たしなみ2-22
支度が済み、部屋を出ると、グレン様が待っていてくれた。
二人の姿を見るなり、顔を輝かせて近づいてきた。
「ノアさん……!お綺麗です。なんて素敵なんだ!」
「私のドレスまでお貸しくださり、ありがとうございます……グレン様」
ノアが照れくさそうにそう伝えると、グレン様は一層嬉しそうに笑い、しばらくノアを見つめていた。
耐えかねたノアが「私のことはもういいですから!」とグレン様をメイシーの前に押しやると、グレン様はメイシーの方を見た。
そして、メイシーのドレスを見ると、パッと笑顔になり、うんうん、と頷いた。
「さすがノアさん……!この企画の趣旨を完全にご理解くださっていますね!素晴らしいです!メイシー嬢、とてもお美しいですよ」
「ありがとうございます、グレン様。……良かったわね、ノア。貴女が優秀だと褒められるのはとても嬉しいわ」
「お嬢様……」
メイシーとノアは、また、手を取り合って、微笑みあった。
そんな様子をグレン様は、小鳥と共に、満足げに見つめている。
「それではお嬢様方、ホールに参りましょう」
グレン様に連れられて、入学式が行われたホールに向かうと、舞台上には祝勝会の時のような、帝国紋章入りの赤い大きなタペストリーが下がり、何故か客席には、楽団が待機している。
グレン様が手を振ると、楽団員はサッと楽器を準備し、優雅な音楽が始まった。
「さ、ここからは、ノアさんに、小鳥を頭に乗せていただきますよ」
グレン様が、そっとノアの頭に一羽の小鳥を乗せながら、ノアに微笑みかけた。
「以前、貴女は仰っていましたね。お嬢様と踊りたいと。今日は存分に楽しんでおいで。この小鳥は貴女の分です」
「……!!」
ノアは顔を真っ赤にしてグレン様を見上げた。
「ね?私は案外役に立つでしょう?」
「……今日は、感謝します。……ありがとう、ございます」
メイシーは、二人のやり取りに、ついつい顔が緩んでしまう。
(ノアのあんな顔、見たことないわ!)
ノアは、メイシーがにこにこして自分を見つめていることに気が付き、メイシーのもとへ近づいてきた。
「お嬢様!……平民の私が、舞踏会に参加することなど、叶わないと思っていました。美しいお嬢様の、ダンスの相手が、正直憎らしかった。……でも、今日は私がお相手です!」
「ノアったら」
メイシーとノアは、手を取り合って楽しく踊った。それは、仲良しの親友との、気のおけないダンスだった。二人で同時にくるりと回ってみたり、手を繋いで笑い合ったり、お互いの動きを真似してみたり。
何だか楽しくて、つい笑ってしまうような、そんなダンスだった。
「さあ、メイシー嬢、ノアさん。ダンスでお疲れでしょうから、次はレストランでお食事でも。またお召し替えいただき、移動しますよ」
グレン様は、舞台の前から、メイシー達にそう声をかけた。
メイシーもノアも、グレン様の提案に賛成し、素敵なダンス会場をあとにして、部屋へと移動した。
二人は、プリンセスラインのドレスを脱ぎ、少し控えめのドレスに着替えた。それでも、普段着飾らないメイシーにとっては、とてもおしゃれなドレスに違いなかった。そしてノアも、引き続き侍女のお仕着せではなく、淑女の装いで、撮影に参加してくれるようだ。
メイシーは、淡い緑色の、首元が隠れるデザインのドレスに、ノアはクリーム色の、落ち着いたデザインのドレスに、それぞれ着替えた。
