、入学式で使った大講堂が建っており、その横にはレストランが設置されている。
天井が高く、落ち着いた雰囲気のそのレストランは、教員や学生にもファンが多い、人気のレストランだ。
奥にはいくつか個室があり、メイシーは、その中の一室に案内された。
ラグナーラは先に到着しており、優雅な所作でスッと立ち上がり、カーテシーをした。
「ごきげんよう、メイシー様。本日はお招きありがとうございます」
「ごきげんよう、ラグナーラ様。突然のお誘いで申し訳ございませんでした。来ていただき、感謝いたします」
メイシーはローブを脱ぎ、二人は席に着いた。
メニューから、メイシーは蒸し鶏の玉ねぎソースがけを、ラグナーラは白身魚のソテーを注文した。
「ラグナーラ様、昨日は、その……驚かせてしまい、申し訳ございませんでした」
「まぁ、お話とは、そのようなことでしたの?私、とても驚きましたけれど、メイシー様が飛び級で入学なさったのは、やはり本当だったのだわ、と、すごく感動していたのです」
「そうですか……?」
「あのような大きな像を瞬時に止めるのは、魔術に理解があっても、難しいのです。現に、大半の学生は動転し、逃げ惑っていましたでしょう?私だって、メイシー様が逃げずにその場に留まっていらしたから、おろおろと周りに居ただけで、本当はお恥ずかしながら、逃げてしまいたかったのです……」
「それは、まだ若い、戦闘経験もない女性があの場に立ち会わせたら、多くが走ってその場を去ろうとしますよね。私はあの像の仕組みに興味が湧いてしまって……。その、お恥ずかしながら、魔術のこととなると、周りが見えなくなるといいますか……」
「それはメイシー様の素晴らしい特技ですわ」
ラグナーラはにこりと微笑み、グラスに入ったレモン水に口をつけた。
肩の方に流した濃紺の髪を耳に掛ける仕草が、とても色っぽい。
「それから、あの不思議な詠唱も……。あれもメイシー様の秘密の特技なんでしょう?」
「えっと……。今日はそのことで折り入って相談が。あれは、ラグナーラ様の胸の内に収めていただけないかな……と」
ラグナーラはきょとんとした表情になった。
「……かしこまりました。私、口外いたしませんわ」
ラグナーラはそう言って口に人差し指を当てて、ふふっと笑った。
(ドメル先生は契約の魔術を結ぶように言っていたけど、そこまでは必要無い気がする……)
やがて運ばれてきた料理を食べながら、メイシーは授業のことを聞いてみた。
「ラグナーラ様は、本日はどのような授業に?」
「私は水の魔術が最も得意ですので、水の魔術に関する講義を選択しておりますの。午前中は、魔術で出した水の特性や、水の形態変化について学びましたわ」
「羨ましい……!」
「ふふ、メイシー様は本当に魔術が好きでいらっしゃるのね。メイシー様はどの講義を選ばれたのですか?」
「実は……私はドメル先生に出席できる講義を制限されておりまして……。でも先程まで、ドメル先生とヨゼフ様と、3人で実験や話し合いをしておりました」
「まぁ!ということは、ドメル教授の実験にお二人が招待されたということでしょうか?」
「えっと……私に与えられた実験室に、なぜかお二人がいらした、という流れです。ドメル先生は素材をくださるお約束だったのですが、ヨゼフ様がお手伝いをしたいと仰って付いて来られたので、ドメル先生が気を使ってその場にとどまって下さいました」
「……つまり、すでにメイシー様は、第1研究棟の研修生になっておられるということでしょうか?」
「はい。ドメル先生に……誘われまして」
「この時期、入学生は色々な研究棟を行き来し、自分に合った棟官を選び、その研修生となるのですが、メイシー様は最初からドメル先生に、と決めていらしたのですね?」
「……そうでもないのですが、ちょっとした手違いで……」
「そうなのですか?この3年間のご自身の研究方針にもなりますし、もし何か問題があるようでしたら、すぐにドメル教授に申し出られたほうがよろしいと思いますわ」
「そうですね……。でも、とりあえずは、好きな素材もたくさん使えそうですし、大きな問題は無いかと思っています」
「それでしたら、よかったですわ」
二人で食事を楽しみながら、和やかな雰囲気で会話を続けた。
「あの、伺ってもよろしくて?」
「なんでしょうか?」
「ヨゼフ様……ヨゼフ・メナージュ侯爵令息が、メイシー様の実験室においでになられたのは、どうしてかしら?」
「えっと……」
メイシーは、そう問われて返事に困った。
(きっと昨日の話から、私と交流を持ちたいという気持ちなんだろうな……。実験や話し合いが楽しくて忘れてたけど、思い出すと……)
顔が熱くなり、赤くなってきた。
「……あら?メイシー様、お顔が赤いわ。お部屋が暑いかしら?」
「いえ、その……ラグナーラ様、ご相談しても?」
「ええ、私でよろしければ」
「貴族の子女や子息は、その……結婚を、会って間もない方に、いきなり申し込むことはあるのでしょうか……?」
ラグナーラは、手に持ったフォークとナイフをガチャリと落とし、前のめりになってメイシーを見つめた。
「何それ……!詳しく!」
「あ、あの、ラグナーラ様、これはその、例え話でして……」
「いいえメイシー様!貴女はそんな嘘は全くつけないのです。貴女は分かりやすすぎると思いますわ!
