たしなみ2-27
中央署に戻ったメイシー達は、二階の大きめの部屋に通してもらい、部屋に次々とガラス板を運び込んだ。
壁面全てにガラス板を設置し、一人二台ずつ映像をチェックすることにした。
メイシーが風の魔術で、設置した全てのテレビに一斉に映像を映すと、騎士たちから歓声が上がった。
「さすが女神…!」
「これだけ複数の魔術を行使なさるとは」
騎士たちから崇拝するような目で見つめられ、このおかしな状況に全く馴染めず、メイシーはタジタジになった。
「ドメル先生……。私、どうすれば普通の人間だと認識していただけるでしょうか……」
「騎士たちの基準は分かりやすい。強い者、強力な魔術が使える者が一番好まれる。あまり騎士たちに親切にしすぎるなと忠告したが、君は聞き入れない様子だったではないか。魔力の高い君に、なおかつ親切にされて、取り返しのつかないことになったのでは?もう、甘んじて受け入れてはどうだ」
「そ、そんな……」
メイシーにとっては普通の魔術の行使のつもりが、まさかこのような事態を引き起こすとは夢にも思わず、狼狽した。
「そんなことより、とりあえず、この魔術具の景色の確認作業に入ろうではないか」
ドメル先生は、メイシーを放って、一人さっさとガラス板の前に座り、映像を見始めた。
メイシーも、仕方なくドメル先生の隣に座り、ハイド先生救出につながる手がかりを探ることにした。
その頃、前宰相グリュイエールの屋敷で、密談が開かれていた。
この部屋は、かつてグリュイエールが好んで使っていた、秘密裏に作らせた隠し部屋だ。
グリュイエールが王都を去った後も、部屋はそのままに置かれており、過去の悪事の残骸とも言える薬品やアルコール、裏帳簿などが残されたままだった。
部屋は闇の魔術が込められた魔術具で、人の目には触れぬように何重にも隠されていた。
「王都の市民の乱闘騒ぎで、騎士団の騎士たちは、原因が分からず、対応に苦慮しているようです」
一人の貴族の男が、可笑しそうに口元を歪め、現状に満足したような口ぶりで話し始めた。
「彼らが王都を当てもなくふらふらとしている中、近衛が主犯の男を捕らえました。……そろそろ頃合いかと」
貴族の男は、可笑しそうに笑い声を上げ、冷たい視線をもう一人の男へと向けた。もう一人の男も、口元の金歯を光らせながら、ニタリと下卑た笑みを浮かべた。
「今は皇太子も居ない。邪魔なマクレーガン侯も、地方に出払っている。……計画を実行するには絶好の機会だ」
「ええ。陛下が我々に協力的で助かります。あの方は簡単に貴族派と関係を断つことなど、できぬのですよ……!」
「くくく!」
中央署。
メイシー達が根気強く映像を見ていると、現在の王都の様子を映している複数のテレビに、黒い煙が映り始めた。
「これは……」
ドメル先生が眉間にシワを寄せて黒い煙の動きを見つめた。
「闇の魔術だ。あの土に埋められた魔術具から、闇の魔術の力が出てきたに違いない」
ドメル先生のその言葉に、スタンリー署長は険しい顔で立ち上がり、外を見回っている騎士たちに、指輪を使って黒煙の方へ向かうよう指示を出し始めた。
そしてこの場の騎士たちも、一斉に外へ出る準備をし始めた。
「教授。騎士たちは全員現場へ向かわせます。ここには私だけが残り、騎士たちへ指示を出します」
騎士たちはスタンリー署長のその言葉を受け、全員が外へ飛び出していった。
「外はスタンリー達に任せよう、メイシー・マクレーガン。我々は引き続き、ここから街の様子を探るぞ」
「はい、先生」
メイシーは、闇の魔術と聞いてハイド先生のことを思い出し、心配になった。
王都各所では、闇の魔術具の錯乱で、市民たちが乱闘を起こし始めていた。
