たしなみ6
(あとはラグナーラ様と、キャラファエル様にお話をしに行くのが良いわよね…。でも、なんだか、すごく疲れたわ…)
メイシーは、ヨゼフと別れた後、また学園馬車に揺られて、女子寮を目指した。
馬車はメイシーの改良した揺れの少ない快適な馬車なので、ついウトウトと眠りそうになってしまう。
なんとか眠る前に女子寮まで到着したものの、自室に帰ると、安心と疲れから、ベッドに潜り込んでしまった。
翌朝、メイシーはノアに手紙を届けてもらうことにした。宛先はラグナーラだ。
「今日の昼食にいきなりお誘いしてもいいものかしら…?でも、急用と言えば急用だし…」
「お嬢様、まずはお手紙をお持ちしてみましょう」
ノアに促され、メイシーはラグナーラ宛に手紙を書き、できればその場でお返事をいただきたいとお願いすることにした。
「戻りました、お嬢様。ご臨席いただけるようです」
「ああ、よかったわ!ありがとうノア。では、急で悪いのだけど、どこか人が少ないところか、個室でお話できる所を探しておいてもらえる?」
「かしこまりました」
(よし、これで1つ約束を取り付けたわ!あとはキャラファエル様だけど……)
メイシーはキャラファエルの言動を思い出し、正直に言うと考えが合わなそうなので、ドメル先生のほうから、それとなく状況を覚えているか聞いてもらえないか、と思った。
(先生に断られたら……うーん、もう放置でもいいんじゃないかなぁ……)
メイシーは、昨日起こったことをレナルドに伝えるため、3日後の週末には自宅に帰ることにして、ノアにその手紙も送ってもらうようにお願いした。
ドメル先生には、週末まで出られる講義はないと言われてしまい(泣)、仕方がないので実験室を1つ貸りることにした。
「他の人がどんな研究をなさるのか、見たかったわ……」
「でもお嬢様、今日はお目当ての素材をお使いになるのでしょう?」
「そう!そうなの!!」
メイシーはパアッと笑顔になり、今度の研究の話を語りだした。
「第一級危険魔獣のミスリルドラゴンのウロコが使えるのよ!!私は魔獣退治の経験がないからわからないけど、とても強いんでしょう?ドメル先生が、換鱗期のドラゴンの通り過ぎたあとに騎士団が偶然数枚拾ったものを融通してくれたのよ…!」
「お嬢様がお喜びで、何よりです」
「鱗から新しい魔道具が作れないか、週末までの2、3日、色々と試行錯誤する予定よ!」
メイシーはウキウキと、第1研究棟に出かけていった。
「……なぜ、なぜ二人がここにいるの?」
メイシーが与えられた実験室には、すでにドメル先生とヨゼフが居た。
「おはようメイシー嬢。僕も手伝ってもいい?」
「……私としたことが、コイツに後をつけられてしまった」
ニコニコしているヨゼフと、ギラリと鋭い眼光でヨゼフを睨むドメル先生。
「……密室に君達を二人きりにするわけにはいかない。今日は私が立ち会うが、明日からはラグナーラ・ルデルニエもここに来てもらおう」
「またまた、そう言って、メイシー嬢の実験に興味津々ですよね?ドメル教授」
「余計な口を叩くな」
「えっと、皆さんご自分の授業はどうされるのですか?単位を取得したりなどは?」
メイシーが尋ねると、ドメル先生は、やれやれといった様子で話し始めた。
「学園においては、落第というシステムは存在しない。強いて言えば退学がそれにあたるが。君たちは与えられた3年間で、自分の志向に合った講義や実技に参加し、自分の研究をどんどん進めていける。……君は魔術のことには前のめりに取り組むが、その他のことは無関心に過ぎるぞ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。メイシーはドメル先生に反論することもできず、がくりと肩を落とした。
「まぁまぁ、それよりドメル教授。面白そうな素材をお持ちじゃないですか」
ヨゼフがニコニコとドメル先生の後ろの箱を指さして、メイシーにおいでおいで、と手招きした。
「わぁ〜〜!!これがミスリルドラゴンの鱗ですか!?」
箱の中にはキラキラと銀色に輝く、全長50センチくらいの、楕円状の薄い金属のようなものが入っていた。
ミスリルドラゴンはその名の通り、全身が非常に硬い鱗に覆われている、火属性の魔獣だ。
高い魔力を含む硬い鱗は加工が難しいため、多くはこの形を利用したまま、甲冑や盾の材料として使われる。
しかしメイシーは最初に、この硬さゆえに、壊したくない機械…たとえば通信アンテナや、電線、あとは耐久性が求められる車輪などにも加工できないかと考えた。
(でもこれだけじゃ、少ないからなぁ…)
「あっ」
メイシーはパッと金属メッキを思い出した。
希少なドラゴンの鱗を、できる限り、一定の耐久性を見込めるくらいに薄くして、多くの金属を覆うのだ。
そうすれば、今まで数人しか持てなかった盾などの防具を、より多くの人が持てるだろう。それに、覆う物を変えて、たとえば傷みやすい農具や土木作業用のツルハシなどにコーティングをすれば、使いやすく長持ちするかもしれない。
(あー!やってみたい!)