レストランでは、前に殿下と来た個室に通され、グレン様とノアと、3人でテーブルについた。
グレン様は、小鳥をテーブルの上のお花の上に、そっと置いた。
「殿下と楽しく会話をしながらお食事をされる雰囲気でお願いします」
「は、はい……」
「ほら、小鳥に向かって、あーん、と」
「あ、あーん、ですか……!?」
メイシーが困惑すると、すかさずノアが切り返した。
「お嬢様に何をさせるつもりですか?」
「あーん、ですよ。え?もしや、知りませんか?」
グレン様は全く悪びれる様子もなく、当然のように答えると、左隣に着席するノアに、スプーンを持ち上げて、運んでみせた。
「ほら、あーん」
「……!!!」
今度はノアが、赤面して困惑した。
メイシーは、二人の様子に、思わず笑ってしまった。
「ふふ!私ったらお邪魔かしら?ノア、休暇が必要ならいつでも言ってね!グレン様とお出かけする日のために、貴女のお洋服も用意しないとね」
「お嬢様、なにを……」
「メイシー嬢、なんてお優しい。我が主にも聞かせたいです」
こんな感じで、食事はとても和やかに進んだ。
「メイシー嬢。この小鳥の景色ですが、これから3人で確認できますか?」
「そうですね、殿下にお渡しする前に、皆で鑑賞会にいたしましょう!」
グレン様の声掛けで、3人は、メイシーの実験室へ向かうことにした。
実験室に到着すると、いくつか用意していた結晶に、三羽の小鳥をそれぞれ煙状に変えて閉じ込めた。そして、一番大きなガラス板に、今日撮影したうちの一羽分を流し込んだ。
パッと映像が映ると、二人から歓声が上がった。
「お嬢様!!お嬢様が居ます!」
「わぁ!これは面白いですね!この大きな板いっぱいに、今日の景色が映るのですか!すごいです!」
二人は目を輝かせてテレビに見入り、メイシーが狼狽えたり、ノアが怒った顔が映ると、声を上げて笑った。
「本当は、音も付けたいのですが、まだそこまでには至っておりませんで……。こんな様子なのですが、殿下にお喜びいただけそうですか?」
「音まで付けば、何倍も楽しいでしょうが、この景色だけでも、十分だと思いますよ!楽しいなぁ、ずっと見ていられます」
グレン様はにこにこして、ノアが怒ったり、いじけたり、微笑んでダンスをする様子に見入っている。
ノアも、メイシーと二人で踊る場面では、会話を思い出したりして、クスクス笑いながら楽しんでいた。
こうして、殿下に進呈する今日のビデオが用意できた頃には、すでに陽は沈みかけ、夕暮れになっていた。
グレン様には、今日のお礼を伝え、また、グレン様のお母様のフィリジア様にも、本日のお礼をしたためた手紙をお渡しして、それぞれのガラス板と結晶を手にした一同は、これにて解散した。
メイシーは、自分の手掛けたテレビが、皆に楽しんでもらえたことに、心から嬉しい気持ちだった。
その夜。
メイシーが寮の自室で本を読んでいると、手紙の魔術の化身が飛んできた。
メイシーが手を伸ばすと、小鳥は手紙に姿を変えた。
「メイシーに会いたい
今すぐ」
差出人の名前は無いが、メイシーにはすぐに、誰がこの手紙を出したのかが分かり、顔を赤らめた。
(今すぐって、今?本当に?)
メイシーは、どう返事をしようかと思案した。
「すぐって、本当に、今ですか?
