たしなみ2-17
「……私はあの人が分からない」
メイシーは、殿下の言葉を黙って聞いた。
「属性の試練がきっかけで、あの人を恐ろしいと思った。……でもそれだけではない」
殿下はメイシーを腕に抱きながら、言いづらそうに、重たい口を徐々に開いた。
「あの人は、笑顔をみせながらも、腹には一物を抱えている」
「……」
「あの人は皇帝として、その姿が真に正しい姿だと考えている節がある。その証拠に、マクレーガン派を尊重するように見せて、今でもあの人は、貴族派と深くつながっている」
殿下は遠くを見つめるように、何かを考えている。
「あまり、あの人を信用するな」
そう言って、暫くの間、殿下は無言でメイシーを抱きしめていた。
メイシーは、殿下のことを、ギュッと抱きしめ返した。
しばらくの沈黙の後、殿下はメイシーをじっと見つめて、微笑んだ。
「……今日の其方は本当に美しい。とても13とは思えぬ」
メイシーは、少し安堵して、殿下の言葉に返事をした。
「……ありがとうございます。母が張り切って支度をしてくれました。大人っぽい雰囲気なので、少しは殿下と釣り合うでしょうか?」
メイシーがはにかんで笑うと、殿下はため息をついた。
「あと数年が、本当にもどかしい」
そう言って、殿下はメイシーに口づけ、耳元に顔を寄せた。
「……其方が欲しくてたまらない」
「……!!!」
耳元で囁かれたその言葉に、メイシーは、一気に顔を赤らめ、固まった。
殿下は、固まったメイシーをそっと抱きしめて、ポツリと呟いた。
「……闇の神の神殿で、其方を見た」
メイシーは、予想外の言葉に、驚いて目を丸くした。
「私の瞳の色のあのドレスを着て、其方が私を誘惑してきた」
「な…!そ、それは私ではございません!」
「分かっている。あれは私の想像の中の其方だ。本物の其方になど、到底敵わない」
殿下はメイシーの頭に顔を乗せ、メイシーの髪を一筋掬うと、クルクルと弄んだ。
ひとしきりメイシーの髪で遊んだ後、殿下は少し体を離し、メイシーの顔を覗き込んで、真っ直ぐ見つめた。
「其方には言わねばならんことがある」
「? 何でしょう?」
「実は近々、隣国へ視察のための外遊に行かねばならない。なので、私は少々国を留守にする。……非常に憂鬱だ」
「えっ?」
メイシーは、殿下の言葉に驚き、同時に、不安や寂しさや、色々な感情が湧き上がり、表情を曇らせた。
「……そのように悲しんでくれるのか」
殿下は俯いたメイシーの顎を掬うと、軽くキスをした。
そしてメイシーから体を離すと、両手を取って、ソファーに誘った。
殿下は、自分が先に座ると、足の間を広げ、メイシーに座るようにと促した。
こうして座らされるのは、背中が殿下と密着するので、ドキドキしてしまう。
「その……。隣がたくさん空いておりますが……」
「あいにく、其方の席はここ以外に無い」
殿下の言葉が面白くて、メイシーはクスクス笑ってしまった。
殿下はメイシーの笑顔に安堵し、話の続きを聞かせた。
「メイシー、其方をほんの少し待たせることになるが、私のいない間も、悲しまずに其方の好きなことをしていてほしい。隣国への視察は数年前から決まっていたのだが、私の学園入学やスタンピードなど、少々想定外の事態が続き、時期が延び延びになっていたんだ」
「そうですか……。ではきっと、遺跡の調査の件も、殿下にご無理をいただいたのですね?あの、殿下のご都合を何も考えずに、申し訳ございませんでした…」
メイシーが謝ると、殿下は後ろからメイシーの右頬にそっとキスをした。
「私が望んで参加したのだ。……まぁ、色々あったが、私は其方と一緒に居られて嬉しかった」
殿下はそう言って、メイシーを抱きしめた。
「私、も、嬉しかったです……。帰りの馬車では、その……旅が終わるのが、実は、少し寂しかったのです……」
メイシーは、モゴモゴしながら、一生懸命言葉を口にした。
この体勢では、殿下の表情が見えず、殿下が今どんな顔をしているのか、メイシーには分からなかったが、メイシーを抱く殿下の腕の力が、ギュッと強くなった。
「……やはり外遊に其方を連れていきたい。其方のいない国になど、本当なら一日でも居たくない。其方の、笑ったり驚いたり、真剣に何かに取り組む姿を、毎日側で見ていたい。見逃したくない」
「で、殿下……」
メイシーは、耳元で囁かれる殿下の言葉のどれもが、まるで溶けた砂糖菓子のように胸に広がり、その甘さに浸されて、いつの間にか溺れていくような感覚に陥った。
(本当に、殿下の囁きは、甘すぎるわ……)
メイシーが、赤面して、殿下の腕の中に黙って抱かれていると、殿下は心底残念そうに口を開いた。
