SIDE: ドメル2
ドメル達は、王宮外門から出て貴族街の中を通った。
乗り付けてきた馬車が無いため、二人は近衛兵舎近くの厩舎で馬を借りて移動した。
ハイドが上空を見上げてドメルに尋ねた。
「平民街で煙が上がっているな。貴族街には何も被害はないのか?」
「今のところ貴族街で火の手が上がったとは聞いていないな」
ドメルの返事を聞き、ハイドは思案しだした。
「ドメル。オレを捕まえる時、白いマントの近衛が、マヴァンの名を口にした。ついでに近衛は薬でもやっているのか、視線が定まっていないように見えた。オレを嵌めようとした犯人はマヴァンなのか?」
「……近衛騎士団長にすぐその報告をすべきだったな。そのおかしな近衛については、追って沙汰が下されるだろう。
君の予想は外れていないと思う。今メイシー・マクレーガンが登城し、謁見の間でマヴァンと対峙しているはずだ。グリュイエールも居る」
「貴族派の二人だな。地位を失ってなお、まだ返り咲きを狙っているということか?」
「おそらくな…」
ハイドはドメルの言葉を聞き、馬の速度を緩めた。
「平民街に行く前に、彼らの家に立ち寄りたい」
「なに?」
「土に埋まっていたあの闇の魔術具は、多分親父か祖父が作ったものだ。奴らは我が家のお得意先だったらしい。他にも闇の魔術具を蓄え込んでいるだろうし、何なら闇の魔術具で、何か疚しいものでも隠しているのでは?今登城して留守なのだとしたら、自宅に忍び込んでも問題ないな」
「な…!?」
ハイドの言葉に、ドメルは言葉を失った。
「マージー家を敵に回すなど、馬鹿なことを。奴らのお粗末な対応を後悔させてやる。グリュイエールは確か貴族街の北に家があったな。ここからそう遠くない。オレはそちらに向かう」
ハイドは馬を方向転換させた。
「ま、待て、マージー!家に忍び込むなど、盗人の真似事をする気か?また捕まったら、今度は君を助けられんぞ!」
「ああ」
ハイドはドメルの忠告に耳を傾けることなく、さっさと進んでいく。
ドメルは理不尽な気分になりながらも、結局ハイドのあとをついて行くことにした。
グリュイエール邸。
今はグリュイエールが北部の領地に本拠地を移していることから、この王都のタウンハウスには限られた使用人しか居らず、警備のための私兵も少ない様子だ。
「……本当に行くのか?」
屋敷の周囲を囲む植栽に隠れて、ドメルはハイドに声をかけた。
「ドメルは残れ。オレ1人で行く」
ハイドが行こうとするのを、ドメルは反射的に止めて、こう言った。
「乗りかかった船だ。私も付き合う」
「あんたは妙に世話焼きだ。気乗りしないのに無理やり付き合わせるつもりはない。あまり人に構いすぎれば身を滅ぼすぞ」
ハイドの言葉に、ドメルは眉間にシワを寄せて返事をした。
「君こそ、その1人で解決して完結させようとする思考を改めたほうが良いぞ。研究者にありがちな考え方だが、個人よりも、チームの力を信じたほうが良い場面は多いものだ」
ドメルの言葉に、ハイドは無言になった。
「……君のその考え方は、生まれつきの環境もあるのかもしれんが。私はもうとっくに、君を身内だと思っている。水臭いことを言うなよ。
急ごう。奴らが戻る前に闇の魔術具の隠し場所を探し当てるんだろう?」
「……ああ」
ドメルはハイドの肩をドンと叩いた。
「屋敷にはどうやって忍び込む?衛兵2人しか居ないようだし、正面から入るか?」
「そうだな。門の衛兵をオレの闇の魔術で錯乱させる間に忍び込もう。まず、グリュイエールの書斎や執務室を見つけたい」
「承知した。が、その前に……」
ドメルはぐるりと辺りを見渡した。
屋敷の周りは植栽の背後に鉄柵が囲っており、柵に小鳥が止まっているのを見つけた。
ドメルは素早く鉄柵を登り、小鳥を手に取って降りてきた。
