たしなみ2-23
殿下が隣国へ向かう日。
お見送りに行こうと思っていたメイシーに、グレン様が見送りは控えるようにと、やんわりとお断りのお手紙を送ってきた。
グレン様いわく、殿下はとても機嫌が良いようだ。ただ、当日にメイシーが見送りに行けば、もしかしたらそのまま馬車に乗せられるかも……と心配しているようだった。
なんでもグレン様は、あの日にノアに怒られて以来口を聞いてもらえないとかで、もしメイシーが殿下に連行されてしまったら、ノアに一生話しかけてもらえないかも、と弱気になっているらしい。
なので、お見送りに行く代わりに、殿下宛のお手紙を書いてグレン様にお渡しした。
そんなこんなで、殿下はあっさりと隣国へと旅立って行かれた。
殿下たちが王宮から出国する行列を、遠くから眺める男たちが居た。
「……行ったのか」
「はい。ようやくですな」
「計画より遅れてしまったが、問題ないな?」
「もちろんにございます。すでに諸々の手筈は整っております」
「それにしても、奴は本当に目ざとい。少し実験しただけで、王都中に騎士を配備しおって……。奴の出国と共に、帝国各地に手練れの騎士を散らせるようあのお方にお願いできたのは幸いだった」
「やはり、あのお方は我々の味方だということですな」
「この七年、貴族派は抑えつけられていた。しかし、ようやく栄華を取り戻す時が来たのだ」
男たちはニヤリと笑うと、闇に紛れるようにして消えていった。
殿下が旅立って数日後。
メイシーが実験室で角砂糖(保存の魔術具)を改良すべく試行錯誤していると、手紙の魔術の化身がやって来た。
「久しぶりの王都は、何か物々しい雰囲気だな。
騎士たちが至る所に配置されていて、何かに目を光らせているようだ。
殿下が隣国へ外遊に行かれる間の防衛力の低下を回避するためだろうか。
オレは実験室に戻った。
過去に思案していた描き取りの魔術具のメモだとか、作りかけの魔術具を掘り返してみている。
ドメルに会いに行ってからになるが、後で君の実験室に向かおう。
ハイド」
(お戻りになったのね!)
メイシーは、手紙を読むと、パッと立ち上がって、一人バンザイのポーズをした。
今回の魔術具には苦戦しており、少しでもヒントを得られれば、と藁にも縋る思いなのだ。
助っ人参上の知らせに、メイシーは大いに喜んだ。
数時間後。
実験室の扉を叩く音が聞こえた。
メイシーが駆け寄って扉を開けると、そこにはハイド先生とドメル先生が立っていた。
「ハイド先生!ドメル先生!」
「元気そうだな。で、魔術具の進捗は?」
ハイド先生は、相変わらずローブのフードを目深に被り、表情が読めない。
一方ドメル先生は、なぜだか苦い表情をして、メイシーを見ている。
「テレビの魔術具の方は、ご報告以降にそこまで大きな進捗はございません。今は保存の魔術具に悪戦苦闘しておりました。ハイド先生には、ぜひカメラのほうのご協力を賜りたく。
……ドメル先生、いかがされましたか?」
「君の魔力と侯爵家の財力、そして君の親切心が組み合わさると、このような破壊的な威力の代物が出来上がるのだな」
ドメル先生は、ハイド先生のローブを上から下まで見回して、深いため息をついた。
「オレも驚いたが、物に罪はない。良い品には変わりないので、ありがたく使わせてもらっている」
「メイシー・マクレーガン。これは殿下には見せないほうがいいと思うぞ。災のもとになる」
「いや、むしろ、説明しておいてもらえると助かるのだが。オレに突っかかられても困るだけだ。これはもうオレのものだ」
「そんなに快適なのか、それは」
「前のローブとは比べ物にならん。常にローブの中が快適な温度なうえ、魔宝石の魔力が満ちていて、その辺の低位の魔獣が襲ってくることは、まずない。ほぼどんな場所にも安心して出かけられる」