私は構いませんが……
メイシー」
手紙を送ると、殿下から、またすぐ手紙がやって来た。
「すぐ行く」
メイシーが手紙を開くのと同時に、背後から声がした。
「……メイシー」
殿下は上着も着ずに、転移でやって来た。
メイシーが驚いて振り返ると、殿下は両腕を広げて、メイシーを抱きしめた。
「殿下……!よろしいのですか?お忙しいのでは……」
「あんな魔術具を見せられて、メイシーに会えないなど、つらすぎる」
「ま、まぁ……。あの、あれは、殿下が隣国へ行かれる際に、お持ちいただければと思ったのですが……。お気に召されませんでしたか?」
「其方を触れられそうなほど近くに感じるのに、遠すぎてつらくなる」
「そ、それは……」
メイシーは、殿下があまり魔術具を手放しで喜んでくれないことに、少しがっかりしたが、メイシー自身のことは相変わらず求められているようで、気恥ずかしい気持ちになった。
「……あの、殿下。ここは女子寮ですので、殿下が居られてはいけないと思います。ですので……」
「ああ。そうだな。では場所を移そう。私にしっかりつかまって」
殿下はメイシーを腕に抱いたまま、転移の魔術を行使した。
メイシーは、離れてはいけないと思い、殿下の体にギュッと抱きついた。
「着いたぞ」
殿下に言われて顔を上げると、そこは小高い丘の上の塔だった。
「わ……!これは王都ですか?」
「ああ。ここから王都が一望できる」
位置的には王都の東端あたりだろうか。
王宮が右側に見えて、貴族街が王宮から扇形に広がるのが見える。
この場所は貴族街から少し離れた場所にあるようで、夜の帳が下りた貴族街には魔術具のランプが灯り、街の様子をぼんやりと浮かび上がらせている。
「其方が私の好きな場所を知りたがっていると聞いて、一番最初に思い浮かんだ場所だ」
「……!」
メイシーは、そう聞いて、殿下が季節ごと、時間ごとに、ここから王都を見渡している姿を想像した。
「この塔は監視塔でな。昔は王宮の背後に森が広がり、ここらは一帯が魔獣が出現する場所だったのだが、この400年の間に森の木を切り出し、魔獣の生息域も変化した。なので今は、騎士たちが一日に数度、見回りに来るだけだ」
「そうなのですね。ここから見える王都は、殿下にとっては良い景色なのですね」
夜なので、平民街までは見えないが、昼間に見れば、王都の南端までが見えるのだろう。
「……王都は、この数年で本当に変わった。それは全て、其方のおかげだと思う」
「そんな、私は何も……。あの、グレン様にお聞きしました。馬車の普及のために、地方に住む下級貴族への融資を決めたのは殿下だと。私は殿下や父が、私の思いつきの魔術具を広めるために、色々な手をうって下さっていたのだと、今ようやく少しずつ知り始めて、驚いております」
メイシーは、にこりと殿下に微笑んだ。
「出会う前から、私は殿下に助けていただいていたのですね。ありがとうございます、殿下」
「……其方は、本当に、人の心をつかむのが上手い」
「そ、そんなつもりでは」
「その調子で、他の男に愛嬌を振りまかれては、私の敵が増えるばかりで困る」
「や、やめてください……!」
殿下は困ったように微笑んで、メイシーに顔を近づけた。
「其方に見合う男になるために、私はできることをするしかない。……先は長そうだ」
「私にそこまでの価値は……。それに、殿下は十分、その、素敵……だと思います」
「……本当に?」
殿下はメイシーに、軽く触れるだけの口づけをした。
「……いつも私は、其方が私に夢中になるように願いながら口づけをしている」
「……!!!」
「私ばかり、其方に夢中だ」
「そん、な、ことは……」
「私が隣国へ行く間、誰にも見向きもせず、私のことだけを想って欲しい」
「……っ」
メイシーは、殿下の甘い言葉に胸がいっぱいになり、目眩でも起こしたかのように、くたり、と殿下の胸に身を寄せた。
「……貴方にそんなに想われて、私、貴方なしでは生きてゆけなくなりそうです……」
「それはいい。私の愛なしでは生きられないように、其方にはしっかり、その味を覚えてもらわねば」
殿下は耳元でそう言うと、メイシーの頬に、するりと唇を寄せ、メイシーと瞳を合わせて微笑むと、今度はゆっくりと深くキスをした。