テレビには次々とその様子が映し出され、音声が伝わらないものの、中央署内に居ると、人々の怒鳴り声や、何かを壊したり、叩き割るような音が遠くから聞こえ、メイシーはさらに不安になった。
メイシーが街全体を俯瞰して見るために鳥を1羽、上空から王都を見下ろすように飛ばしてみると、そこからの景色は、想像以上にひどい様子だった。
「これは……。黒い煙はすぐに薄れたようだが、煙に紛れて火を放った者がいるな。西側を中心に、あちこちで火の手が上がっている」
人々が乱闘を起こして殴り合い、そこかしこで小競り合いが起きている。
そして火の手が上がった乱闘現場から逃げ惑う人たちが大勢いて、騎士たちは黒い煙の場所までなかなかたどり着けないでいた。
「鳥を旋回させます。煙の付近に、まだ犯人がいるかもしれません」
メイシーは、10羽ほどを移動させ、騎士たちや市民の上から煙の付近を観察した。
すると、ドメル先生がそのうちの1羽の映像に目を留めた。
「おい、これはなんだ?」
ドメル先生の呼びかけに、メイシーもそのテレビを覗き込んだ。
「ハイド先生が写した魔術具と同じですね。黒い煙がうっすらと出ています。……あっ」
メイシー達が見ているところに、黒いローブの人がやって来て、ランプのような魔術具をサッとローブの中に隠し、混乱する市民の中へと紛れ込んだ。
「ドメル先生!ハイド先生が捕まる前に、現場をうろうろしていたのもローブの人でした!先生、こちらにも!」
メイシーが、黒い煙が薄まり、人々の混乱に乗じて証拠を回収する怪しい人物の様子を、他にも3箇所で見つけた。
スタンリー署長は、騎士たちにローブの人の特徴を伝え、どちらの方向に向かったのか、騎士たちに指輪で伝え始めた。
「黒いローブだ。男か女かは分からん。東の2部隊、北東の市街地へ向かえ。被疑者は南へ向かった。南東の1部隊は北上しろ。南の3部隊は、北上しながら南東の市街地へ向かえ」
メイシーは、スタンリー署長の前のテレビに、ローブの人物を追跡する小鳥の映像を4つ展開させた。
すると、スタンリー署長が目を見開いてテレビとメイシーを交互に見て、指輪に語りかけた。
「女神が凄すぎる…!逃走中の被疑者4名の姿を魔術で追跡中。お前らこれで取り逃がしたら、どうなるか分かってるな?
……ここまで手を差し伸べてくださった女神を落胆させる者。居たら、そいつは私の手で裁いてやる」
(やめて、色々とやめてーー!!)
メイシーはスタンリー署長の目の前で、顔を左右に振って、違うと目で訴えた。
スタンリー署長は微笑み、うっとりした様子で指輪に簡潔に話しかけた。
「女神が最高に素敵だ」
すると、署長のもとに、一気に数名から抗議の思念が届いたようで、署長は顔をしかめてこう告げた。
「うるさい。署長の特権だ」
スタンリー署長は、そう言って、またテレビに視線を戻し、被疑者の様子を思念の指輪につぶさに話しかけた。
メイシーは、なんだかどっと疲れてしまった。
(うぅ……!女神呼びに慣れるなんて、無理に決まっているわ!)
「メイシー・マクレーガン。休ませてやらずにすまなかった。昼がまだだろう。一度学園に戻るか?」
ドメル先生が、疲れていそうなメイシーを見て、気遣ってくれた。
「ありがとうございます先生。では、すぐ近くですし、学園から私の侍女を呼んでもよろしいでしょうか?何かつまめる物を持ってきてもらいます。騎士の方々も、もし可能なら、ご一緒に」
メイシーは、指輪を使ってノアに連絡を取った。
ノアには、レストランで数十人分のサンドイッチを頼んでもらい、詰め所まで持ち込んでもらうことにした。
「ドメル先生、犯人は何が目的なのでしょう?こうして騒動を起こすことが真の目的なのでしょうか?