ドメル先生はハイド先生のローブを、じっと見つめている。
「このローブについて、殿下に説明が必要なのですか?父からは、とくにそのように言われませんでしたが」
「聞く相手が間違っている。これからは、判断に迷った時は、私に聞きなさい」
ドメル先生が残念そうな目で、メイシーを見た。
「そうですか?とりあえずローブについては分かりました。立ち話も何ですし、どうぞお部屋へ」
3人で、少々手狭になったメイシーの実験室に入室した。
中には大小様々なガラス板や、結晶づくりのための砂のプールも増え、室内がちょっとごちゃごちゃしている。
「ドメル先生、結晶の魔術具に中身を閉じ込めたあと、結晶を開閉せずに中身をガラス板に移す方法はないでしょうか。風の魔力のこもったガラス板に接続させる接合部のような機構を考えているのです。もしなにかアドバイスが有れば、くださいませ」
「ふむ。土の魔術を間に挟むから不都合が生じているのでは?何らかの形で、風の魔術での封じ込めを考えてみるのは?」
「風の魔術だけで保存の魔術具を……」
メイシーは、うーん、と少し考え、せっかくこの二人が来てくれているのだから、風の魔術師も呼ぶべきだと考えた。
「オーディン先生にもご足労いただけないか、聞いてみます。先生方に一気にアドバイスをいただければ、私一人で悩むよりも、絶対に良いものができますから!」
オーディン先生に手紙を送り、続いてハイド先生にカメラの話を聞いてみた。
「ハイド先生が作られた闇と光の魔術具は、どのような仕組みなのでしょう?」
「仕組み自体はそう難しいものではない。この箱の中に、光の魔力を込めたガラス玉を備えておいて、箱に開いた小さな穴から、このガラス玉に景色を写して見られるようにするというものだ」
そう言って、ハイド先生は、持ってきていた箱をポンとたたき、魔術具の仕組みを説明してくれた。
(なるほど、ピンホールカメラね)
メイシーは、先生が作った木の箱を眺めて、穴が少し大きいことに気がついた。
「このカメラですと、遺物の詳細がはっきりしなかったのではないですか?」
「ああ、そうだ。模様など細かいところが曖昧になるし、そもそもガラス玉に写した景色が小さすぎて見づらかった。その上描き取った景色がほんのわずかな時間で消えるので、この案は却下になった」
「箱をもっと大きくして、開ける穴を少し太めの針一本分くらいの小さな穴にしてしまえば、こちらよりは鮮明な画像が見られると思います。あとは、ガラス玉ではなく、箱の一面を覆える程度の薄いガラス板にするか、感光紙……紙に光の魔術をあてておき、そこへ景色を焼き付けてはいかがですか?そのほうが、あとから見返しやすいです」
「……!なるほど。紙に光の魔術をあてておくのか。それは思いつかなかった」
「注意点としては、作業を全て暗室で行わねばならないことですね。箱に光が入ると、紙が台無しになります。暗室でピンホールカメラ内に光の魔術をあてた紙をセットして、景色を撮り終えた後は、再び暗室にて紙を取り出し、紙に闇の魔術をかけて景色を炙り出すのはいかがでしょう」
「君の案は実に良い……!早速試そう。ドメル、部屋を一つ貸してくれ。闇を満たして暗室を作りたい」
「この隣の部屋が空いている。小さすぎて物置にしている部屋だが、大した作業をするわけではないのなら、構わないだろう?」
「台があればどんな部屋でもいい。助かる」
そう言って、ハイド先生は、砂のプールに手をかざし、瞬く間に大きめの箱を作りだし、メイシーがメモにしている紙をいくつか手に取ると、さっさと隣室へ向かっていった。
そして、30分ほど経って、箱を抱えて戻ってきた。
「どうだ、試しに景色に写り込まないか?」