「……分かっている。其方のやりたいことを邪魔したりしない。其方はまた何か新しい魔術具を考えているんだろう?風の魔術で、今度は何をしようとしているのだ?また教えてくれ」
殿下はそう言って、腕の力を緩めた。
メイシーは、殿下の両腕が離れるのが少し寂しくて、手を添えた。
そしてつい、ポロッと言葉が口をついた。
「……貴方に捕まって、閉じ込められたいと言ったら、私は一体どうなるのでしょうか……?」
そう言って、メイシーは背を殿下に預けるようにして、下から殿下の顔を見上げた。
殿下はエメラルドグリーンの瞳を見開き、固まっている。
「……冗談、ですわ」
メイシーは、殿下に身を預けたまま、微笑んだ。
「私、貴方のお帰りを待ちますね」
「……今日の其方は、言動まで大人の女になったのか?今、其方は、私をかき乱して楽しんだ」
「ふふ、そう見えましたか?私、ようやく殿下に一矢報いましたね!」
メイシーがにこにこしてそう言うと、殿下は左手をメイシーの首の後ろに添えて、メイシーの体を傾けさせながら口づけした。
次第に長く、深くなるその口づけに、メイシーの口から吐息が漏れた。
殿下はメイシーをソファに横たえると、潤んだ瞳で頬が紅潮したメイシーを満足げに見下ろし、また唇を寄せた。
「ここから先は、本物の大人の女への階段が広がっているが、一緒に行こうか?レディ」
「……っ!ま、まだだめです!」
「それは残念。気が変わったらいつでも言ってくれ」
殿下はそう言うと、メイシーを抱き起こしてソファに座らせた。
メイシーは、顔を真っ赤にして殿下に抗議の声を上げた。
「ズルいです……!せっかく一矢報いたのに、すぐに何十倍もやり返された気分です……!」
「何を言う。其方は、普段どれだけ私が苦労をしているのか知らぬのだ。私への労いの代わりとして、この程度は受け入れて欲しい」
殿下はそう言うと、メイシーの隣に腰掛けてそっと肩を抱き寄せた。
「はぁ……外遊に行けば、メイシーに口づけすらできない。半年も予定が組まれていたが、1ヶ月で終わらせて帰って来よう」
「それは……。よろしいのですか?隣国の関係者が困るのでは?」
「見るべきものは灌漑施設だ。あちらは我が国に比べ水資源が乏しいが、その分工夫して水を利用している。我が国に持ち帰れる技術があれば、持ち帰って参考にしたい」
「なるほど。帝国には水害の多い地域がありますから、そちらに灌漑設備を置けば、逆に、水が溢れる時期に困らなくなるかもしれませんね」
メイシーがそう言うと、殿下は驚いてメイシーを見つめた。
「……其方はなぜ、1を言うと10を知るような話ができるのだ?其方の知る世界は、本当に興味深い。きっと豊かな世界だったのだな」
「私など、素人の知識しかございません。あちらは確かに豊かな世界でしたが、私にもっと深い知識や経験があれば、この8年でもっと良い結果を出せたと思います……。ですので、殿下は私を買いかぶり過ぎです」
メイシーはそう言って困ったように笑い、殿下に詳しい予定を聞いてみた。
「殿下はいつから隣国へ?」
「あと数週間後といったところだ。そう、ほんの数週間経てば、行かねばならない。必要があって、行くと決めたのは私なのだが……」
殿下は本当に不服そうにメイシーの肩に頭を預けて、どんよりした空気を出した。
「殿下ったら……。あ!では、こういたしましょう!」
メイシーは、駄々っ子のようになった殿下に、やる気になってもらう良い案を思いついた。
「私、お戻りになった殿下のために、ご褒美を用意してお待ちします!楽しみにしていてください!」
メイシーは、にこにこしながら、1ヶ月で、殿下に喜んでもらえる魔術具を作ろうと考えた。
(テレビとビデオ、作れるかなぁ?)
「褒美を……?」
殿下はメイシーの肩でピクリと動き、ゆっくり体を起こした。
「はい!きっと喜んでいただけるかと!」
「……」
殿下はメイシーの顔を覗き込んで、微笑んだ。
「……いいのか?私が喜ぶものなど、一つしか無いのに」
「え?」
殿下はメイシーに顔を寄せ、耳元で囁いた。
「其方からの褒美と聞いて、私には、あられもない姿で私に抱かれている其方しか想像できなかった」
「……!!!」
メイシーは、殿下のあまりにも斜め上の想像に、目を丸くして、赤面した。
「ち、違います!!そんなことばかり考えて……!やめてください!!」
「そういう年頃なのだ。仕方がない」
「だ、だとしても!!本人に言うのはお控えください!!」
殿下は全く悪びれもせず、ニヤリと笑ってメイシーを見つめた。
「闇の神殿の其方が、私に何をしたのか、詳しく知りたいか?実は……」
「も、もう!殿下!!やめてくださいったら!」
もしビデオができたとしても、殿下に撮影を任せるのは危険だと思う、メイシーなのだった。




