たしなみ2-21
翌日。
手紙を受けて、学園のメイシーの実験室に、殿下の優秀な側近が駆けつけてくれた。
「この度はご連絡をありがとうございました。この不肖・グレンが、メイシー嬢のご希望にピッタリの景色を選びましょう!」
「は、はい……。あの、グレン様。本当によろしいのですか?お忙しいところを、今日一日私の都合に付き合わせてしまって……。ほんの少し、殿下のお好きな場所などお伺いできればよかったのですが……」
メイシーが少々戸惑いながら聞くと、グレン様は晴れ晴れとした笑顔でこう言った。
「祖父が危篤と言って終日休みを取りました!ですので今日のことは心配はございません。存分にこの楽しい企画に参加させてください!」
「ま、まぁ……。それは、大丈夫なのでしょうか?撮影が終わったら、よろしければ私が一緒に殿下に説明して、謝りますね」
「むしろ完成品を目にしたら、私に褒美でもくださるでしょうから、全くお気遣いなく。……今日はよろしくお願いしますね、ノアさん」
グレン様は、ノアににこにこと微笑みかけた。
今日はノアの協力が欠かせないらしく、一日付きっきりでお願いしたいと依頼を受けたからだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?この男はろくでもないことを考えてはいないでしょうか……?」
「ご心配はいりません。昨日お手紙を頂いてから、私、様々なプランを練りに練って考えてまいりましたから!」
グレン様の言葉に、メイシーとノアは顔を見合わせた。
「不安しかありません、お嬢様……」
「ふふ、グレン様が考えてくださったのだから、きっと殿下が喜ぶような場所なのよ。さあ、皆で撮影に行きましょう!」
メイシーが元気よく外へ出ようとしたところで、グレン様が声をかけた。
「まず最初は学園の森に。その後はメイシー嬢にお召し替え頂いて、場所を変えます」
「え?私?着替えるのですか?」
「そうです。時間がありませんので、急ぎましょう!」
「え?え?」
メイシーは、なぜ着替えが必要なのか理解ができないうちに、慌ただしく実験室をあとにした。
メイシー達は、第1研究棟から、学園の南東にある森までやってきた。
「殿下は学園で初めてお会いした時も、森で一人で、おくつろぎでした。自然の中がお好きなのですね」
メイシーがグレン様にそう言って、手紙の魔術の化身を出すと、グレン様はにこにこしながら、小鳥を自分の頭上に乗せた。
「さぁ、メイシー嬢!ここでにっこりと微笑んでください!表情がよく分かるように近寄りますが、私のことは居ないものとして、殿下に微笑みかける感じでお願いします!」
「え!?」
「お嬢様。やはりこの男はろくでもないことを考えておりましたね」
ノアが鋭い視線でグレン様に近づいていく。
すると、グレン様は小鳥をサッとノアの顔の前に突き出し、いかにも楽しそうに口元を緩めた。
「あぁ……いいですね、その顔」
「なにを……!?」
「こちらはあとで私が頂く分にします。すみません、メイシー嬢。もう一羽小鳥を出していただけますか?」
「……!?!?」
ノアは目を白黒させてグレン様を見ている。
「グレン様、あまりノアを困らせるのはお止めくださいませ。その小鳥は私が没収します」
メイシーがグレン様の頭に手を伸ばそうとすると、グレン様はサッと小鳥を持ち上げて、にこにことメイシーに話しかけた。
「殿下がお喜びの姿を、見たくないですか?」
「それは、そうですが……」
メイシーの答えに、グレン様は、ハァ……と深い溜め息をつき、深刻そうな表情で口を開いた。
「実のところ、殿下は今少々大変なんですよ。陛下から、次の雪解けまでに南部の水害対策を立てるよう指揮を任されていたり、一方で地方と王都を結ぶ幹線道路の件では、馬車を襲う盗賊への対策で、帝国各地に足を運ばれています。また、ここ十年の財政状態を鑑みて、諸々の課税の見直しに取り組んだり、国内だけではなく国外への輸出に関しても、諸々の法整備を検討中です。さらにそんな折にスタンピードまで起きました。
……そして、そんな中で、先日遺跡へ数週間、調査に行かれたでしょう?」
「……!」
「それから、予定していた時期がズレてしまった外遊です。本当はこの春に視察に出かけて、秋にはお戻りになり、それ以後に水害対策にあたられる段取りだったのです。……まぁ、結果的に学園へ行くという殿下の直感は、大正解だったようですが」
「……」
(殿下って、当たり前だけど、やっぱり忙しい方だったのね……。私、色々と殿下のご負担に……?)