「それは、もしや」
「メイシー・マクレーガンの風の魔術の化身だ。この鳥の目からの景色は、彼女のテレビに繋げられる。景色を保存しておけば、陛下を説得する材料にもなるだろう」
「なるほど。いいアイデアだ」
2人は気配を消しながら入口に近づいた。
門には2人の衛兵が居り、退屈そうに立っている。
そこに、ドメルが石を投げた。
衛兵2人は、足元で石がコンッと音を立てたのに気づき、2人ともが足元に視線を動かした。
そこにハイドが忍び寄り、衛兵二人に闇の魔術を行使した。
「闇の神テスカトリポカに告ぐ。闇の中に彼らを捕らえて錯乱させよ」
ハイドの詠唱で、衛兵の頭上に闇が広がり、顔を覆った。
「なんだ!?」
「う……」
2人はすぐに声をなくし、ぼんやりとした表情でその場に立ち尽くした。
「急ごう。魔術は長くは保たない」
ハイドはそう言うと、素早く門を開けて中に入った。
ドメルもそれに続き、門を閉めて周囲に異変を悟られないように注意した。
建物は3階建ての洋館で、玄関から入ると、まず豪奢なシャンデリアと最高級の赤色の絨毯が目に飛び込んできた。
(なんだこれは。王宮よりも贅沢ではないか。何と嫌味な内装だ)
ハイドは2階に行こうと、静かに階段を上がり、ドメルもそれに続いた。
2階に上がると、使用人の話し声が聞こえてきた。
「この前マリーが泣きながら旦那様の寝室から出てきたのを見たわ。使用人に手を出すなんて、許せない」
「それで奥様が激怒されたのよね。そのせいでマリーが解雇されるなんて、あんまりだわ」
「ここの使用人は皆なるべく旦那様と顔を合わせないようにしているのよ。特に若い女性はね」
「マリーは入ったばかりで、知らなかったのよね…本当に気の毒」
「今は留守だから、さっさと寝室の掃除をしに行くわ。執務室と書斎は今日は貴女にお願いしても良い?」
「ええ、手早く終わらせましょう」
その会話を聞き、ドメルとハイドは使用人の後をつけることにした。
片方が階段の方に向かってくるのに気づき、2人は息を殺して柱に隠れた。
使用人が通り過ぎたのを見計らい、もう片方の使用人の後について行った。
使用人は、2階の突き当りの部屋の前で鍵を取り出し、扉を開けた。
(ここは書斎のようだ)
ドメルが使用人の後を追おうとすると、ハイドが呟いた。
「魔術の気配がする。扉の向こうに何かがある」
そう言って、闇の魔術を行使した。
「闇の神テスカトリポカに告ぐ。部屋の中の使用人を錯乱させよ」
ドサリと何かが倒れる音がした後、ハイドは扉を開けた。
書斎では使用人が気を失って倒れていたが、2人はそれを無視し、素早く部屋の中を見回した。
「闇の神テスカトリポカに告ぐ。部屋の気配を探れ。闇の魔術具はどこだ」
ハイドの腕から黒い煙が広がり、部屋中を包みこんだ。
ドメルは外から誰かが入りこまないよう、扉を閉じて中から鍵をかけ、廊下に聞き耳を立てた。
黒い煙は部屋中に充満して、ドメルの視界は真っ黒で何も見えなくなった。
それが少しずつ薄れ、辺りが見えるようになると、ハイドが1つの書棚の前で何かを検分している様子が目に入った。
「闇の魔術の気配が濃い。……この本だ」
ハイドが1冊の本を手に取ると、そこから黒い煙が広がり、書棚を覆った。
すると、書棚に見えていたものが、1つの扉に変化した。
「隠し部屋か?」
「ああ。この部屋にあるいくつかの闇の魔術を打ち消したが、本自体にも隠蔽の魔術がかかっていた。扉を出現させるには、4重の闇の魔術具を解除せねばならなかった」
ハイドはそう言って、扉に手をかけた。
ドメルもハイドのあとから隠し扉をくぐった。
扉を開けると、そこには地下に続く階段があり、薄暗い石畳の階段を下りた先に、さらに扉があった。
ハイドが扉を開いた。