「あの、今思いついた事をやりたいので、守衛さんかどなたかの護衛騎士さんに頼んで盾をお借りしてもいいでしょうか?できれば鉄などの金属でできているものが良いです」
「どうするつもりだ?」
「ふふふー!見てのお楽しみです!!」
ヨゼフが自身の護衛騎士(学園内では侍従の役目もしてくれているのだとか)の盾を借りてきてくれた。
盾の芯には木が使われており、鉄の板を張って固さと軽量化を目指しているようだ。
長さは1メートルくらいで、メイシーが持ち上げようとすると、ずしりと重く、これを持って魔獣と戦うのは、本当に大変だろうなと感じた。
「本当でしたら、もう少し軽い盾のほうが、軽さと硬さを両立させられるので、騎士の方の負担が減ると思うのですが……」
とりあえず、いまはお試しだ。10枚ほど箱に入っているドラゴンの鱗を1枚取り出し、メイシーは金属メッキの作業にイメージを集中させた。
メッキの方法にはいくつかあり、大きくは乾式メッキと湿式メッキの2つがある。
前者は真空状態でガス状態の金属を吹き付ける方法、そして後者は(さらにいくつかの方法に分かれるものの、)電解質水溶液に漬けながら化学反応を利用して表面処理を行う方法だ。今回メイシーが行おうとしているのは、乾式メッキのほうだ。
まずは盾の表面の汚れを落とし、メッキがしっかり付くように下準備をする。
「盾の不浄を洗い流し、風と光で吹きとばせ」
水と風圧で盾が上から下にかけてみるみるきれいになっていく。さらに、光の滅菌イメージで盾がピカッと光り輝いた。
「メイシー嬢は器用だな。水、風、光……もしかして、他にも使える属性はあるの?」
「えーっと……」
実は闇以外は使える、とはちょっと言いづらい。
水、風、光、火、土そして闇。
この世界には6大エレメントの魔術が存在する。
王族は各エレメントの神の使徒であると言われており、全属性が使える。
それ以外の貴族は、高位貴族ほど魔力が高い傾向にあるため、高位貴族が、2から3つの複数の属性の魔術を行使できることが多い。
下級貴族は大抵1つの属性を使い、平民の中には魔術を行使できる者は半数ほどいるが、使えても微弱な魔術である場合がほとんどだ。
メイシーの場合は、5歳で前世の記憶に目覚め、その知識から、闇以外はどの属性も使い方のイメージができた。
そのおかげか、闇以外は行使できるようになってしまったのだ。
(4歳までのメイシーは、きっと属性は2つか3つだったんだろうな…)
幼いこともあり、4歳までのメイシーの自我は、奥底にはあるような気がするし、一緒に成長している気もするが、今はほとんど前世の自分の記憶に基づいた性格だ。
(不便だけど、皆の前ではこの3つの属性だけ使うようにしようっと…)
「そろそろメッキに取り掛かります」
「メッキ?」
ヨゼフが不思議そうに尋ねる。
「メッキというのは、金属や、場合によってはガラス……石や革製品の表面に、薄く別の金属の膜を張る技術のことです」
「初めて聞く話だ」
ドメル先生が興味深そうにメイシーを見た。
「このドラゴンの鱗は貴重品なので、今回はこの一枚を薄く均一に延ばして、盾の表面を覆ってみます」
「へぇ!」
「なに……?」
二人の声を遠ざけ、メイシーはイメージに集中する。
盾の大きさは約1メートル、長方形。
