たしなみ2-19
お姉様と別れたあと、メイシーは、一度実験室に行き、ドメル先生のもとへと向かった。
(先生の実験室にいらっしゃるかしら?)
メイシーは、4階の棟官の実験室へ足を向けた。
「ドメル先生、メイシー・マクレーガンです」
実験室の扉を叩き、先生に声をかけてみたが、中から返事がない。
(ご不在なのね。また出直そう)
メイシーが諦めてくるりと方向転換したところで、向かいからドメル先生がやって来るのを見つけた。
「先生!」
「おお。帰っていたのか、メイシー・マクレーガン。私に用か?」
先生は、実験室の鍵を開けると、メイシーを通してくれた。
「調査は無事に済んだのか?……マージーが戻ったという報告はないが?」
「その節は護衛の方の手配を、ありがとうございました。殿下や父や私の出番は終わったのですが、ハイド先生は、現地に戻って継続調査中なのです」
「そうか。君が戻ったなら、私の心配事は一つ減った」
ドメル先生はそう言って、メイシーに、椅子に座るよう促した。
「先生、今日はこちらをお渡ししたら、すぐに去ります。私の分に、と割り当ててもらったもののうち、ほんの少しなのですが…」
メイシーは、フードの内側から布袋を取り出し、ドメル先生に手渡した。
先生が中を開けると、袋の口からキラキラと光がこぼれだした。
「なっ……!?なんだ、これは!?」
ドメル先生は驚きに目を見開き、瞬時に袋の口を閉じて、メイシーに突き返そうとした。
「えっ?遺跡で出た埋葬品の一部です。父が、私の分にとくれたものですから。魔宝石ですよ?今後、何かの実験にお使いいただけるかと」
「こんな高価なもの、もらうわけにはいかん!」
「え?でも、先生は、普段色々な素材をご提供くださいますし……」
「それは、学園長からの指示だ!君が父親を通じて学園長に圧力をかけたと聞いたぞ?私は、学園の資金を使って購入した素材を、君に渡しているだけだ」
「そうですか。では、単に、個人的な旅のお土産として……」
「余計にいらん!!返礼に困るうえ、もらったとて、高価過ぎて使いどころに悩む」
ドメル先生は、メイシーに布袋を突き返し、何やら疲れた様子でため息をついた。
「先生、お疲れですか?光の魔術を行使しましょうか?」
メイシーが提案すると、ドメル先生は再び、カッと目を見開いて話し始めた。
「君!そのように無闇やたらと光の魔術を使うのはやめなさい!君のように魔力の高い者は稀だから、そのような雑な扱いができるようだが……。魔術の使途は、本来であればよく吟味して、誰彼にも使うことはない。身内や仲間など、その場に応じて優先順位を付けて、連発するなどもってのほかで……」
「先生に、癒やしを」
メイシーの言葉とともに、キラキラと、光の粒がドメル先生の周りを包み込み、先生の疲れを癒やした。
「先生は、仲間です。お疲れなら、私が魔術を使えば良いと思います」
メイシーはそう言って、にこりと笑った。
「君という人は……」
ドメル先生は、呆れたような表情になり、メイシーを見つめた。
「君の規格外の魔力に、その生来の親切さが加わると、君を本物の女神だと崇めて、宗教団体の一大勢力が生まれそうで恐ろしい……」
「大げさです、先生。私はそんなに多くの人を救うようなことはできません。見える範囲で、可能な限りしか、魔術の行使など、できませんから」
ドメル先生はため息をつくと、少し笑顔になり、メイシーに向き合った。
「まぁ、礼を言う。ありがとう。君のお陰で疲れが癒えた。しかし何度も言うが、あまり騎士たちに無闇に光の魔術を行使しないように。
……あの方を刺激せず、心穏やかに任務を全うするために、今後騎士たちが護衛につくことがあっても、君は、殿下の許可なしに、光の魔術を行使しないこと。良いな?」