「……ここで悪事の相談でもしていたか」
「どうやら君の考え通りだったな」
暗い不気味な部屋には、長いテーブルと、数十人は座れるであろう数の椅子が並べられている。
そして右手の壁面の棚には、ハイドが土の中から見つけたものと同じ闇の魔術具が、所狭しと並べられ、奥の書棚には何かの書類の束が積まれている。
さらに、酒瓶が入った木箱がいくつかある。
「あの書類の束を映そう。いい手土産になりそうだ」
ドメルはそう言って、書類の束の方へ向かい、小鳥に向かって書類を次々と映し出した。
ハイドが壁面の棚の魔術具を1つ手に取り、ポンと宙に放った。
「証拠にするなら、闇の魔術具は残しておいたほうがいいのか?気分的には、1つ残らず灰にしてやりたいんだが」
「だめだ、まだ壊すには早いぞ。騎士団に押収させたい。だが残念なことに、今は平民街の収拾をつけるのに全人員を割いている。
……近衛には敵の手先が入り込んでいるから、協力を仰ぐには不安だしな」
「ドメル、そろそろ衛兵にかけた魔術が切れる。ここは去ろう」
ハイドはそう言うと、魔術具を元の場所に戻して階段へと向かった。
階段を上がり、書斎に戻ると、まだ使用人は床に倒れ込んでいた。
ハイドが闇の魔術具を再びかけ直すと、扉は消え、書棚に姿を変えた。
「急ぐぞ。この者もじきに目を覚ます」
2人が扉から出ようとしたその時、廊下からノックする音が聞こえた。
「書斎の掃除は終わった?」
ハイドとドメルは顔を見合わせ、同時に窓の方へ視線を向けた。
「闇の神テスカトリポカに告ぐ。廊下の使用人を錯乱させよ」
すると、廊下から「うっ!」といううめき声が聞こえ、ドサリと倒れる音がした。
床に倒れた使用人は、その物音に反応して、もごもご口を動かし、そろそろ目覚めそうな気配を見せた。
2人は音を立てないように窓へと移動し、ドメルが窓から身を乗り出して詠唱した。
「土の神オメテオトルに告ぐ。土で階段を作れ」
庭の土がボコッと盛り上がり、見る間に窓から地面へと階段を作り上げた。
窓から階段を降り、庭に出ると、今度はドメルは鉄柵によじ登り、外の道路へと飛び降りた。
ハイドは鉄柵の先端を見て動きを止めた。
「仕方ない」
そう言って、ローブに手をかけて脱ぐと、ドメルに向かって丸めて放り投げた。
「ぶっ!」
「絶対に破きたくないもんでね」
ドメルが顔に投げつけられたローブを剥がして見上げると、上からは素顔のハイドが舞い降りてきた。
着地と同時にドメルを見上げた瞳は、黒と金のオッドアイ。
さらりと流れる前髪をかきあげ、ドメルの前に立った美男子は、呆然とした様子のドメルから紫のローブを受け取ると、再び袖を通した。
「驚いた…。君はなぜローブで顔を隠すんだ?そのままでいれば良かろうに」
「オレは平和に過ごしたいんだ。この瞳が顕になると、色々と都合が悪い」
「都合が悪いとは……。その瞳は、まさか……」
「昔話に出てくる、滅びたはずの王族が今も生きているなどと、余計なことは誰にも知らせたくない。オレは別にいまさら表立って目立ちたいとは思わん。今のまま、普通の帝国民で居たいんだ。
さ、行こう。平民街の魔術具を掘り起こすんだろ?」
ハイドはローブの首元のボタンを留め、またフードを目深に被って顔を隠した。
ドメルは初めて見たハイドの顔が想像の遥か上をいく美形で大分面食らったが、彼の事情を考えれば、静かに暮らしたいという気持ちは充分理解できた。
ドメルは小鳥を手に取ってハイドに掲げた。
「私はこれを王宮に持っていく。メイシー・マクレーガンは何の策もなしに王宮に乗り込んでいったから、援護してやらねば」
「それがいい。では、我々は一度ここで別れよう」
そう言って、2人はそれぞれ馬に乗り、各々の目的地を目指して駆け抜けていった。