鱗の大きさは50センチ、楕円形。
単純に2倍以上に伸ばすイメージ。
そしてメッキの方法は乾式メッキ。
盾の表面1センチほどの空気を抜き、ドラゴンの鱗を溶かして蒸発させたガス状のものを、表面全体に満遍なく噴霧する。
「危険なので、すみませんが一度部屋から出てもらえますか?」
(危ない……これは火の魔術も使うんだった。二人の前でやっちゃったら、使える属性がさらに多い人認定されるし…)
メイシーの言葉に、ドメル先生たちは渋々扉の外へ出た。
「……よし。盾の周りの風よ消えろ、ドラゴンの鱗は煙となり、盾に纏え」
メイシーの手にあった鱗は、すうっと柔らかな煙のようになり、盾の表面全体に、均一に粒子を飛ばしていく。
鱗が消えたら、もう一度風と火の魔術を行使して表面を乾燥させれば、完成だ。
「できましたよ」
メイシーが扉の外の二人に声をかけると、二人は部屋に入るやいなや、盾に目を釘付けにして話し出した。
「メイシー・マクレーガン。君はこんな方法をどうやって思いついた?……先程まで鈍い鉄の色だった盾が、銀色に輝いているぞ!」
「……すごい、1枚の鱗で、この大きな盾全体を覆えるのか!火属性のあの硬い鱗をここまで薄くするには、火、風…この2つの属性は最低限必要だよね?」
(あっ……すぐにバレた……)
メイシーは、まだ二人が魔術学園の教師に生徒だ、ということを真に理解できていなかった。
……彼らは、すでに何らかの分野で功績を立てている、実力を備えた魔術師なのだ。
そんな彼らがメイシーの盾の凄さに魔術師心をくすぐられて、どんどんと議論が進んでいく。
「火属性ということは……この盾は、炎の攻撃への耐性が上がったということか?薄く延ばしたことで、元の姿との耐久性の違いも気になるところだ」
「なるほど、メッキ後の盾の性能の調査は必要ですね……。ドメル教授、このメッキ技術の凄さは、盾以外にも応用が効くことです。大量には使えない貴重な金属や、このような魔獣素材、もしかすると魔石なども、メッキ化すればそれぞれの魔力の恩恵を消すことなく、他の物に付与できる可能性がありますよ!」
「それは面白い。どの素材がどういう形の製品に当てはまるのか、考え始めると止まらなくなりそうだ。武器や防具だけではなく、建築や生活用品……見た目も美しいから、装飾に使ってもいいな」
「そうなんです!私は、メッキを普及させて、農具や工具を長持ちさせたり、作業しやすくすることに使えたらと思って。
父の手掛けた下水道整備事業は、これからも随時メンテナンスが必要な事業ですので、道具の機能向上は大歓迎でして。……あ、土の中に埋めてある水道管にメッキを施せば、管の耐久性が上がって、メンテナンスの頻度が下がるかも」
「「水道管にメッキ……」」
メイシーの半ば独り言に近い魔術具トークに、ドメル教授も、ヨゼフも、顔を見合わせて言葉を失った。
その間もメイシーは、ブツブツと、あれもどうか、これもどうか、と喋っていた。
「ふ……、ふふ……」
「……君は、全く……」
ヨゼフも、ドメル教授も、メイシーの考えた技術の可能性に、心が踊っていた。
3人は、昼食の約束の時間のためにノアがメイシーを呼びに来るまで、メッキの可能性や利用用途、また、作り手の育成方法など、わいわいと楽しく議論を続けた。