それから、陛下が近衛を王都に配置したことと、近衛がハイド先生を捕まえたことに、陛下の何らかの意図を感じます。
出立前に殿下に言われたのです。陛下を信じてはならない、と。陛下は貴族派と深くつながっている…と。それは一体どういうことなのですか?」
メイシーは、不安な表情でドメル先生に訴えた。
ドメル先生は、一瞬驚き、眉間にシワを寄せてメイシーを見つめた。
「殿下はそのようなことを…」
「貴族派は、何かを企んでいますか?陛下は、彼らと何かをしようとしていますか?」
「………」
ドメル先生は、難しい顔をして黙り込んだ。
そして、重たい口を開いた。
「貴族派は今、宮中における実権をほぼ奪われたような形になっている。前宰相グリュイエールや前魔術長官のマヴァンが退いてから、次々と勢力をマクレーガン派に塗り替えられたのだ」
(グリュイエール…。マヴァン…)
メイシーは、聞き覚えのある名前に引っかかった。
(それって、昔私がプレゼントを送りつけた人たちだわ!)
「7年前に2人が宮中を去り、それ以降、宮中の役職はマクレーガン派に事実的に掌握されている」
(さすがお父様。あの時はきっと、後釜のことを熟考されていたんだわ。私、先を急いでいたものだから、ついプレゼントなんて贈ってしまったけれど、今思えば、余計なことをしたのかも)
メイシーは、忘れかけていた黒歴史の1つを思い出し、苦笑いしてしまった。
「当然、貴族派はそれが面白くない。これまで甘い汁を吸っていた彼等は、今の状況に甚だ憤っている。しかしマクレーガン派はどんどん力をつけ、排除する方法が見いだせない」
ドメル先生は、口元に手を当てて、考えこんだ。
「……貴族派は、この騒動を、マクレーガン派を崩すために利用しようとしているのかもしれん」
ドメル先生は、難しい顔をして、話し続けた。
「だが、これが貴族派の企てだとすれば、平民街で騒動を起こすだけで満足とは思えない。奴らの企図が読めない。それに、なぜ陛下がこの者たちと手を組むのか、理由が分からん」
メイシーは、その言葉を受けて、口を開いた。
「先生、陛下の動きを追跡できないでしょうか」
「……!」
「貴族派と陛下は、何らかの繋がりを持っているのでしょう?平民街で騒動が起こり、殿下の騎士たちが王都に縛り付けられれば、王宮は陛下と近衛のもの。次に何かが起こるのが、王宮だとすれば、私は、小鳥をそちらに放つべきでしょう」
「メイシー・マクレーガン。高位の貴族や、ましてや陛下は、君の魔術に感づくと思うぞ。それに近衛たちが妙な気配に騒ぎ出すに違いない」
「どれくらい離れていれば感づかれないでしょうか。望遠レンズがあればよいのですが…」
「こんな時にまた何か新しい機構を考えているのか?君という人は……」
ドメル先生が呆れたような顔でメイシーを見た。
「大したものではございません。遠くのものを近くで見ていると感じられるように拡大する仕組みです」
「……聞くだけで十分有用そうだが。まぁいい。どのくらいの距離かと聞いたな。陛下ほどのお方なら、確実に数百メートルは遠のくべきだ」
(なるほど。余裕を持って1キロ離れてみましょう)
メイシーは、10羽ほどの小鳥を放つと、王宮上空で、10羽をそれぞれ別の場所で旋回させた。
たくさんの方に見ていただき、ありがとうございます!
お色気担当(殿下)不在での進行ですが、大丈夫でしょうか…?
駄目だという方は、適当に前のエピソードで糖分補給しつつ、よろしくお願いします!