メイシーは、グレン様の話に、急に不安になった。
「そこで!そんな多忙でお疲れの殿下に、メイシー嬢からの素敵な贈り物です!!」
グレン様はサッと空いている方の手をメイシーの前に差し出した。
「小鳥を顕現させていただけますね?」
「は、はい」
メイシーは、言われるがまま、もう一羽小鳥を出して、グレン様に渡した。
ノアが、あっ、という顔をしてその様子を見ている。
「ありがとうございます。さ、そしてこちらに向かって笑顔をお願いできますでしょうか?」
「な、なぜ?殿下が祖国を思い出せるように、帝国の素敵な景色を……」
「何を仰るのですか?殿下を喜ばせるのでしょう?今、殿下の一番見たい景色は、貴女以外に有り得ません。さあさあ、どうぞ存分に笑顔を振りまいてください!」
「……!!」
メイシーは、グレン様の意図がようやく理解でき、赤面した。
「伊達メガネ……。お前はやはり遺跡に埋めてくるべきだった。なぜお前のようなふざけた者が王位継承者の側近なんだ?」
「それは私が公爵家の子だからですよ。今日だけ危篤の祖父は、先代国王の弟でしてね」
「そんな御託を聞きたいわけではない!小鳥を返しなさい!お嬢様のお姿を見られる魔術具など、そんな、素敵なものっ……」
ノアはグレン様に伸ばしていた手を、ふと緩めた。
「……私も、欲しい」
「「………!!!」」
ノアがちょっと悔しそうに、拗ねた感じで視線を落とした様子に、グレン様は目を見開いて固まり、メイシーは鼻に手を当てて身悶えた。
「……っ、ノア……!私にできることなら、喜んで!可愛い私の侍女のお願いだもの!」
「お嬢様……」
「まだ試作品だから、景色をいつまで見られるかは分からないけれど、そんなもので良ければ、貴女の分も用意するわ!」
「嬉しいです……!私、宝物にします!」
ノアの美しい茶色の瞳がキラキラと輝き、少し頬が紅潮している。
メイシーは、ノアが喜んでくれることに、心から嬉しくなった。
グレン様は、口元に手を当てて、少し赤らんだ頬を隠すようにして、口を開いた。
「えー……。では、ノアさんのご要望もありますし、メイシー嬢にはこの景色の魔術具の中に収まっていただくということで」
「そ、そうですね……。ノアが望むのなら仕方ありませんわ」
そう言って、メイシーは、もう一羽、小鳥を出してグレン様の頭に飛ばした。
「そこは、ほら、愛しい殿下のためにという台詞が先に出ませんと」
「グ、グレン様……。えっと……。そ、それは、ご本人にお伝えするためにとってありますから」
メイシーがそう言って、はにかんだように、ふふ、と笑うと、グレン様はサッと鳥をメイシーの顔の前に突き出した。
「今のお顔!とてもいいですよ!!」
「あ、ありがとうございます……?」
「さあ、どんどんいきましょう!」
そう言って、グレン様は三羽の小鳥を頭に乗せ、メイシーとノアを森から連れ出し、馬車に押し込むと、入学式で使われたホールまでやって来た。
前は使わなかったが、ホールにはいくつか、お化粧を直したり、ドレスを替えるための更衣室のような部屋があり、グレン様は、メイシー達をその部屋に案内した。
「中の物はお好きにお使いください。ノアさん、よろしくお願いします」
グレン様はそう言うと、ホールの方へと向かっていった。
メイシーとノアがその一室に入ると、部屋にはズラリとドレスや宝石や、お化粧道具が揃えてあった。
そして、なんと、5名の侍女まで待機している。
その中の一人が、前に進み出てきた。
「お初にお目にかかります。オルドリッジ公爵家より参りました、奥様付きの筆頭侍女のターニャと申します。他の者も全て、公爵家の侍女でございます」
ターニャさんは、ニコリと微笑み、綺麗にお辞儀をした。
「まぁ……!公爵家から、わざわざ?それは恐れ入ります。あの、奥様……とおっしゃいますと、ワナン先生の?」
「はい、私共は、ワナン様のご夫人のフィリジア様付きの侍女でございます。本日は、ぼっちゃ……グレン様のご用命で参じました」
(なんだか大それたことになっていないかしら……?)
