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SIDE: ドメル1


『存在自体が奇天烈で、何をするのか分からない。でも、なかなか気立ての良い思いやりのある娘で、彼女が困っているのを見ると、つい手を差し伸べたくなる』



今のところのドメルにとってのメイシー・マクレーガンに対する印象はこのような感じだ。


そこに本日、さらに一文が書き加えられた。




『怒らせると手に負えない』







ドメルは王宮外門に降り立ち、メイシー達を見送ると、眉間にシワを寄せてため息をついた。


(なんてことを請け負ってしまったんだ…)


まさか、騎士として魔獣を退治し、悪人を成敗していた側の自分が、友人を濡れ衣から救うためとは言え、牢破りをすることになるとは。


すでに若干後悔しそうになる思考を、どうにか前向きに方向転換させ、ドメルは近衛兵舎に向けて歩を進めた。



(マージーを救い出す。それだけを考えよう)


教授同士、彼とは短くない期間を共に過ごしてきた。


最初こそ、顔が見えない不気味な相手、いわくのある家柄の当主、と構えてしまっていたが、話してみれば、彼の魔術の歴史についての造詣の深さや、珍しい闇の魔術の使い手であることを鼻にかけず、むしろ闇の魔術が必要な場面には声をかけてほしいと、とても気さくに教授陣に接するところが、ドメルにとっては大変新鮮な印象だった。



(今の教授陣は全員がとても粒ぞろいだ。こんなに能力に優れ、人柄が良い者が揃ったことはあるのだろうか)


ドメルが教授に取り立てられてから10年が経つが、就任当時はオーディンとワナン以外の教授は、正直大変接しにくい人物達だった。


それらの貴族派の人間が大半だった過去から、今は1人も貴族派が居なくなったことが、学園の雰囲気を変えた大きな要因だと思われた。


(ワナンがずっと、貴族派を抑えようと地道に努力していたことが、確実に成果を上げている)


ワナンは21で棟官になって以来、ずっとこの任を続けているから、現在はオーディンに次ぐベテランだ。


そんな彼が、当初から優秀な人材の育成を目的に魔術学園を志していたと聞き、ドメルはいたく感心したものだった。


このような清廉な気持ちを持つ貴族がもっと増えれば良いのに…と、当時は内心感じていた。


貴族派が、なにか後ろ暗い活動を行い、互いに汚い方法で得た金を握り合っていることは、何となく察しはついていたものの、それを表立って糾弾できるほどの材料は無いし、貴族派が主流の時代は、彼らについて公言することは憚られる風潮があった。


(今思えば、それは異常だった。何かきっかけさえあれば、皆、正しいことを正しい、悪いことは悪いと、言いたかったに違いない)



そして、その()()()()は、マクレーガン侯爵が作ってくれたのだ。


(人道的ではない方法でしか金を工面できない、と思い込んでいた貴族は多かったのだ)



マクレーガン侯爵のもと、王都の衛生環境の向上を実現し、帝国民が全体的に健康になり、生活が改善して税収が上向くと、そのような過去の悪事は無かったかのように、すっかりその気配を消した。


(当然だな。妙な方法を取らずとも、正攻法で領地が潤うなら、そのほうが未来にわたって長期的に、子々孫々に恩恵があるに決まっているのだから)



貴族派だった家々が面白いようにマクレーガン派に(ひるがえ)り、まるで貴族派など無かったかのように、小さく縮小させられた様子は痛快だった。



(さて、その(くすぶ)っていた最後の火種達が、今更どうして顔を出したのか。今回のやり方を見ても、正気ではない)