メイシーは、殿下の肩に手を回し、そっと殿下の頭を包むようにして殿下を誘った。
殿下はメイシーに応えるように、メイシーの腰に腕を掛けて、腰や背中を撫でてメイシーを煽った。
「……っ」
メイシーは、殿下に触れられて、体の奥が疼くような気持ちになり、少し怖くなって殿下から離れようとした。
「……だめだ。私に火を付けておきながら逃げるなど許せん」
「だ、だって、その…」
殿下は腰に回した腕に力を込めて、メイシーが逃げられないように閉じ込めた。
「離れないで。私にしっかりつかまって」
そう言って殿下は、転移の魔術を使った。
「今夜は其方に付き合ってもらおう」
「え……?」
転移した先は、見覚えのあるシンプルな部屋で、天蓋の青いドレープが、今は全て開け放たれている。
「明後日には隣国へ向かう。その前に其方を十分に補給しなければ」
「ほ、補給……?」
混乱するメイシーをベッドの淵に座らせ、かがんだ殿下はメイシーの手を取ると、指先に口づけた。
そして、指先を口に含み、ペロリと舐めてメイシーを見上げた。
「……っ、殿下……!」
「私に欲情する其方の顔を、じっくりと眺めたい」
「……!!!」
殿下はそう言って、メイシーの手の甲から、腕を少しずつ登りながらキスを落としていった。
「……っ!くすぐったいです、殿下」
「まだまだ」
殿下は肩に口づけると、熱のこもった目をメイシーに向けて、今度はまた唇を奪った。
どんどん深くなる口づけに、メイシーは逃げようと体を反らすものの、あっという間にベッドの上に背中をつき、逃げるところはなくなった。
そのうちに、メイシーが殿下との口づけに酔いしれたようにトロンとした表情になり、抵抗しなくなると、殿下は体を離して、メイシーを上から見下ろした。
「良い景色だ」
殿下はツツツ、と人差し指をメイシーの唇から首筋、鎖骨、胸元までゆっくりと下ろしながら、メイシーがピクリと動く様子を楽しげに眺めた。
「私の喜ぶ景色を収めたいなら、今がチャンスだぞ?」
「だ、だめに決まってます!」
「ふむ……。音が付くまでのおあずけだな」
「殿下には、絶対に渡しません!」
「仕方がないな。まぁ、そんな物が無くとも、其方と四六時中抱き合えば良いだけの話だ。この方法でも、気に入った景色を何度でも楽しむことができる」
「で、殿下……!!」
結局殿下はそう言って、何度もメイシーをトロンとさせたり、からかったりして、気づけば窓の外が白んできた。
明け方に寮の部屋まで転移で送ってもらったメイシーは、仁王立ちで待ち構えていたノアに、殿下と二人で、こんこんとお説教を食らった。
ノアは、殿下との手紙を残してメイシーが部屋から居なくなっていたので、慌ててグレン様とやり取りをして、メイシーの居場所を突き止めたようだ。それでも悶々と、部屋で待機していたとのことだ。
「金輪際、お嬢様を夜中に突然連れ出すなどという常軌を逸した行動は謹んでください!もし周囲に話が広がって噂が立てば、お嬢様の名前に傷が付きます!」
ノアのお説教に、メイシーは赤面して縮こまり、殿下も黙って耳を傾けていた。
「お嬢様もです!夜にどなたかに誘われても、出かけてはなりません!まだお嬢様はお嫁入り前なのですから、マクレーガン侯爵家の子女として、相応しい行動が求められます」
「お、仰るとおりです……」
「誘ったのは私だ。メイシーは悪くない」
「どのような理由であっても、ダメなものはダメです!……手を出してはいないでしょうね?伊達メガネは、お二人が殿下の部屋でチェスをして遊んでいたなどと、見え透いた嘘をついておりましたが……」
ノアが恐ろしい表情で殿下を睨みつけている。
「本当だ。メイシーがあまりにもチェスが上手いので、ついもう一局とねだるうちに、気づけば夜が明けていた」
殿下が平然とノアにそんな嘘をつくものだから、メイシーは両手で顔を隠して、笑いを堪らえようと肩を震わせた。
「……やはり見え透いた嘘だったようですね」
「そんなことはない。メイシーはなかなかに手強かった。な?」
メイシーは、笑いを堪えることができず、顔から手を離して殿下の上着の裾を引っ張った。
そして頭を左右に振り、声を上げて笑った。