メイシーは、グレン様が大層張り切って下さっていることに、とても驚いた。
「さ、お時間も限られておりますので、メイシー様はこちらへ。ノアさんには、お嬢様のドレスや飾りをお選びいただきましょう」
ターニャさんは、そう言って、メイシーをソファのほうへ誘導し、「湯殿はございませんが、お肌を整えましょう」と言って、何やら湯気の出ている魔術具の前に座らせた。
(これは、火と水の魔術具ね。イメージ的には、スチーム美顔器…?)
「しばらく目は閉じてくださいませ」
「は、はい…」
そうしてメイシーは、しばし目を閉じて顔に蒸気をあてられていた。
「お嬢様、何着か選びましたので、お召替えをいたしましょう」
ちょっと寝そうになっていたメイシーに、ノアが声をかけた。
ノアに連れられて、大きな鏡台の前に座ると、三人がかりでどんどん化粧をされた。
(早い早い……!)
魔術など目ではないような、素早い手さばきで、みるみるうちにメイシーの雰囲気が変えられていく。
「御髪はドレスを着た後に」
そう言って、ノアは着替えのスペースにメイシーを伴い、数着のドレスの中から、何とも目を引くゴールドのドレスを選んだ。
薄い黄色か茶色にも見える布の上に、こっくりとした茶色の薄布が幾重にも重なり、全体に見事な金糸の刺繍が施されている。
光が当たると、薄茶色が、輝くような金色に見える、とても高貴なイメージのドレスだ。
そのドレスを見たターニャさん達は、なぜか、微笑ましいようなものを見るように、笑っている。
ノアは、コソッとメイシーに耳打ちした。
「実は、私、自分の瞳の色をお嬢様に纏っていただこうと思い、これを選んだのです。こんな機会二度とありませんしね!」
「えっ!そうだったの……?」
メイシーは、何やら少し照れくさい気持ちになりつつ、微笑んだ。
「貴女の茶色の瞳は本当に綺麗だものね。このドレス、光が当たると、ちょっとまばゆい気もするけれど、ノアの色だと思うと、誇らしい気持ちになるわ」
ノアは、メイシーの感想に、とても満足したようで、にこにこしている。
しかし、ターニャさん達は、なにやら違うように解釈した様子だ。
「……あのお色を選ぶなんて、ノアさんは殿下のお気持ちをよくご理解されているわ」
「祝勝会のエメラルドグリーンの次は、金色なのね。ふふふ!殿下のお美しい微笑みを見られないのが残念!」
「あとで奥様にご報告いたしましょう」
ひそひそ、ひそひそ……。
侍女の皆様方が楽しそうにお話している間に、ノアは、メイシーの髪を結い始めた。
「ドレスに合いそうな素敵な髪飾りを見つけましたので、こちらを使わせていただきましょう」
そう言ってノアは、艷やかなホワイトゴールドのリボンと、花と蔦をモチーフにした、真珠が乗った金細工の髪飾りを手に取った。
リボンをカチューシャのように頭に乗せて、後ろは編んだ上半分の髪を巻き付けていく。
リボンの上から、金細工を左耳の方に付けると、全体がちょっとしたティアラのような見た目になった。
「わぁ……!ノア、すごく可愛いわ!」
メイシーは、鏡の中の自分の髪が、驚くほど素敵に整えられたのを、まじまじと見つめた。
「お嬢様は世界一素敵です!!」
ノアは、とても良い笑顔で、メイシーを褒め称えた。
にこにこと大満足のノアに、ターニャさん達が寄ってきた。
「さ、ノアさんをお美しく飾るようにと、ぼっ……グレン様から言われておりますので、どうぞ貴女もお掛けになって?」
「え!?」
ターニャさんの言葉に、ノアがびっくりして、その大きな瞳を見開いた。
「まぁ!それは良いわね!ノア、行ってらっしゃい!」
メイシーが楽しそうに手を振ると、ノアはスチーム美顔器の方へ連行され、5人のベテラン侍女達の手で、瞬く間に可愛らしいご令嬢に仕上げられていった。
青いドレスに着替えたノアは、メイシーの方へと近寄り、またそっと耳打ちした。
「私は、お嬢様の瞳のお色のドレスを選びました」
「貴女ったら、どうしてそう、可愛らしいことを考えつくの?とても似合っているわ。どこかのお姫様みたいよ!」
「姫はお嬢様です。私、お側に仕えられて、本当に幸せです」
ノアとメイシーは、手を取り合って、にこにこと微笑みあった。