「ええ?でも、困っている時はお互い様です。お世話になっている騎士の方々を癒やすことに、どうして殿下の許可が必要なのですか?」
「……もういい。君に理解を得るのは難しそうだ。騎士たちのほうに、君に頼るのは、自らの首を絞める行為だと、詳しく説明しておく」
メイシーは、あまり納得がいかなかったものの、ドメル先生が取り合ってくれなそうな雰囲気を感じ、口をつぐんだ。
「……それで、君は次はどのような魔術具を考えているんだ?君のことだから、また何か色々なことに考えを巡らせているんだろう?」
メイシーは、まだ殿下以外には誰にも説明をしていない、テレビとビデオについて、どう説明したものかと思案した。
(あまり具体的に言うと、あちらの世界のことまで言ってしまいそうで、ちょっと説明に困るわ)
でも、ドメル先生の意見を聞いてみたくなり、話してみることにした。
「実は……見ている景色をそのまま、ガラスの媒体に映し出して、必要な時にまた同じ景色を見られるような魔術具を作りたいのです」
「……なんだそれは?オーディンの風の魔術の水晶に似ているものか?」
「一見すると似ているのですが、見えている景色を閉じ込めて、見たい時にいつでも見られるようにするところが、明確に違うのです……」
「あの水晶は、今その時点の状況を可視化する魔術具だったな。過去の景色を閉じ込める、か。また、よくそんな難題を思いついたな……」
「えっと、あの、魔術の習得に関して、私の持論を広めるために、そのような魔術具が欲しいと思ったのです。
……あ!ラグナーラお姉様にも、メッキ加工の技術の習得が、なかなかうまくいかない方が多数いらっしゃると伺いました。そちらにも、もしかしたら、お使いいただけるかもしれません」
「ほう?君の持論とは興味深い。その説明からすると、口での伝達だけでは、君の持論を理解できないということだな?難題だが、ぜひ挑戦して欲しい」
「はい、そのつもりです」
(できれば、殿下とのお約束に間に合うように完成させたいけど…)
「ふむ……。閉じ込める、か」
ドメル先生は、口髭に手を当てて、思案した。
「土の魔術には、結晶化という作用がある。その名の通り、土の中から結晶を作り出す作用のことだが、結晶の中に、ものを閉じ込めることもできる。
その、君の言う『過去の景色』までを閉じ込めることができるのかは、わからんがな……」
先生は、まだ他にも案がないか、考えてくれているようだった。
メイシーは、ドメル先生に質問してみた。
「結晶化、ですか。あの、実際に魔術によって結晶化されたものを見ることはできますか?」
「よかろう。隣の実験室に置いてあるものを見せよう」
ドメル先生はそう言うと、奥の扉を開けて、隣室へと向かった。
実験室には様々な鉱物や石がきれいに並べられており、奥には浴槽のような大きな容れ物に、砂が入れられていた。
「この砂は何ですか?」
「それは土の魔術の練習用の砂だ」
メイシーが室内を興味深そうにキョロキョロ見ている側で、ドメル先生は、棚にまっすぐ向かって行った。
「これが結晶化された石だ」
メイシーは、ドメル先生の手の中を覗き込んだ。
そこには、様々な大きさの立方体が、何個も連なって、1つの塊となった、石のような、金属のような物体があった。
「中には水を閉じ込めている」
そう言って、先生が石を振ると、チャプチャプと、水が動く音がした。
「本当だ。石の中に水が入っているなんて、不思議ですね」
「結晶化は、自然の中では長い年月をかけて作る形を、魔術で一瞬にして形成できるところが利点だ。結晶の大きさや強度を調整するのが難しいが、慣れれば好きな形にすることもできるし、私はよく瓶の代わりに、その場で結晶化で容器を作る。試料の採集に重宝するぞ。