……ライオンが不在なのを良いことに、横から鷲が可愛い仔ウサギを掻っ攫おうとしているのね……ハァハァ、なんてこと……!」
ラグナーラは興奮してメイシーの向かい側から、すぐ隣の席に移動してきた。
「さ、お姉様に何でも相談して?」
「は、はい、ラグナーラ……お、姉様?」
「はぅ……!」
ラグナーラ様は苦しそうに胸を抑えて、テーブルに突っ伏すと、しばらく動かなくなった。
メイシーはどうしたら良いか、少しおろおろとしてしまう。
「あ、あの…ラグナーラお姉様……とお呼びしてよろしかったのでしょうか…?」
「もちろんですわ!!」
ガバリと頭を上げ、ラグナーラはキラキラと輝く濃灰色の瞳をメイシーに向けた。
「では、私のことも、どうぞ気軽にメイシーとお呼びください。様、はつけずに」
ラグナーラにはメイシーと同い年の妹がいると聞いたので、きっとこんなふうに姉妹で気のおけない会話をしているのだろうなと想像した。
メイシーは前世でも今世でも一人っ子なので、お姉さんがいたら、こんな感じなのかなぁと、少し照れくさいような、嬉しい気持ちになった。
「……メイシー、そんな可愛らしい笑顔、反則よ」
「まぁ、そんな……。ラグナーラお姉様こそ、とても優雅で艶っぽくて素敵ですわ」
「はぅ……」
二人でクスクスと笑い、女子のお友達っていいなぁと、改めて感じたメイシーだった。
「それで……本題に戻るけれど、ヨゼフ・メナージュに結婚を申し込まれたのね?」
「は、はい……」
「言っておくけどメイシー、今年の入学生は大半がメイシー目当てよ」
「えっ!?」
衝撃の事実に、メイシーは瞠目した。
「ただし、入学式で皇太子殿下がメイシーをエスコートしたから、どの男性もそう簡単には声をかけてこないでしょうけれど」
「そ、そうなのですか?」
「もし皇太子のことがなければ、今頃貴女にはデートの申込みが殺到して大変だったでしょうね。……だから、その点は皇太子に感謝ね」
「なるほど……殿下はそのような意図で、私を保護してくださったのですね……」
「保護……貴女はそう思ったのね?」
メイシーは、自分の知らない事実ばかりで、かなり困惑した。
「ただねぇ……。メナージュ侯爵家は貴女のマクレーガン侯爵家と対立する家系だから、侯爵家同士で家格の釣り合いは取れるけれど、貴女が嫁ぐとなると大変よ?」
「その……ヨゼフ様は、婿入りできる、と。良い条件だと、仰っていました」
「あぁ、まぁ。確かに貴女のお家は嫡出子が貴女だけだから、貴女がお嫁入りする場合は侯爵様がどこかから養子を取るものね。だけど、貴女が婿養子を取るなら……そうね……貴女のお父上は貴女を溺愛なさっているから、手元に置けるのであれば、ライオンより鷲に軍配が上がるかしら」
「あの、最後のほうがちょっと分かりにくかったのですが……。婿養子を取れば、私はマクレーガン侯爵家に留まることができる、ということですね?」
メイシーは考えてみた。
正直、前世の感覚からすると、結婚なんて13歳の子供が考えるのものでもない気がしているが、もしするのであれば、お父様もお母様も、皆が一緒に暮らせるのは、メイシーにとっては嬉しいことだと思えた。
(それに、ヨゼフ様は優しそうだから、私が好きな研究や実験をしても、受け入れてくれそう……)
ひとしきり考えて、メイシーはラグナーラを見つめた。
「ラグナーラお姉様。私、ヨゼフ様との結婚が、何だかとても良い案のような気がしてきました」
「うふふふふ!そうねぇ……。でも、そんなにうまくいくのかしらね?」
「……と、言いますと?」
「今はライオンが姿を現していないから、まだ穏やかなだけなの。これからが面白いところよメイシー!」
そう言って、ラグナーラは楽しそうに笑いながら、メイシーを抱きしめた。
「ラ、ラグナーラお姉様……!」
「あ〜、可愛いわぁ!こんな可愛い妹が欲しかったの!!」
「まぁ……ふふ、私は一人っ子なので、姉妹っていいなぁと思っておりました」
それからメイシー達は二人で家族のことや魔術のことで盛り上がり、楽しく会話をして寮に戻った。
そして、翌日にはラグナーラも、メイシーの実験室に来てくれるようになった。
ドメル先生は、授業がないときは足繁くメイシーの実験室に寄り、四人でメッキの技術をどう活かすか、意見を交換しあったり、メイシーのやり方でメッキを張る練習をしてみたりと、楽しい時間を過ごした。
そしてあっという間に週末になり、メイシーは、寮を離れ、王都内のマクレーガン侯爵邸に帰宅することになった。