ハイド先生はそう言って、机の上に箱を置き、メイシー達にカメラを見せた。
「いいですね!記念撮影しましょう!」
「何だ?私は別に……」
ドメル先生は、若干迷惑そうだ。
「ハイド先生、土の魔術で、離れたところから穴を開ければ、ハイド先生も一緒に写れますよ!」
「あー……。まぁ、オレは別に……」
ハイド先生も、自分の魔術具にも関わらず、嫌そうだ。しかし二人の反応は気にせず、メイシーはにこにこして二人の背中を押した。
「さあさあ!外のほうがきれいに撮れますから、ちょっと外に出ましょう!」
メイシー達が3人で第1研究棟を出ていくと、オーディン先生がやって来た。
「何じゃ?出迎えか?」
「迎えが必要なほど耄碌したのか、オーディン?」
「久しいな、クルクサス翁。この娘のおかげで、オレが諦めていた描き取りの魔術具が改良されてな。今から試し撮りに行くところだ」
「オーディン先生にもご一緒いただきましょう!」
オーディン先生は、何やらいまいち呑み込めないうちに、3人に連行されて、撮影するために良さそうな、ベンチがある場所までやって来た。
ハイド先生が、土の魔術を行使して、台を形成し、持ってきた魔術具の箱をその上に置いた。
メイシーとオーディン先生がベンチに座り、ハイド先生とドメル先生が後ろに立った。
「ハイド先生!『はい、チーズ!』と言ったら、土の魔術で穴を開けてくださいね?チーズの後ですよ!」
「……なんだ、その妙な掛け声は?」
ハイド先生が困惑した様子でメイシーに問いかけると、メイシーは、にこにこして答えた。
「なぜだか微笑みたくなる、写真撮影のときの決まり文句なのです」
「何の説明にもなっていないぞ」
「うふふ!でも、何だか笑いたくなりません?」
「チーズとは、食い物の?なぜ、チーズ………ふ」
ハイド先生が吹き出した。
それを見たドメル先生とオーディン先生も、笑い出した。
「くくく……」
「ほっほっほ!実に妙な掛け声じゃ!」
(今よ!シャッターチャンス!)
「はい、チーズ!!」
実験室に戻り、ハイド先生が暗室で闇の魔術をあてて現像したものを、すぐにメイシーたちのもとに持ってきてくれた。
先生は、メモ用紙を8枚並べて箱の中に敷き詰めていたようで、完成した写真は、A3くらいの大きな写真だった。
「見ろ。こんなに鮮明な絵、絵師には描けない」
「わぁ!!」
「ほう!」
「おお……!!」
メイシーの実験室の壁に、アイドルのポスターのように掲示された写真には、皆がとびきりの笑顔で収まっていた。
「とっても素敵ですね!ハイド先生、カメラは大成功ですね!」
「ああ。コレがあれば、朽ちる前に古代の遺物の形を残してゆけるな。礼を言う、メイシー嬢」
「いえいえ、これは先生がすでに思いついていた機構ですから。あ、もし保存のことを考えるのでしたら、紙にコーティング……なにか薄く覆いを付けることをおすすめします。素材は、うーん、そうですね……。クラーケンのメッキ加工などはいかがでしょうか?」
「なるほどな。紙を補強するということか。君は本当に細かいことを思い付く」
(それは前世の知識があるから……とは言えないけれど)
「あ!それから、紙ではなく、このようなガラス板に景色を焼き付けるのも、紙以上に保存が効きそうなので、ご検討ください。この平面のガラス板の製法も、良ければお伝えしますよ」
「娘っ子。このガラス板の真っ直ぐで滑らかな表面、儂も先程から気になっておったのじゃ。お主、そんな知識まで持っておったのか」
「は、はい……たまたま!その、偶然思いついたものです!」
(オーディン先生は、とても鋭いから……。どうかこれ以上追求しないでー!)
先生たちとメイシーは、わいわいと、魔術具談義に花を咲かせたのだった。