ドメルは、門を守る衛兵を厳しい表情で睨みつけ、手短に用件を伝えた。



「ドメル・ハルガンディだ。近衛騎士団長に火急の用がある」


衛兵は、一瞬戸惑った様子で、扉を開けて中の騎士たちに対応を任せた。




ドメルの要請に、近衛騎士団長が姿を現した。


「お久しぶりです、ハルガンディ閣下。火急の用とは何でしょうか?」


「久しいな、近衛騎士団長。折り入って頼みがある」


「どうぞ昔のようにパルナスと。ドメル師匠にそのように呼ばれるのはくすぐったい」


そう言って、一見柔和な印象の優男は、ドメルに微笑みかけた。


近衛というのは、陛下の身辺警護のために、常に陛下のお側に付き従う必要があるため、騎士の中でも見目の良い者が選ばれるのが一般的だ。


この、後ろで結わえた白銀の長い髪を(なび)かせる騎士の姿は、さぞ婦人たちに持て囃されているのだろうと想像できた。


パルナスは、スタンリー達よりも少し年長だが、彼らが騎士団加入当初に、よくドメルが目をかけていた者たちの1人だった。


「ではパルナス。単刀直入に言うが、こちらに今ハイド・マージーが留置されていると思う。その身柄を私に引き渡してほしい」


ドメルの言葉に、パルナスは目を丸くして数秒置いたあと、妙に凄みのある笑顔でこう言った。



「それはできません。彼には重大な疑惑がありますから。まさか、元同僚のよしみで解放せよとでも?そのような公私混同、よもや師匠の口から飛び出すとは」


パルナスはドメルの要請を拒否すると、整った顔に憂いの表情を浮かべた。

ドメルはその答えに、こう返した。



「では、まだ市中に残っている闇の魔術具はどうするのだ?このまま放置して、また錯乱による騒動が起きたらどうする?彼以外に闇の魔術を使える人間はいるのか?」


ドメルの指摘に、パルナスは苦い表情をして押し黙った。


「パルナス。悪いようにはしない。彼を私に預けろ。調査の結果、彼の疑義が晴れぬのなら、私が責任を持って彼を連れ帰る」


パルナスはドメルの話に、納得がいかない様子で答えた。


「師匠。たとえ拘束の腕輪を嵌めていたとしても、彼に疑惑がある中で市中に戻すほうが危険だ。市中で仲間と接触されて、すでに埋めてある闇の魔術具をいっせいに使われたらどうなるのです?

そんな簡単な比較もしないなんて貴方らしくない。……それとも貴方は、この騒動について何か知っていることがあるのでしょうか?」


(ま、そうだな。……適当にだまくらかせそうもない。仕方がない。メイシー・マクレーガンの案でいくか…)


ドメルはため息をつき、パルナスに話した。



「その通りだ、パルナス。先程の騒動で、騎士団が現行犯を捕らえた。奴らは口を揃えて『マヴァン卿に指示されて魔術具を使った』と供述している」


「な…!」


パルナスは驚愕した様子でドメルを見た。


「……そんな、まさか」


(この驚きは、どういう意味なんだ。彼は陛下からあらかじめ指示を受けて、知っていてマージーを捕らえたのではないのか?今、初めて貴族派の存在を知ったような反応だな)


パルナスの動揺に畳み込むように、ドメルは口を開いた。



「そのまさかだ。いまマヴァンはグリュイエール前宰相と共に登城し、陛下に謁見中だ。……何の相談だろうな?」


ドメルの何か言いたげな雰囲気に、パルナスはサッと顔色を変えた。



「……ハルガンディ閣下。騎士団は、タイラー総団長のもと、常時王都の警らを一任されています。我々近衛騎士の今の任は、この混乱から陛下を護ること。ゆえに、ハイド・マージーの処遇は、騎士団に委ねたほうが良さそうだ」


パルナスは、ドメルの話に理解を示し、案外あっさりと身元の引き渡しを決めた。


パルナスの表情は暗い。



「陛下は何をお考えなんだ……」


ドメルは、パルナスのその言葉に、陛下は誰にも告げずに貴族派の者たちを城に引き入れたのかも、と想像した。


(近衛にも言わずに接触したのか。つまり、貴族派と相当懇意にしているということだ)








ドメルはハイドが居る留置場へ向かった。


近衛兵舎の留置場は、騎士団のそれより数が少ないものの、数十ほどは備えられている。

廊下に沿って配置された個室には、鉄格子が嵌められ、中の様子がすぐ分かるようにされていた。


ドメルの足音が廊下に響き、1つの部屋の前で止まった。



「……あの娘の魔術具は、ちゃんと役目を果たしたようだな」


ドメルが足を止めた部屋から、紫のローブの男の声が聞こえた。


「マージー。何があったのかはテレビで見た。突然の出来事に動転しただろうが、大人しく捕まるとは、素直すぎやしないか?」


「別に。逃げ回るのが癪だっただけだ」



ドメルは、ハイドの答えを聞いて、やれやれと肩を竦めると、パルナスから借りた鍵を使い、ハイドの部屋の鉄格子を開けた。


ハイドが鉄格子を出ると、同時に手枷も解いてやった。



「やれやれ……。ひとまずは礼を言おう。感謝する、ドメル」


「構わん。こんな場所はさっさ出よう。君には早速やってもらいたいことがある」


「何だ?オレは犯人にお返しでもしてやらないと気が済まないんだが」


怒気を含んだハイドの言葉に、ドメルは軽く彼の肩をたたいた。



「そっちはすでにメイシー・マクレーガンが対応している。どういう展開になるのかは分からんが、彼女は怒りのまま、王宮へ乗り込んで行った」


「おいおい。……あの娘が張り切ると、碌な事にならないぞ」


ハイドはフードを被っているので表情は読めないが、呆れたような、何とも言えない顔をしているのは想像できた。



「同感だ」



ドメルはそう言って笑うと、ハイドと共に平民街へ向かうことにした。



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