この結晶化は、土の魔力が込められるので、自然の結晶とは比べ物にならないほど、保存状態良く中身を保存できるのも利点だ」
(とどめておくけど、好きな時に取り出せて、何度も再生できるようにするには、どうしたらいいかしら。
結晶化された石の中に、風の魔術の映像を閉じ込めたら、USBメモリみたいなものになるのかな)
メイシーは、想像したものをすぐに作ってみたくなり、まず、手紙の魔術の化身を出して放った。
そして、実験用の砂の浴槽に近づき、おもむろに両手で砂をすくった。
「砂よ、小さな箱になれ」
メイシーがつぶやくと、砂の中からズズズ、と硬質な立方体が形成され、上部以外の側面が出来上がった。
メイシーが少し待っていると、手紙の魔術の化身がスッと室内へ入り、メイシーの手元の小さな箱の中に、煙状に姿を変えて飛び込んだ。
メイシーが再び土の魔術を行使すると、箱の上部がみるみる埋まり、みっちりと密閉された角砂糖のような形の結晶が、メイシーの手元に転がった。
「私の実験室に、ガラス板を用意してあるんです。これが再生できるのか、よろしければ先生もご覧になりますか?」
メイシーの問いかけに、ドメル先生は一も二もなく頷き、二人で二階の実験室へと移動した。
メイシーの実験室には、今は大小様々なガラス板や球形や立方体など、様々な形のガラス製品が並んでおり、少々部屋は狭い印象だ。
メイシーは、一番大きなガラス板のもとまで近寄り、今しがた作った角砂糖型の石を、そっと触れさせた。
「この板にはすでに私が風の魔力を込めてあります。なので、手元の手紙の魔術の化身を、ガラス板の中に移動させれば……」
メイシーは、角砂糖に小さな穴を開けて、ガラス板の方へと中身を誘導した。
ガラス板は、ゆっくりと濁り、一面に煙状の魔術がいきわたると、薄っすらと何かを写し始めた。
「これは……!」
「小鳥に、学園を一周飛び回ってきてもらいました。これはその小鳥の視点での映像です」
第1研究棟を飛び立ち、オーディン先生の第2研究棟の上空を越え、大きな図書館棟も超えて、東の森へと、鳥は進んでいた。
大きな森を南へまっすぐ抜けると、いくつかの建物を通り過ぎながら、学園の門を目指した。
がっちりとした大きな鉄格子がそびえる様子は、学園の堅牢な護りの象徴のようにも見て取れる。
「すごいな……!少しぼんやりしてはいるが、小鳥が見たものをこのように映し出すのか!」
「小鳥が部屋に戻って来るところまで、こうして映像で見られるはずです」
すると、門の外に、何やら衛兵に止められている人の姿が映し出された。
「何でしょう?なにか、揉めていますね」
「む…。これは…」
ドメル先生が、テレビをじっと見て、口髭に触った。
「あの者たちは、また性懲りもなく学園まで来ているのか…」
ドメル先生は、苦々しげに眉を寄せ、写っている人たちを睨んだ。
「これは三流新聞の記者だ。……君について教えて欲しいと、再三、私や学園長に手紙を寄越してくるうえに、無断で学園に入り込もうとするものだから、先日も私が奴らを憲兵に突き出してきたところだ」
「えっ!そんなことがあったのですか!?」
メイシーは、知らないうちにドメル先生や学園長に迷惑をかけていたと知り、驚いた。
「……もしかして、お疲れだったのは、そのせいですか?すみません……」
「妙な勘違いはやめなさい。君のせいなどではない。奴らが悪いに決まっているのだ。私のは、単に歳で疲れただけだ」
ドメル先生とメイシーは、小鳥が実験室に帰ってくるまでの様子を、興味深く眺めていた。
見終わると、メイシーは、煙を角砂糖に追いやり、ガラス板がもとの透明になると、角砂糖の穴を塞ぎ、もとのように密閉してしまった。




